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【論考】『「分断」の正体』第二章 第四節 安倍政権は新自由主義か?

 第四節 安倍政権は新自由主義か?

1 小泉政権

 小泉純一郎は、〝保守傍流〟の福田赳夫の書生であり、福田がひらいた「清和会」の出身である。そのカリスマ性で高い人気を誇り、2001年の政権発足時の内閣支持率は、各新聞社共に七割を優に超えた。首相在任期間は五年五か月に及び、退任当時は戦後では佐藤栄作、吉田茂に次いで三位の長期在任であった。

 小泉は首相在任中に靖国神社を参拝し、自民党党是を考えた場合の正統の系譜であるかに思われることもあるが、実際には異なる。小泉は2001年の自民党総裁選において8月15日に靖国参拝すると明言したが、これについて遠藤浩一は、小泉のこの発言は歴史観によるものではなく政略的勘から来るものであったとして、次のように指摘している。

 おそらく小泉は、靖国神社参拝が外交問題に発展することの意味をほとんど理解していなかったに違いない。独特の勝負勘で「八月十五日参拝」と叫んだのであろう。もし事の重要性を十分理解した上でこう発言していたのならば、四か月後に「八月十五日」を「十三日」に前倒しするような無様な振る舞いにはならなかったと思われる。つまり、総裁選で小泉が示したのは、あくまでも政略的な勘であって、歴史観の発露としての「靖国神社参拝」ではなかったのである。

遠藤前掲書、2010年(a)、106頁。

 小泉は靖国神社には毎年参拝したが、在任期間中憲法改正には取り組まなかった。これも政略的勘から来るものであろうか。

 小泉内閣は「聖域なき構造改革」として、郵政や道路公団の民営化、様々な規制緩和、公共事業の削減などを行った。評価の一方で、公共事業の削減は地方から、労働市場の自由化や規制緩和は正規雇用の減少の観点から、批判も存在する。いわゆる「新自由主義批判」である。これは特に小泉内閣が退陣した後に顕著で、永戸力によれば、いわゆる小泉改革の負の側面が急激にクローズアップされてきたのは第一次安倍政権発足時前後であり(永戸力「ポスト構造改革の政策路線―労働市場規制を事例として―」『自民党と政権交代』2012年、日本政治学会、74頁)、小泉時代にはそれほど問題にされず支持率にも表れていない。

 2001年度の公共事業費は9兆4335億円であったのが2006年度には7兆2015億円と減少率は24%、補正予算後の公共事業費では2001年度11兆3000億円から2006年度7兆8000億円と31%も減っている。公共事業の削減は地方経済の衰退を促し雇用を悪化させるとして、自民党地方組織からも反発が強かった。また自民党の有力支持団体であった日本医師会とも診療報酬や医療費改革などで対立し、そして小泉自ら「改革の本丸」と称した郵政民営化においては医師会と同じく自民党の有力支持団体であった全国特定郵便局長会(以下、全特)とも対立するに至った。
 「郵政民営化」は小泉の代名詞であり、これによって、26万人に及ぶ公社職員を民間人にすることで財政再建につながり、また300兆円を超える郵貯資金を民間銀行として民間に積極的に融資できるようにすることによって、経済が活性化するとしていた。野中尚人は小泉の郵政民営化の動機はこれだけではなく、小泉が郵政大臣時代の郵政官僚への〝恨み〟からきている一面もあるとして、次のように指摘している。

 大臣就任直後小泉は、既に大蔵省とも合意済みだった「老人マル優」枠の拡大を否定し、「省益よりも国益優先で郵政事業全般を見直す」と宣言した。メンツをつぶされ省益を無視された郵政官僚たちは、大臣である小泉に対して徹底的に抵抗した。翌年一月二〇日の衆議院逓信委員会では、通例では行われるべき事前の詳細な質問取りがなされなかっただけでなく、局長等の政府委員も出席しなかった。郵政官僚は大臣を全く助けず、小泉は三時間四七分にわたって独力で答弁を続けたのである。しかも、自民党政調会内部での批判と「全特」「大樹」の動員を伴った反対運動が組織的に展開された。郵政大臣としての小泉は、郵政民営化へ向けての道を巨大な壁に阻まれた格好になった。この時の惨めな経験はかえって小泉の敵愾心を燃え上がらせ、郵政民営化へのあくなき執念を生み出したとも言われている。

