2話:別れがくれた気づき🌟
幸子さんの「もういい」という言葉が、私の心にざわめきを残しながらしばらく経った頃
昼食を食べ終わり、リビングのテレビ前から他のご利用者様の切迫した声
「誰か来たってー」
幸子さんは、急に意識消失された様子
救急搬送されました🏥
幸子さんは、戻ってくることはなく…
搬送先の病院で息を引き取りました
その日、私は夜勤で出勤
その時に幸子さんの訃報を聞かされました😔
胸に込み上げるのは…
何か大切なものを失った喪失感と後悔
「もっとできることがあったのではないか」
「あの時、違う選択をしていたら何か変わったのではないか」
それからというもの、私は彼女の言葉を思い返しながら夜勤をしていていました
幸子さんにとって、介護職はどんな存在だったのだろうか…。
幸子さんの「トイレでしたい」という願いに、私たちは応えられなかったのか?
「もういい」に込められた本当の意味
私はその後になってようやく理解し始めました
それは、私たちが見逃していたのは
人としての尊厳
介護職としての私の無力さ
夜勤中、私は先輩に相談を
「幸子さんにとって、私は何かできたのではないか?」
先輩もまた、同じように自問自答を繰り返していました😔
私たちはそこで一緒に考え、「排泄」の重要性を言い合わせていきました
排泄は、とてもデリケートな行為
•羞恥心
•尊厳
•排泄にいたるまでの機能など
だから、今の自分たちの知識や技術が不足していることが必ずある!
「排泄って、もっと学ぶ必要があるのかもしれない」
そう話し合い、私たちは排泄ケアに関する研修を受けることを決意し参加しました
研修での衝撃📚
研修初日、私たちは目の前の事実に愕然😧
「幸子さん、トイレに座れたやん……!」
私たちは、彼女の身体的な状態を理由に、排泄をトイレで行う選択肢を最初から排除していたことを目の当たりにしました
そして、できない理由は幸子さんの身体的な状態ではなく
本当は、介護職が方法を知らなかっただけ
自らが体験して気付く
この研修では、実際に下剤を服用し、オムツで排泄する体験がありました
下剤を服用した深夜
お腹は痛い
寝たままでは、お腹に力が入らない
その前に、オムツではできない
でも、体験しないと分からない🙂↕️
意を決して
いや
腹痛に耐えれなくなっての方に近い
そのときの感情は…
屈辱😞
羞恥心☹️
深い無力感😶
幸子さんが「トイレで排泄したい」という意思を持っていた理由を、私たちはやっと理解しました
「もういい」と言わせてしまった
私たちは「安全」を理由に、彼女の尊厳を軽んじ、未来の可能性を奪ってしまっていた…。🌫️
あの時できたこと
幸子さんの未来に蓋をしてしまったのは、私たちの技術不足
「もういい」という言葉には
「わかってもらえない」という絶望が込められていたのかもしれません😔
彼女の願いに気づけなかったことを思うと、今でも後悔の念が消えません
でも、その経験が私の介護観を大きく変えるきっかけとなったのも事実です
⭐︎次回予告⭐︎
介護の本質や「支援」と「世話」の違いについて考え、
「未来を支える介護」についてお話しします。
どうか最後までお付き合いください😊✨
