小学校教員から大学教員への道 第2話:学術界の洗礼。「査読論文」という高い壁
前回お話しした「教育実践論文コンテスト」が、現場の熱量やアイデアを評価するものだとしたら、次なるステップは「査読論文」への挑戦でした。ここからは「実践家」としての顔だけでなく、「研究者」としての作法が求められる、さらに厳しい世界です。
1. 読んですらもらえない?「執筆要領」の洗礼
教育実践論文コンテストと決定的に違うのは、専門家による厳格な「査読(チェック)」があることです。そして、その門前にはさらに高い「投稿規定」という壁が立ちはだかっています。
学会ごとに1ミリ単位の余白設定、フォント、引用文献の書き方が細かく定められており、これが守られていなければ、中身を読んでもらうことすら叶わず「不採択」の通知が届きます。実を言うと、私も初めてエントリーした時は、この「作法」が不十分で一発アウトでした。現場の勢いだけでは通用しない、学術界の厳格なルールを痛感した瞬間です。
2. 自分の実践をどこに位置づけるか
論文には、その性質によっていくつかの種類(種別)があります。
• 「研究論文」:理論的な研究成果をまとめたもの。
• 「実践研究論文」:現場での実践事例研究を体系化したもの。
• 「研究ノート」:上記に準じる成果や、紹介・報告など。
私は小学校での実践とその成果、課題、改善点を示す内容が中心なため、主に「実践研究論文」としてエントリーを重ねてきました。
3. 採択までの遠い道のり
これまで、日本道徳教育学会、日本道徳教育方法学会、日本人間教育学会、日本教育実践学会、関西教育学会……など、多くの学会誌に挑戦してきました。しかし、そう簡単には採択されません。
時間をかけて出される結果は、主に以下の4段階です。
1. 掲載可
2. 軽微の修正の上、掲載可
3. 要再投稿
4. 不掲載

私はこれまで2回、「軽微の修正の上、掲載可」という評価をいただきました。しかし、この「軽微」という言葉を額面通りに受け取ってはいけません。
実際には10〜20箇所に及ぶ緻密な指摘が届きます。それに対し、論文を直すだけでなく、別紙の「修正対照表」に、どう考え、どう修正したのか(あるいはあえてしなかったのか)を論理的に回答していく必要があります。査読者がどのような意図で指摘しているのかを読み解くのは難しく、これには膨大な時間と精神力を要しました。
4. 「研究者」として認められるということ
ある学会の担当者が仰っていた言葉が忘れられません。
「学会誌はその学会の質そのもの。エントリー数が少なくとも、質が担保されない論文は掲載しない。」
この言葉通り、学会誌に掲載されるということは、単なる実績づくりを超えて、その分野の「研究者」として公に認められたことを意味します。
査読者からの厳しい指摘に向き合う中で、「研究者はどのような視点で教育を見つめているのか」を深く知ることができました。この「研究者的視点」こそが、後に大学の教壇に立つための、本当の意味での「パスポート」になったのだと感じています。
