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「冒険野郎マクガイバー」を観て化学者になろうと思った件【MacGyverism】

先日、若い方に自分のキャリアを話す機会があって、そもそもなぜ最初に化学の道に進んだのか、というキッカケの話をしました。

私が化学に興味を持ったのは、米国ドラマ「冒険野郎マクガイバー」の大ファンだからです(笑)。そう、リチャード・ディーン・アンダーソン主演のやつ(最近はルーカス・ティル主演で「リブート」されていますが、これも面白い)。

おかげでVictorinoxのナイフもたくさん持っています。カバンにいれっぱなしで忘れてて、空港で何度没収されたことか(黒歴史)。

↓なにしろ公式がマクガイバー推し

というわけで、今回は私のマクガイバー愛を語ろうと思うのですが、語り始めると大長編大河ドラマ状態になってしまうので、とりあえず私が化学者になろうと思った点だけにフォーカスして書いてみようと思います。

80年代にテレビを観ていたサイエンティストにとって、マクガイバーは「通過儀礼」だと個人的に思っているのですが、結構海外でも同年代同士で盛り上がる話題だったりするので、世界的な共通言語だと勝手に思っています。

『冒険野郎マクガイバー』の概要

ま、言うまでもないことなんですが(?)、一応簡単な概要を書いておきます。

主人公アンガス・マクガイバー(リチャード・ディーン・アンダーソン)は、政府の秘密組織「フェニックス財団」に所属するエージェントです。1980年代のアクションヒーローとしては異例の、銃の携帯を拒否する徹底した平和主義がありました(当時は「特攻野郎Aチーム」という対極的なドラマもあった)。

物語の典型的なプロットは、マクガイバーが絶体絶命の状況に置かれ、そこから脱出するために科学的知識と創意工夫を駆使して装置や化学反応を即席で作り出す、というものです。意外に見過ごされがちですが、このドラマにおいて大事なのは、彼の創作過程において、彼は思考プロセスを口に出し、視聴者を問題解決に引き込むことです。これがあるから観ているほうも「なんとなくわかった気になる」わけです。いま見返すと「そうはならんやろ」っていうものが多いですけどね。Dr.STONEみたいなもんか。

このドラマが残した最も顕著な遺産は、「マクガイバーする(to MacGyver / MacGyvering)」という言葉が、日用品を使って即席で何かを修理・創作するという意味の動詞として英語圏の辞書に載るほど文化的に浸透したことだと思っていて、ドラマのコンセプトがいかに深く人々の意識に根付いたかを示しているといえます。

ドラマの中でも後半のシーズンになるとマクガイバーのフォロワーのような人たちが出てきて、彼らが「マクガイバリズム MacGyverism」という言葉を口にするようになります。いま目の前にあるモノでなんとかする、そういったDIY精神のことを意味しますが、案外世界中で通じたりします。

科学的深堀りをしてみるのが興味をもつキッカケ

ドラマには、毎回「科学コンサルタント」が就いていました。彼らは脚本家のアイデアを検証したり、現実の科学原理に基づいた新たな解決策を提案したりしていたようです。

オリジナルシリーズでは、宝石学者でありながら化学と物理学に幅広い知識を持つジョン・コイヴラ(John Koivula)がこの役目を担っていました。脚本家が「マクガイバーが地下室に閉じ込められた」といった状況設定を伝えると、コイヴラが科学的に妥当な脱出方法を考案するというプロセスが取られていました。

なお、リブート版では、サウスイースタン・ルイジアナ大学の物理学教授であるレット・アライン博士(Dr. Rhett Allain)がテクニカル・アドバイザーとして参加しました。彼の参加は、現代的なアプローチを象徴しており、単に妥当性を監修するだけでなく、ブログやビデオを通じてファンコミュニティと積極的に関わり、作中の科学を解説しています(これがまた面白いのですが割愛)。

ここでオトナの私として特筆すべき点は、制作者たちが持っていた倫理的な配慮、すなわち「安全条項」があったことです。爆発物のような危険な反応を描写する際には、視聴者による模倣を防ぐため、意図的に重要な材料や手順を省略していました 。これは、エンターテインメントと公共の安全を両立させるための重要な判断でした。なので、ドラマの中にある通りに硝酸系の肥料でニトロマンニット爆薬(ANFO|硝安油剤爆薬)をつくったり、マグネシウム製自転車を分解してテルミット・トーチをつくろうとしても、うまく爆発しません(←)。敢えて起爆のための雷管や、テルミット反応で必須のアルミニウムを省略等しているからです。しかし、このような「ちょっとリアル」な描写が科学少年少女たちに刺さりまくったことは言うまでもありません。

なお、こうした「身近な化学」は、俗にキッチン・ケミストリーとも呼ばれます。チョコレート、肥料、排水管洗浄剤、重曹や酢といった、ありふれた日用品を用いることで、マクガイバーは「科学の神秘性」を剥ぎ取ったといえます。科学を清潔な実験室から、現実の雑然とした世界へと引きずり出し、誰もがアクセス可能で身近なものだと感じさせたわけです。高価な機材ではなく、身の回りの世界を支配する原理を理解することが重要だというメッセージを感じさせます。


フィクションから職業へ|意図しないSTEM教育

実は、多くのファンが、この番組がきっかけで問題解決への新たなアプローチを試みるようになったり、マクガイバーをロールモデルとして捉えたりしたと語っています。いわゆる「マクガイバー・エフェクト」と言われる現象です。

ディスカバリーチャンネルの人気番組『怪しい伝説』の司会者の一人であるジョン・ラングは、自身の修士論文プロジェクトがマクガイバーから直接インスピレーションを得たものだったと語っています。

さらに、ドイツのホーフ大学では、限られた資源で工学的課題を解決する「マクガイバー・デー」というイベントが開催されており、番組のコンセプトが正式な教育ツールとして導入されています。

これはまさに、「文化的なフィードバックループ」といえます。まず、番組が応用科学を普及させ 、それが視聴者を鼓舞し、科学者や技術者を生み出し、そして、彼らが制作するコンテンツ(『怪しい伝説』など)が元の番組を検証し、その精神が教育プログラムへと昇華されていくわけです。こうした「自己強化的」なサイクルの中で、フィクションが現実を形成し、その現実が今度は元のフィクションに敬意を払い、その上で新たな価値を構築しているという流れが発生しているわけです。こりゃスゲー。

まとめ|マクガイバーの化学式

マクガイバーで描かれた化学的応用は、しばしばドラマチックに脚色されてはいたものの、その多くが本物の化学的原理に根ざしていました。

しかし、この番組が残した最も強力で永続的な「化学」とは、重曹と酢の混合物ではありません。それは、

知識 + 創造性 + 機知 = 問題解決能力(エンパワーメント)

という式です。

ドラマのヒーローが化学物質を混ぜ合わせる姿に触発され、化学の道を志したという私を含めた多くの科学少年少女の経験は、科学を正しく理解し応用すれば、世界を理解するだけでなく、世の中をより良い方向へ変えることさえ可能であるという、マクガイバリズムの深遠かつ肯定的な遺産の証拠なのです。

おや、フォーカスして書くつもりが3000字も書いてしまいました。今日はこのへんで。

註)上記式は意味内容からすれば掛け算にすべきですが、「化学式」との対比をしたいという文脈上、足し算にしています。ご了承ください。

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