ズル賢くて自分勝手なカワイ子ちゃん。 猫は男を、人を、狂わせる
「猫撫で声」「猫ババ」「猫をかぶる」──
辞書を開けば、「猫」を使ったネガティブワードのオンパレードである。「猫根性」なんてのもあり、これは外面は良いくせに貪欲で腹黒い人間を指すことば。
犬はここまで言われないのに、なんだか解せない猫派のわたし。ニャンコばかりがなぜ責められる。
でもこんな慣用句にされてしまうのも、古来より人間がずっと猫に狂わされ、骨抜きにされてきたからではないだろうか。
溺愛を象徴する「猫かわいがり」なんてことばもあるくらいだし。

歌川芳藤「膝の上猫の寿古六」(部分)
明治時代前期頃作品_東京都立図書館所蔵
🐈⬛ 小悪魔に翻弄される天国と地獄
猫はツンデレの始祖であり、その完成型として存在しているのだと思う。
愛くるしい声で惑わせ、胸元にスルリと忍び込み、両手を広げて「抱きしめてぇ」のポーズをとる。極上の甘えでこちらをとろんとろんにしておきながら、すぐにプイッとしちゃうお天気屋。ときには「シャーっ」と威嚇して、ワガママ放題やり放題。
そしてまた、何事もなかったように可愛くすり寄ってくる小悪魔なのだ。
こんな女……ではなく猫にフラれようものなら可愛さ余って憎さ百倍、恨み節の慣用句が生まれたって不思議ではない。
憶測ではあるけれど。
当たらずとも遠からずだろう、きっと。おそらく。
🐈⬛ 魅了されたムフフなひとびと
猫に取り憑かれた人たちは、それはそれは幸せそう。傍目からは異常に見えるが関係ない。
猫好きで有名なロックバンド・クイーンのフレディ・マーキュリーは、ツアー中は自宅の猫に電話をして自分の声を聞かせていた。
▲フレディが愛猫Delilahの為に作った曲。(YouTube公式チャンネル)
中盤から「Meeow,Meeow,Meeow, Delilah - I love you」と悩ましげに思いの丈をぶつけており、アホやな♡とツッコミたくなる
愛猫家が多いといえば、文豪界隈も無視できない。
大佛次郎や室生犀星、開高健と次々浮かぶが、中でも谷崎潤一郎は亡くなった愛猫を剥製にしたり、「女でも猫のような顔が好き」(*)と言ったり、女を愛するようにその猫の美と官能と利口さを愛し尽くした。
(*)谷崎潤一郎全集第25巻収録「私の好きな6つの顔」より
🐈⬛ 『猫と庄造と二人のおんな』
そんな谷崎作品の中に、『猫と庄造と二人のおんな』というのがある。
猫に人生を狂わされる男と女の短編小説である。
猫が生み出す男女の嫉妬、策略、人間模様がとにもかくにも面白い。

むかし買った新潮文庫。
新刊でも180円で購入できた時代
甲斐性なしの男・庄造を、前妻の品子と現妻の福子が取り合いをする。でも庄造の心は愛猫リリーのことでいっぱい。リリーこそがこの三角関係の頂点に立つ、絶対的ヒロインなのだ。庄造からリリーを引き離そうとする女たちの業は、滑稽ながらも哀れである。
特筆すべきは、庄造のリリーに対する偏愛・倒錯ぶりだろう。谷崎独特のねっとりした筆致で芸術的境地に達している。
これはもう、疑うことなき変態マックス作品なのだ。
蔑んでなどいるものか。むしろその逆。
昨今「変態」ワードは、褒めことばとしても使われている。自分の興味に対して一途に忠実に、生涯を賭けて追い続ける姿勢は憧れそのもの。真似できない敬意を込めての「変態」である。
自らを「痴人」認定するメタ認知力の高い谷崎だからこそ、その欲望や理想、思想を芸術作品に変換し得たのだろう。……などとわたしは思ってしまう。

最後にこの作品から本文を一部紹介して締めくくろう。
前妻・品子に愛猫リリーをとられた庄造が、品子の家の前の叢でじっと身を潜ませ、ジリジリするくだりを楽しんでいただきたい。
ここでさっきのあんパンを咬りながら、二時間の間辛抱してみよう、そのうちリリーが出て来てくれたら、お土産の鶏の肉を与えて、久しぶりに肩へ飛び着かせたり、口の端を舐めさせたり、楽しいいちゃつき合いをしようと、そういう積りなのであった。
〜中略〜
……あ、リリーかな、やれ嬉しや! そう思った途端に動悸が打ち出して、鳩尾の辺りがヒヤリとして、次の瞬間に直ぐ又がっかりさせられる。こう云うと可笑しな話だけれども、まだ庄造はこんなヤキモキした心持を人間に対してさえ感じたことはないのであった。
恋焦がれる相手は猫だけど、庄造の想いは紛れもなき純愛である。
ああ、純愛と偏愛は紙一重。
了

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▼「谷崎潤一郎がnoterだったら」という妄想ばなしも投稿しています。
noterの谷崎を、フォロワー数2,800人の「卍CAT」という投稿名で登場させています。『春琴抄』のパロディ『春琴咖喱抄』もお楽しみください。

●サムネール使用写真
Unsplash_Rafal Jedrzejek
●記事中イラストは、パブリックドメインです
・資料名:歌川芳藤 膝の上猫の寿古六(部分)
・所蔵館名:東京都立図書館
