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災害のたびに思う。「助けて」と言える相手はいますか?

熊本で大きな地震が起きてから、今も余震が続いています。

被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

大きな地震を経験したあとは、大人も子どもも関係なく、心も身体もずっと緊張したままで、気づかないうちに疲れがたまっていると思います。

それに加えて、この厳しい暑さ。

特に、ご高齢の方や、体調に不安を抱えている方にとっては、大きな負担になると思います。

私自身も体調が万全ではなく、高齢の母も抱えているため、被災された方々、弱い立場にある方々のご様子を思うと、胸が痛みます。

どうか必要な方に、必要な物、涼しく休める場所、そして安心して眠れる環境が一日も早く届きますように。

これ以上、被害が広がりませんように。

そして今、不安な夜を過ごしている皆さまが、少しでも安心して過ごせますように。
心から願っています。

いつもの暮らしが突然変わることがある

こういう大きな災害が起きるたびに、
私は「助け合う」ということについて考えます。

私たちは普段、自分でできることを自分でしています。

仕事をして。
ご飯を食べて。
買い物をして。
体調を管理して。
何か問題が起きたら、考えて対処する。

特に、これまで長く一人で頑張ってきた人なら、
それをひとりですることが当たり前になっているかもしれません。

「人に迷惑をかけたくない」
「自分のことくらい、自分で何とかしたい」

そう思って生きてきた人もいるかもしれません。



私自身、自立して生きることが子どもの頃からのテーマでした。


私の母は、いつも
「女性も、自立して生活していけるように!」
と言って、私を育てました。


だから私は、自分のことは自分で何とかすることが当たり前だと思って生きてきたところがあります。

もちろん、私は一人で生きていることを否定したくありません。

一人だから寂しいとも、一人だから足りないとも思いません。

今の暮らしが心地いいなら、それが幸せだとも思っています。

でもね。

災害が起きたとき。
突然、病気になったとき。
親のことで困ったとき。
自分の力だけでは、どうにもできないことが起きたとき。
人は誰かの手を借りることがあります。



私は、
「何でも自分で」とは言っていられない経験をしました。

15年前に、身体障害者手帳を取得しました。

とはいえ、日常生活では困ることはないので、
「まだできる」
「これくらい自分でやらなくちゃ」
と、なるべく人に迷惑をかけないように、
少し無理をしてきたところもありました。

