【サクラノ詩 afterSS】機械人形を巡る混乱に寄り添う真実―カリス―
※このSSはサクラノ〝詩〟の if after 吹×草薙直哉となっております。
※R‐15相当の刺激的描写が存在します。
※ネタバレが含まれます。ゲーム(サクラノ詩・サクラノ刻)のプレー後に読むことを推奨します。
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左手を殴りつけたい衝動に襲われる。
明滅を繰り返すライトに、柔らかく照らされる夏目家の蔵。
今は、その優しささえ“棘”のように俺の胸には感じられてしまう。
〝描けない〟
その事実は、心に一切の光が届かない暗闇を落とす。
何年も、何年も、描けなくなった利き手の右手よりも繰り返した反復練習。
逃げるように隠れて描いた、何百冊、何千冊、何万冊のクロッキーブック。
直線、曲線、円。
向き合ったキャンバスに図形の組み合わせはあっても、〝表現〟はまるでなかった。
……破り捨てたい。
ここで描いていると、天才と呼ばれた幼少より格段に劣る俺の絵を、『見つけた!』と、宝物を探し当てたように曝け出す、いつもの“向日葵の笑顔”が照明の眩しさとともに脳裏をよぎって、苦しい。つらい。
「……………………………………………………」
もう、圭はいないのにか?
いないからこそ、声が、笑顔が焼き付いて離れないのだろうか。
全てを終わりにしてしまいたい。
俯いたうつろな表情で、握る拳の指を強める。
掴んでいるモノを潰すのではないかというところで、俺はようやく左手に目をやった。
持っているのは一本の長い筆。
見た瞬間に体が固まる。
壊してはならない。
同時に冷たい視線で、これが刃物だったらと思う。
名だたる芸術家、ゴッホはゴーギャンと別れた後に、狂気の熱情で自分の耳を切り落としたという。
圭と今生の別れを告げた俺は?
激情と冷淡が暗闇のパレットに混ざり、全てを黒く染めていく。
首筋の薄さを確かめるように撫でる。
ふと俺は、左手で持った筆で頸動脈を──────
『『『草薙さん!? なにをしているのですか!!!???』』』
俺は持っていた筆を落とした。
明るい透き通る声。
桜吹雪が舞うようだった。
カーンと一段高い音がした後に、声のした方へ、カラカラと落としモノが助けを求めるように転がる。
バッと振り返る。
そこには場に似つかわしくない、清廉とした黒のゴシックドレスを着た少女。
青の薔薇をアクセントにしたカチューシャが、彼女の可憐さに彩りを添える。
煌びやかな銀の髪が、風に靡くように揺れた。
パッと屈んで筆を拾い、胸の前で、大事なモノを守るように両手で包みこむ。
「く〜さ〜な〜ぎ〜さん。質問に質問で返すどころか、無言なのはどうかと思います」
「なんですか? ジッと吹のことを見て……はっ、とうとう草薙さんも吹の美しさに気づいて……」
「……吹、いつからおまえ、そこに?」
ムーーーといつものようにノッてこないなぁと不機嫌そうな吹。
それでも、悪戯心が妖しく瞳に輝いた。
「さきほどですよ。草薙さんに遊んでもらおうと夏目家に忍び込んだら、草薙さんが仁王立ちで……」
「仁王立ちで、筆を、命より大切な大切な筆を、自らの歪んだ性的欲求を満たすために、自らの身体を筆責めに!!!」
「吹は思わず、大声を上げてしまいました」
クスクスと笑う声。
張りつめていた空気が一変する。
ハァーーーと俺は一度重い溜息をつき、答える。期待に、応えることにした。
「なぜ俺がそんな性的倒錯を起こさねばならんのだ。あとツッコミどころが多すぎて、意味わかりません〜」
「吹の代名詞でもある『意味わかりません』を先に! ズルいです!」
吹は鈴の音が響いたように、パーッと顔を上向かせる。
俺はまだ少しバツの悪い顔をしてしまう。
「ズルいもなにも……勝手に夏目家に不法侵入して覗き見て、いきなり大声を上げるおまえはいいのか……」
「そ、そういえば、こんな人気のないところにいたいけな吹を連れ出して、草薙さんはいったいなんの遊びを……」
今度は吹が神妙な面持ちで、大真面目に不真面目なことを言う。
「俺の話を聞け。おまえがジ・ブ・ンで忍び込んだって言ってただろうが! 俺が連れ込んだみたいに言うな!」
「も、も、もしかして、この筆は、大切な大切な吹の乙女の秘密の場所を責めるために!? 吹は草薙さんの性的倒錯を収めるためなら、やぶさかではありません!」
「え……性倫理、どうなってんの?」
機嫌が良くなってきたのか、吹はにこやかな顔を崩さない。
「“大切な大切な吹”というのは否定しないのですね。マジメな草薙さん」
一歩、また一歩。
ふふ……と慈しむように、吹が微笑む。
千年櫻から生まれた美の神が俺の隣へ。
半透明な身体を、この世界に残すかのように寄り添う。
「…………………………………」
無言で存在を確認するように、俺も頭を優しく撫でる。
今日はずっと吹のペースだな。
いや、今までもずっと吹のペースだ。
これからもずっと、永遠に……消えない。
「うにょろぉ、寄ってきた女子を手懐けた証みたいに頭を撫でるのやめてください〜」
「吹の方から頭を差し出して来たんだろうに……ちょっと前は、正直不愉快と言っていたのに」
