「心が整うって、こういうことだったんだ」〜50歳を超えてからの挑戦で気づいた日常にあるマインドフルネス〜
はじめに
YouTubeとnote、Instagramを本格的に始めようと決めてから、
ほぼ毎日のように何かしらの準備や作業を続けてきました。
動画を作ったり、セッションの台本を書いたり、音声を録ったり。
一見すると「発信前の準備期間」なのですが、
実はこの期間に、私にとってとても大きな気づきがありました。
それは
「こんなに大変なのに、心が不思議と安定している」ということ。
思っていた以上に、大変だった準備の日々
振り返ってみると、スタート時には本当にいろんな壁がありました。
Googleアカウントの取得からYouTubeチャンネルの開設、
著作権の勉強、動画編集アプリとの格闘……
もともとデジタルに強いわけではない私にとっては、
まさに未知の連続です。
瞑想の動画も、最初は20分のものを作ってしまい、
後から「収益化していないと途中に広告が入ってしまう」と知って、
泣く泣く作り直すことに。
……というか、「泣く泣く」どころじゃなくて、
本気で思いっきり泣きました。
自分が何日もかけて積み重ねてきた作業が、
全部無駄になったような気がして。
やり直すことへの抵抗感もあって、心が折れました。
でも、泣いて泣いて、涙が出きったらふっと吹っ切れるんです。
私は昔から「一回泣くと、前を向ける」タイプらしく 笑
今回もそのスタイルでなんとか進んできました。
それでも、やめたいと思わなかった理由
不思議だったのは、どれだけ泣いた日があっても
「やめたい」とは、一度も思わなかったこと。
落ち込むことはあっても、
それ以上に「どうしても伝えたい」という気持ちが強かったんです。
やり始めたことを途中でやめたくない、
という意地みたいなものもあったかもしれません。
でも何より、「誰かに届けたい」という思いが、
ずっと自分の背中を押してくれていました。
そしてもうひとつ、大きかったのは——
50歳を過ぎてから「本気でやりたいこと」に出会えたことでした。
ここまで夢中になって、毎日があっという間に過ぎていくような感覚は、
久しぶりだったかもしれません。
もちろん大変なことは多いけれど、
それでも「やりたい」と思えるものがあるというのは、
それだけで本当に幸せなことなんだなと、しみじみ感じています。
「やりたいことがない」と悩んでいる人も少なくない中で、
今このタイミングで、自分の中からふと湧き上がるように
“やりたい”と思えるものに出会えたこと。
それは、いろんな経験を重ねてきた今だからこそ、
自然と見えてきたものなのかもしれません。
疲れてるはずなのに、心は元気だった
体は確かに疲れています。
肩や首はこるし、目はしょぼしょぼ。
でも、心はちっとも疲れていないことに、
ある日ふと気づいたんです。
夕方になっても、「明日はこれをやってみよう」と自然に思えている。
むしろ、ひとつ乗り越えた日は「やったぞー!」という達成感があって。
そんな日の夜は、思わず冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、
晩ごはんのときに乾杯してみたりして。
(普段はご飯のときにジュースなんて飲まないのに…笑)
世の中の人が「仕事終わりのビールは最高!」
って言っているのを聞いても、
正直それまでピンときたことがなかったんですが、
この時ばかりはなんだかその気持ちが、
ちょっとだけわかったような気がしました。
気づけば、日常そのものが「瞑想」だった
どうして心が整っていたのかを振り返ってみると、
きっと私が毎日向き合っていた**「作業そのもの」が、
瞑想のような時間になっていた**からだと思います。
セッションを考えるとき、私はまず、
目を閉じて静かに感じてみるところから始めます。
すっと心に入ってくる言葉があれば、
「これだ」と思って、何度もゆっくり口にしてみる。
それはまるで、自分自身に言い聞かせているような感覚です。
録音するときも、
「聞いてくれる人が、自分と向き合う時間を持てるように」と思って
やさしく、落ち着いた声で語りかけるように読んでいます。
それを録っている私自身も、実はすごく癒されているのを感じていました。
編集の途中ではそこまで感じなくても、
出来上がったものを一度通して聞くとき、
私は目を閉じて深く呼吸しながら、
まるで実際に瞑想セッションを受けているように聴いている。
だからこそ、「瞑想してないのに、瞑想してる」ような日々だったんだなと思うんです。
かたちにとらわれなくていい
あらためて思ったのは、瞑想って、
かたちにとらわれなくていいんだなということ。
ちゃんとした姿勢じゃなくても、静かな部屋じゃなくても
きっちり10分取らなくてもいい。
私は朝、ベランダから空を見上げて深呼吸する時間があるのですが、
それだって立派なマインドフルネスだと感じています。
「いま、自分はどう感じているんだろう」
「ちょっと呼吸に意識を向けてみようかな」
そんなふうに、“ふと気づく”ことこそが、
整える力になるのかもしれません。
最後に
今回、発信の準備をしながら、私は思いがけず
マインドフルネスが生活の中に自然に根づいていたことに気づきました。
特別な時間を作らなくても、
「気づく」「感じる」「やさしく整える」
その積み重ねが、
いつのまにか私の心を守ってくれていたのかもしれません。
この気づきが、誰かの心にもそっと届いたらうれしいです。