そうしたら、
今は、コロナ感染をきっかけに、慢性疲労症候群になりました。


もう、本当に無理してはイケない状況になりました。

そんな経験をして、以前より強く思うんです。

何でも一人でできることが良いわけでもない

できないときには「助けて」と言う。
必要なときには、誰かの手を借りる。

それも、人が生きていくうえで自然なことなんじゃないか、
と思うんです。

どれだけしっかりしている人にも、
どれだけ自立している人にも、
誰かの力が必要になることはあると思います。

今回のような災害を目にすると、そのことを改めて感じます。

そもそも私たちは、完全に一人だけで生きているわけではありません。

たとえば、毎日食べているお米をひとつをとってもそうです。

お米を作ってくれる人がいて、
運んでくれる人がいて、お店に並べてくれる人がいる。

自分では何でもやっているつもりでも、
私たちの暮らしは、見えないところでたくさんの人に支えられています。

どうせ、誰かに依存して生きているのです。



だから、
人に助けてもらっていい。
人を頼っていい。
いい意味で、人に依存していい。

私はそう思っています。

一人でできることには限界がある

先ほども話しましたが、人はもともと、誰かと関わり、支えられながら生きています。

そして、私たち自身も年齢を重ねていきます。
昨日までできていたことが、今日は難しくなる。

それは、どんな人にも起こることだと思います。

だから私は、
自分の人生を一人で歩いてきた人ほど、
誰かの力を借りるという選択肢を持っていていいのではないかと思っています。

そして「助け合う」というのは、
必ずしも同じことを同じだけ返すことではないとも思うんです。

できることは、人によって違います。
必要な助けも、人によって違います。

身体を動かすことが難しい人がいれば、
そこを誰かに助けてもらってもいい。

反対に、その人だからこそ誰かの話を聞けたり、
経験を伝えられたり、
そばにいることで誰かを安心させられたりするかもしれません。

でも、助け合いは、貸し借りではないとも思ってます。

できる人が、できることをする。
必要な人が、必要なときに助けを受け取る。

そしてまた、
それぞれができる形で人と関わっていく。

私は、それでいいと思っています。

助けてもらうことが多い人もいるでしょう。
助けることが多い人もいるでしょう。

だからといって、
人としてどちらかが上でも下でもありません。

助けてもらうことと、対等であることは両立します。

助けてもらう選択肢を持つことで、
人生はもっと自由になるのではないかと思っています。

「助けて」と言っていい。頼ることは弱さじゃない

ただ、誰かがそばにいたとしても、
「助けて」
と言えなければ、一人で抱え続けてしまう
ことがあります。

これまで、ひとりで頑張って生きてきた人ほど、
この言葉が難しいのかもしれません。

「これくらい、自分でやらなくちゃ」
「迷惑をかけたくない」
「相手だって大変なんだから」

そんなふうに考えて、つい自分を後回しにしてしまう。

私自身も、そうでした。



でもね。
「助けて」と言っていいし、
できないことを、できないと言っていい。

怖いときは、怖いと言っていい。

そばにいてほしいときは、
「そばにいて」
と言っていい。



できないときには
「今日は無理」
と言ってもいい。

それは、弱くなったということではありません。


自分の今の状態を知って、それを相手に伝えるだけのこと。

恋愛・パートナーシップというと、

愛されること。
ときめくこと。
デートをすること。
結婚すること。

そんなことが思い浮かぶかもしれません。

もちろん、それも素敵です。

でも、
それだけではありません。

人生で何かあったとき、
「ちょっと助けて」
と言える人がいる。

「大丈夫?」
と声をかけてくれる人が側にいる。

何かを決めなければならないとき、
「どうしようか」
と一緒に考えてくれる人がいる。



そして、
自分にできることがあるときには、
自分もその人の力になる。


必ず五分五分でなくていい。
同じ形で返さなくてもいい。

その時々の二人にできる形で、
一緒に生きていく。


恋人や夫婦は、
私たちにとって最も身近な「助け合い」の入り口だと思っています。

私が恋愛やパートナーシップをサポートしたいと思った理由も、実はここにつながっています。


一人の人生に、もう一人を迎える選択

ここまで読んで、
「でも、私は今一人だし」
と思った方もいるかもしれません。

今一人でいることと、
これからもずっと一人で生きることは、同じではありません。

そして、
「今の暮らしも結構好き」
という人もいるでしょう。

それも、とてもよく分かります。



自分が好きなものを食べて。
誰にも気を使わず、自分のペースで過ごせる。

せっかく作ってきたこの暮らしを、
誰かによって乱されたくない。

そう思うのも自然だと思います。

でも。
もし心のどこかに、
「誰かと一緒に生きるのもいいな」
「何かあったとき、相談できる人がいたらいいな」
「誰かと助け合う人生も経験してみたい」

そんな気持ちが少しでもあるのなら、
その願いに、ふたをしなくてもいいと思うんです。

私は、結婚して自由が増えました。

一人で楽しんでいたことを、二人でも楽しむ。
今ある人生に新しい可能性が増えていく。

私は、パートナーシップにはそんな力があると思っています。

私は、一人ひとりの自由を大切にしながら、
お互いを支え合えるパートナーシップを、これからも伝えていきたいと思っています。



このnoteでは、恋愛やパートナーシップを通して「本当の自分のまま愛される」ための心の話を書いています。

「もっと頑張らなければ愛されない」から卒業したい方は、フォローして次の記事も読んでいただけたら嬉しいです。

🖊 著者プロフィール

高嶋めぐみ(たかめぐ)
恋愛・婚活・パートナーシップ專門コーチ
・心理セラピスト歴16年
・バツ2を経験後、57歳で2ヶ月のスピードアプリ婚。

30代〜50代女性に向けて、
「素直に甘えられない恋愛」や「我慢してしまう関係性」を、
“安心して愛される関係構造”に変えるセッションを提供中。


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