野中尚人『自民党政治の終わり』2008年、ちくま新書、88ー89頁。

 また、「全特」とOB組織である「大樹」は、自民党の集票マシーンとして、小泉と敵対する田中派・経世会と密接な関係が指摘されており(野中前掲書、2008年、86ー87頁。)、同派が作り上げてきた構造を打破しようとする意識も働いた部分が少なからずあったと思われる。しかし、「全特」や「大樹」などは、集票マシーンとして田中派のみならず、自民党全体を支え、同党が長期政権を維持するために寄与してきたこともまた事実である。

 これらの組織と自民党との関係を、小泉は破壊してしまった。しかし、従来の自民党の組織票を失っても、2005年の郵政解散においては、小泉個人の人気と、郵政民営化に反対し離党した元自民党議員への選挙区に落下傘候補として「刺客」を立てるという生新な手法などによる小泉劇場によって主に無党派層の支持を集め、自民党は296議席獲得と大勝した。

2 清和会

 前項の通り、小泉が推し進めた改革は、「新自由主義」として一定の批判が成り立つと思われる。しかし、同じく前項で記した様に、小泉のその新自由主義的要素は、自民党全体の新たな変質した姿勢でも、所属する「清和会」の特徴でもなく、小泉個人の思想ないし手法によるものが強い。長く清和会に所属し会長経験もある小泉と清和会とを一体と考えてか、「清和会は新自由主義」という批判が見られることがあるが、実はそれは間違っている。

 清和会(清和政策研究会)の創設者は福田赳夫であるが、その源流は岸信介の十日会であり、さらに辿れば日本民主党や鳩山自由党、戦前の立憲政友会にも繋がる。言わば日本の保守の中心的な流れの一つである。ただし、現在政治用語上では、一般的に清和会は〝保守傍流〟と定義される。対して旧経世会や宏池会が〝保守本流〟と定義されている。これは経世会と宏池会が共に吉田茂の流れを汲んでおり、即ち「吉田ドクトリン」に沿った思想が戦後日本の〝保守本流〟となっている。「吉田ドクトリン」とは、経済成長を最優先とし、国防・安全保障はアメリカに頼り自らは軽武装を維持するというものである。遠藤浩一は、「吉田ドクトリン」について次のように定義している。

 いわゆる戦後民主主義ないし平和主義を思想的背骨とし、国防ないし安全保障は米国に頼り、国際社会における政治的役割は軽微なものにとどめ、もっぱら経済面での利益を追求せんとする観念化した処世術で、戦後日本においては超党間の黙契となっている。

遠藤浩一『戦後政治史論ー窯変する保守政治 一九四五ー一九五二』2012年、勁草書房、10ー11頁。

 対して〝保守傍流〟は、「吉田ドクトリン」からの脱却、即ち「自主憲法制定」を思考している傾向があり、清和会はその色がやや強いと言える。
 また、自民党の政治は代議士個々の地元への利益誘導型政治であったと度々指摘されている。品田裕は、選挙において、国全体のための公約ではない「地方向け」の公約をする候補は保守系政治家ほど多いと指摘している(品田裕「地元利益志向の選挙公約」『選挙研究』(16)、2001年、北樹出版、44頁)。当然ながら清和会所属議員を多く含み、多くの自民党議員が「党是の」憲法改正に代表される国家全体のための政策より、「地方向け」と称される政策を優先していたことがうかがえる。「利益誘導型政治」が「新自由主義」とは対極的なのは言うまでもない。

3 自民党は実は右派政党ではなく〝左派政党〟?

 本書は、左右両陣営の先鋭化をはじめとした『分断』がテーマであり、名実ともに日本の〝右派の盟主〟である自民党は果たしてどうなのか。結論として同党は、先鋭化どころかそもそも世界標準的にみても左派的な政党であるといえるのではないか。同時に、同党が標榜する日本の「保守」の立場も、世界からみれば左派的なものとも言えるのではないか。そして特に左派的な面が顕著に現れていたのが安倍政権である。

