うなぎと寒空と全力バトルの、シアワセ相関
人は戦いに燃えるものである。
男でも女でも、どんな平和主義であろうとも、黙って戦うときがある。
魅惑の整理券争奪戦──
そんなものがひっそりと、静かなれどメラメラ燃えるように展開される場所がある。昼食の鰻を食べるため、ただその鰻を味わいたいがためだけに。
絶品鰻の殿堂「別館山田」(千葉県香取市)に入店が許されるのは、店から整理券を手渡された勝者だけである。
開店は午前11時15分だが、整理券は10時に配られる。
その日の制限人数分のみだ。
このシステムを熟知している食いしん坊たちは、近隣地域はおろか県外からも我先にとやってくる。もちろん私もその類い。
ご馳走ランキングトップ5入りするであろう鰻だからこそ(注:個人的所感)、美味しく食べさせてくれる店に群がるのは当然のこと。

その日、私が「別館山田」に到着したのは朝9時だった。
7時台に家を出て、満を持しての来訪である。駐車場にはすでに数台の車が停まっていた。10時まで1時間近くあるというのに、店の前には早くもオジサン2人が並んでいる。
2人ならばまだ余裕。そう思いながらもなぜか焦る。私は一体何番目?
背中を刺すような寒空の下、周りに何もないような場所に「別館山田」は鎮座している。静かで広々とした郊外の、不慣れな場所で整理券の順番を気にしながら黙しているのはひどく辛い。ここはひとつ話しかけてみようかしら。
「おはようございます! ここ、並んでらっしゃるんですよね」
不安を隠すようにとびきりの元気を出す私。
「ああ、おはようございます。いやぁ僕はね、8時半に来て一番ノリだと張り切ってたら、こちらは8時過ぎから並んでらっしゃるんですよ」
満面の笑みで返してくれたオジサンは、もうひとりのスマホを見ていたオジサンに目をやった。
「どうしても1番取りたくて。どうせですから」
「わかりますよ。僕だってここには15回くらい来てるんですけどね、1番取ったら嬉しいじゃないですか。今日は取られちゃったけど。正直ここの鰻、日本一だと思ってるんで気合い入っちゃうんですよね」
いきなりの鰻談義、いや整理券奪取の武勇伝談義で盛り上がり、一気に賑やかになった。イチかバチか、話しかけてみるもんだ。
私たちの後ろの方にも、そろそろ家族連れが並び出してきた。皆、10時前から並ぶ順番待ちを心得ている。

そのとき、ひとりの男性が私たちの方にやってきた。私より若い感じだが、足が悪いらしくステッキを使いながらゆっくりとした歩行。この男性は私よりも先着していて、足を労るために車の中で待機されていた。
「外で待ってる方が楽しそうなんで出てきちゃいました」
どうぞどうぞと仲間が増えた喜びを分かち合う。
すると今度は、まるでダウンコートが歩いているような小柄なご老嬢がこちらに合流してきた。またしてもステッキでゆるりゆるりと来られたのである。
「車で待ってろって言われたけどね、退屈だわよ」
ご老嬢はステッキ男性のお母さまで、御年80代らしい風情。オーバーサイズのダウンコートと帽子で「寒さ対策はばっちり」だとか。
ステッキ男性はご老嬢の帽子を少し直し、まあいいかと優しく笑った。
「実は母とふたり、親子で痛風ですからね、こんなもの食べちゃいけないの。だめなの。でもここに来たら鰻待ってる間に天ぷら食べちゃうでしょ。で、薬飲んで、また鰻食べて」

「だってあなた、鰻のためだったらアタシなんでもしちゃうわよ。すぐ薬飲むんだから。普段は気をつけてんの。でもここは特別よぉ」
弾けるポップコーンみたいにポンポコ話すご老嬢につられ、「ええ、ええ、そうです。我慢なんかできませんよね」なんて笑い合うけど、本当はいけないんだろうな。でもそんなふうに咎められるはずもなく。
美味しいものを目前にすると、燦々としちゃうのだ。笑顔が次々ほころんで、幸せ気流に包まれちゃうのだ。
整理券奪取の戦いではあるけれど、皆、楽園にいるかのごとく無邪気である。オジサンたちもご老嬢も、きっと私も子供みたいに紅潮している。
やがて10時になり、店からの整理券配布が行われた。私は4番。余裕のよっちゃん4番である。
整理券を手にした勝者たちは、ひと仕事終えた面持ちで散り散りになった。開店まで好きな場所で呑気に待っていればそれでいい。

いよいよ11時15分、開店のときがやってきた。
整理券の回収とともにテーブルに案内され、ようやく絶品鰻との対面だ。
だが……。
ここに来てあと一越えの関所がある。
まさにラストの関門、ラス関門。
御膳が出てくるまで、1時間弱の長丁場なのである。
注文してから焼きに入るため、テーブルでじっと待つという苦行。
店内に立ちこめる香ばしい鰻の匂いに包まれて、耐え難きを耐え、限界に達した頃、やっとやっと、ようやっと御膳が運ばれてくる。
これぞ幸せベクトル爆上がりの瞬間だ。
私は無茶を披露しあった愉快なひとたちを思い、彼らが今しみじみ幸福を噛みしめていることを思い、ゆっくり鰻に箸をのばした。
了

ふっくら肉厚で鰻本来の味がしっかりわかる。
表面は炭火焼きでパリッパリ食感。
甘じょっぱい秘伝のタレが
ご飯にも染み込んでたまらない。
大きな肝の入った爽やかな肝吸いも美味。

▼うなぎの山田に行かれたnoterさんたちの記事
唯一無二・山田の感動を、noterさんたちの記事でご堪能ください!
↑おてだまさんの記事ではお値段(メニュー)もバッチリ公開されております。ご参考に
↑gingamomさんは、山田本店に行かれています。
個人的感想では、本店の方がアッサリ加減のタレのような気がします。美味しさはもう、本店、別館、甲乙つけがたい‼
