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1話:幸子さんがくれたもの


23歳の私

介護職として働き始めたばかりの頃、私は「介護とはお世話をすること」だと信じて疑いませんでした🛏️

利用者の生活を支えるために、私たち介護職ができないことを代わりにして生活をおくってもらう

それが「良い介護」だと信じていたのです

なぜか?

当時の介護現場は、今と比べてずいぶんと違うもの

個別ケアではなく集団ケアが当たり前で、利用者一人ひとりの意思よりも、施設全体のスケジュールが優先される時代⏰

朝は4時前から起床介助がスタートします

100名近くの利用者を順番に排泄、更衣の介助をしていき最後は起き上がる介助

終わるのは6時過ぎ

そこからみんなを食堂に移動させて、7時には全員で朝食🍽️

「みんな一緒に」が当たり前で、「これが介護だ」と疑問を持つことすらありませんでした

私もまだ経験が浅く、1年に満たない新米👱‍♀️

言われたことをこなすので精一杯で、利用者の気持ちや主体性にまで目を向ける余裕はありませんでした

明るかった利用者さんの変化

そんなある日、印象的な利用者さんがいました

それは、70代後半の女性、幸子さん【仮名】

歩行器を使いながら自力で歩けて、生活のほとんどは簡単な介助だけで済む方

性格も明るく、同じ部屋の利用者さんとも仲が良く、彼女の部屋からはいつも笑い声が聞こえていました😊

施設内のムードメーカーのような存在で、私は彼女と接するのが楽しみ😆

しかし、そんな彼女がある日、転倒してしまったのです😔

大腿骨頸部を骨折し、救急車で病院へ🏥

手術と入院を経て、しばらくして施設に戻ってきましたが、その姿は以前の幸子さんとは別人のようでした…

歩行器は車椅子に変わり、排泄はトイレからオムツへ

食事や入浴も全介助が必要なレベルに

明るかった表情も曇りがちになり☁️

部屋から笑い声が消えました…

リハビリには取り組んでいましたが、転倒への恐怖心から足がすくみ、思うように歩けず🦼

そんな幸子さんの願い

そんな彼女が退院から1か月ほど経った頃、ある日突然こう言いました

「大きい方だけはトイレでしたい。」

その言葉を当時の介護リーダーに伝えて話し合いをすることになりました

確かに、トイレでの排泄は、入院前の彼女にとって当たり前

でも、今の彼女は車椅子

立ち上がることすら難しい状態

話し合いの結果

介護職は、「トイレに行きたい」という幸子さんの要望にこう答えました

「立てないから無理ですよ。オムツに排泄してもらったらすぐ交換しますからね。それに、また転んだら危ないです」

その後も幸子さんは何度か「トイレでしたい」と言いましたが、私たち介護職は皆同じように答えていました

「危ないからやめておきましょう」

「オムツをしているから」

施設のルールや安全のため──その言葉を盾にして、幸子さんの希望を受け止めることはしませんでした😔

幸子さんの一言が私を変えた


そんな日々が続いたある日、幸子さんが同じように「姉ちゃん。トイレでさせて欲しい」

私も同じように繰り返す

「立てないから無理です」

すると…。

幸子さんは、こう言ったのです

「もういい」

その一言に、私は思わず心がざわつきました

「もういい」──それが何を意味しているのか、その時の私には理解できなかったのかもしれません

でも、その言葉には何か大切なものを見過ごしているような気がしました

振り返れば、彼女が「トイレでしたい」と言い始めてから、私は彼女の本当の気持ちを考えたことはなく

「オムツでいい」と答えることで、私は彼女の安全を守っているつもりだった

でも、その背後にある「人としての尊厳」や「自分で選ぶ自由」については、何も考えていませんでした

いや、考えるまでにも満たない知識

その日、彼女の「もういい」という言葉を聞いて、私は何かを大きく失った気がしました。

そして、その後の出来事が、私の中に深い変化をもたらすことになるのです😔

⭐︎次回予告⭐︎

「彼女との別れと、葛藤『あの時できたこと』を考える日々が、私の介護観を大きく変えていく」

読んで頂きありがとうございます😊

#国際介護士
#介護の魅力

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