 上久保誠人は、「自民党の左傾化」について次の様な見方を示す。

 激しい国際競争にさらされた日本企業は、いつ競争に敗れて経営危機に陥るかわからない状況に追い込まれた。そのため、利益が出ても賃上げという形で還元できず、さらなる競争に備えて内部留保をため込むようになったのだ。
 こうした課題点を踏まえ、安倍政権は2016年に「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」からなる「アベノミクスの新三本の矢」を打ち出した。また、「一億総活躍社会」という新方針も掲げ、政策の修正を図った。
 その後の安倍政権が、「女性の社会進出」の促進や「働き方改革」の実施、「改正入管法」の成立などを相次いで行ったのは記憶に新しい。格差を生んだ以前の反省を生かし、女性や非正規雇用者、外国人労働者の支援に注力したのだ。
 特に、2017年の衆院選では、前原誠司民進党代表(当時)の「All for All」と呼ばれた政策を奪う形で、消費増税分で「教育無償化」を実現することを公約して勝利したことは、特筆すべきだ。
 要するに、後期の安倍政権は、自民党の主義主張にこだわらず国民の要望を幅広く取り入れて実現する「包括政党」(キャッチ・オール・パーティー)の強みを最大限に発揮した。前述の通り、本来は左派野党が取り組むべき「社会民主主義的」な政策を次々と実現することで、野党の存在感を奪っていったのだ。
 そして、現在の岸田政権は、安倍政権以上に「左傾化」を強めている。具体的には、アベノミクスのさらなる是正措置として、中小企業や個人への「分配」を重視している。また、補正予算などの「予備費」を“乱発”して財政出動を拡大している。

上久保誠人「参院選で野党惨敗の理由、安全保障と『自民党の左傾化』の対応で後手」ダイアモンド・オンライン、2022年7月12日更新。
https://diamond.jp/articles/-/306260?page=3(2023年8月23日アクセス)

 加えて、安倍政権以前の歴代自民党政権も十分に左派的であると思われる。右派側で「保守」を掲げる、アメリカの共和党、イギリスの保守党等が市場原理を重視する所謂「小さな政府」を志向する傾向が強いのに対して、日本の自民党は、長期にわたって政権を担当した時に「世界で最も成功した社会主義国(竹内靖雄は「日本型社会主義」と呼んだ。竹内靖雄『「日本」の終わり―「日本型社会主義」との決別』日本経済新聞社、2001年を参照)」と(皮肉的にだが)いわれた様に、社会主義的分配政策を重視した。これは小泉政権時だけを除き、安倍政権時でも現在でも同様であると思われる。これもまた当然で、アメリカは歴史的な経緯から反連邦主義の伝統があり(アメリカにおける反連邦主義者は、強い州政府と弱い連邦政府を支持する)、同国の保守は「小さな政府」を擁護する。一方、日本においてはこのような歴史的経緯はなく、海洋国家として独特の共同体を構成してきた。

 同じ「保守」を掲げていても、各国の保守政党が全て同じような思想・政策を志向するかと言えばそうではない。むしろそれは当然で、ヨーロッパの伝統を重んじる思想と日本の伝統を重んじる思想が同じでないのは当然である。 

 しかし現在の日本の左派政党は自民党を「右」と捉え、そうなると当然それよりも左に行こうとする。そもそも自民党自身ですら「右」という認識がある。従って日本の左派勢力は、西側世界標準的にみてもかなり急進的な「左」に位置し、21世紀になって20年以上も経つのにまだ、共産主義を掲げる政党すら存在できている。この日本の左派陣営が政権を再び獲得しようとするのは至難の業だし、もしそれができたとしても、「自民党」と「自民よりさらに左の政党」の二大政党制で果たして日本の成長が望めるだろうか。そして、内政においては目指す政策について実はほとんど差がないことにより、野党側は攻め手がなく、どうしてもどうでもいいスキャンダル追求や揚げ足取りに走ってしまう。あるいは唯一の対立点である「国防・安全保障政策」で過度に批判的で離れた立場を取る。これでは成熟した議論も起きず、ただただ「憎悪」の応酬となり、「分断」される。

 ただ、現在の日本政界では自民党よりも「右」に位置するであろう、欧米の保守政党的な「小さな政府」を目指す「日本維新の会」と、現実的な外交安全保障政策を志向する「国民民主党」が野党で存在感を増しており、五五年体制以降今までに例のない、本当の意味での緊張感のある政治情勢が望める状況になるかもしれない。

 リベラルの立場の人が、自民党と日本維新の会の接近を度々警戒及び批判をしているが、自民党と維新の会よりも、自民党と立憲民主党(及び国民民主党)の方が、経済や福祉を軸にした場合政策的には実は一番近いのだから、思い切って自民党と立憲民主党、国民民主党の三党が合同し、それに対峙する日本維新の会と公明党(公明まで自民立憲と一緒になると強すぎるため)、といった形の政界再編が一番良いのではないだろうか。もっとも、共産党を支持する立場の方々にとってはたまったものではないだろうが。

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