「えへへ……そんなこと言ったら草薙さんも、吹のこと意識してから脳内ピンク妄想、うま〜く避けてます!」
「……おまえの人の好意の確認方法、それでいいの?」
「吹の高度なお色気作戦にひっかかった草薙さんに、なにも言う権利、ないです!」
キャッキャと喜ぶ吹は軽やかに跳ねる音楽のようで、見ていて落ち着く。
しかし、語弊のある言い方だ。
異性として意識してしまっているのは確かだが、求められて撫でる以上のことはしていない。
「冗談のはずが女の子として意識する。吹の手にかかれば、櫻の芸術家も案外ちょろいですね」
「……芸術家……ね……圭のいない今、そんな風に俺を呼ぶのは吹くらいのものだ」
ピクリと、芸術家という言葉に反応してしまう。
俺の背中の向こうにある、今まで描いていた絵画を、絵画を騙る紛いモノを、吹に見られるのが恐ろしい。
隣り合わせに震える肩に、吹は気づいているのだろうか、それともここまで会話が計算されていたのだろうか、優しく、語りだす。
「因果交流の光のような画家」
「プールの底をキャンバスにした、ふたつの、私たちの色彩の渦が混ざり合って出来た、この世にたったひとつの絵画」
『美しかった』
吹が話すのと同時に、なぜだか俺も同じことをつぶやいてしまう。
その様子を母親のように、されどまだ悪戯心を灯すように妖しく、俺を透かして見つめる。
「創造性は、電燈のように点けたり消したりできない」
「ですが、あなたは交わることで何度でも見事な芸術を咲かせる……芸術家と交われば交わるほど」
「それでも……圭さんがいなくなって、私も絵が描けなくなっていって、わ、わたしの存在を残すために、草薙さんが苦しんで千年櫻を描き続ける必要はないのですよ。私は、吹はそれを望んでいません」
「今度は、記憶を消していく、なんて言いません。私が草薙さんと居た日々は! いつでも高揚感に満ちていて、楽しくて、あの夜、絵画を描いたように、ふたりで世界をつくっているみたいでした!!! だから、だから……最後に、ほんのちょびっとの寂しさはしかたないです……」
途中までは穏やかに、それからは堪えていたものが堰を切ったように、吹の不安が押し寄せる。
自分の? それとも自分のせいで俺が苦しむことへの?
もちろん後者だろう。
「見えなくなっても私は! 吹はいつでも草薙さんの隣にいます!!!」
吹……。
今にもつぶらな碧眼からは大粒の涙がこぼれ落ちそうだ。
その場で屈んで、優しく肩を掴んで、吹をこちらへ抱き寄せる。
吹は驚いて、さらに目を丸くして、
「草薙さんと初めて同じ目線の高さになったかと思ったら……」
泣きながら〝唇〟を気にして、
「……草薙さん……! 草薙さんっ……!! …………直哉ぁ……!!!」
初めてのキスに、今までにないほどの混乱を描いて、具現化できないほどの想いの嗚咽を漏らす。
ふたりの影がひとつになるようにと、照明は優しく光を差し込む。
ずっと、ずっと、永遠を願うように。
「ぐすっ…………悲しいのか、うれしいのか、わかりません」
「うん」
「結局、吹の恥ずかしいところを全部見られてしまいました」
「そんなことないよ。でも抱きしめてキスしたら、俺も吹と一枚の絵を完成させた、あの夜を鮮明に思い出した」
「苦痛と快感。つらい、けど楽しい。創作とはそういうものだってことを」
人生だって……と話を続けようとしたところで、いつでも、お祭りのように騒がしい吹の邪魔が入る。
「楽しくないですー!!! くさな……んんっ……直哉はいつ吹に弱いところを見せてくれるのですか!? 圭さんには見せていたのに!!! このままでは、いつまでも直哉のいっちばんになれません!」
「そ、そんなことないだろ……」
「むーーー少し言い淀んでるのがそういうことなんですー!」
「えいっ!!!」
「こら、なにを……や、やめ」
半透明になっても、優しく抱きしめている俺とは反対に、吹のチカラはまだまだ強い。
「……ふ〜ん。直哉もかわいいところありますね。吹のような美麗な淑女の〝ふぁ・あ・す・と・き・す〟を奪ったら、当然とも言えますが」
吹は、にへらぁと悪い笑みをこぼす。
畳みかけるように、
首に手を回して抱き合う体勢で、
俺の耳に吐息が当たるように囁く。
「おっき、してますね」
「つづきは吹のこと、ほんっとう〜に具現化できたら、ですっ」
片手を添えて、艶やかにオトナびたセリフで俺をあやすかのごとく、絵画を描き続けることに最大の了承の合図をくれる。
ふっふーん、吹の勝ちですと言いたげな、したり顔で瞳を見つめてくる。
俺は顔が真っ赤になっているのを自覚しながら、吹の頭をグチャグチャにしてやることにした。
たまにはこの色ボケにもお仕置きが必要だろう。
にょ、にょ、にょわ〜〜〜!?!?!?
外では、あの夜と同じく、綺麗な星月が輝いている。
もう片方の手に大切に持っていたパレットナイフは、いつしか吹と俺から離れ、目的地を指し示すかのようにキャンバスだけを向いていた。

illustrated by 『あは。』
アカウント:pixiv《https://www.pixiv.net/users/54110442》
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