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Friend…直美ちゃんのこと…


「美穂、あんた、最近、あたしのことを避けてない?」
それは中学二年生の夏。学校からの帰り道、直美ちゃんに言われてドキリとした。

直美ちゃんとは小学生の時からの親友だ。仲良くなったキッカケは直美ちゃんの不登校であった。学校に出てこない彼女に毎日毎日、給食のパンと学級だよりなどの配布物を届けに行った。通学の通り道でもないのに私はわざわざ足を延ばして直美ちゃんの家を訪ね続けた。

訪問しても彼女は出てこなかったが、足繁く通う事半年余り。次第に直美ちゃんは心を開くかのように玄関に出てきて顔をのぞかせ、ついには、私を自室へと招き入れるほどに歓迎するようになった。

次の学年に上がるころには、彼女の登校回数は増えていき、直美ちゃんがすっかり不登校を克服するころには私たちは、すでに強い絆で結ばれていた。
休み時間・放課後、気がつけば、いつもいつでも私と直美ちゃんは行動を共にしていた。

あるとき直美ちゃんが言った。
「ねえ、日曜日も美穂と遊びたいのだけど、美穂は日曜日、いつも、家にいない様子だけど?」
そこで私は、必ず日曜日はキリスト教会に行っていることを話した。すると直美ちゃんは言う。
「美穂が行っている所ならば一緒に行きたい」
そのときは小学五年生であった。直美ちゃんは早速、私と一緒に教会へと通うようになった。

そんなわけで前にも増して私たちは平日も日曜日も常に一緒だ。

小学校を卒業して、中学も同じ学校へと進んだ。クラスこそ違っていたが部活動も同じ陸上部を選んだ。学校への往復も二人揃ってだ。

まさに親友中の親友。夏休みや冬休みや連休には互いの家に泊まりっこして、夜更けまでお喋りに夢中になるほど仲良しであった。中学一年生のとき、キリスト教の洗礼も共に受けた。

そんな日々の中で、変化を望んだのは私のほうだった。始終、直美ちゃんと一緒では他の友達がつくれないことに気がついたのだ。多感な青春期の中学二年生の夏に、私は直美ちゃんを避けてまで、ほかの友人を求めた。

そこへさっきの質問である。
「美穂、あんた、最近、あたしのこと避けてない?」
「うん、避けてる。だって、新しい友達が欲しい。直美ちゃんとばかり居たってどうしようもないもん」
そう私は応えたのだ。

直美ちゃんの顔から血が引いていくのを私は見ていた。
「ひどい!」
ひとこと彼女は言い残して、別の道から帰って行った。

私は願い通りに、直美ちゃん以外の友人ができていった。それに比例するように、彼女とは部活内でも言葉を交わすことさえなくなっていった。

そんなふうだから、日曜日に共に同じ心で礼拝をすることもなくなった。直美ちゃんは直美ちゃんで私以外の仲間を大勢作って、日曜日もその子たちと遊びに行くようになり、私と教会へと足を運ぶことがなくなっていったのだ。

やがて、中学生活も幕を閉じようとしていた。私たちは互いの顔を見るのが苦しくなっていた。ところが皮肉にも高校も同じところに合格していた。

「高校も同じところ……」
しんどい、と思った。親友ではなくなった直美ちゃんと、高校を卒業するまでの三年間また顔を合わせなければならないのだ。彼女のことが嫌いになったわけではない。何がしんどいかと言えば、あの中学二年生の夏に直美ちゃんを拒否した自分の意地悪さや傲慢さに私は自分で耐えれなくなったのだ。

教会に来なくなった直美ちゃん。牧師先生が心配をして訪問したところ、彼女はキリスト教を否定した、ということであった。
 「直美ちゃんがキリスト教信仰まで捨てた」
そのことを知った私は罪悪感に苛まされた。そして、この罪は一生抱えていく私の十字架になるだろうと思った。

あの中学二年生の夏に、直美ちゃんの存在をうっとおしいとしなければ、直美ちゃんの存在を邪魔だとしなければ、親友のままで彼女と一緒に教会へと通い続けていただろう。

 直美ちゃん、直美ちゃん。あの夏の私を許してほしい。
 神様、神様、大切な友を拒んだ私を赦してください。

今では、互いの住所さえわからないけれども、いつも私の胸には直美ちゃんがいる。祈り続けている。もう一度、仲良くなりたい。それと、一緒に礼拝をして賛美がしたい。

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