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#1250 「考えるな!感じろ!」

「考えるな!感じろ!」これは、ブルース・リーの代表作「燃えよドラゴン」内でのセリフ。公開は1973年ともう50年前の映画なのか!

このセリフが気になりだしたのは、哲学者・谷川嘉浩さん著『スマホ時代の哲学』に登場したから。以下に引用する。

(弟子の)蹴りに感心したブルース・リーは、弟子に話しかけます。それだ!やってみてどう感じた?(That'sit!Howdiditfeeltoyou?)そうですね……。(Letmethink...)考えるな、感じろ!(Don'tthink,feel!)ようやく名セリフが出てきましたね。「考えるな、感じろ!」。ちょっとレトリックがきいているので、順を追って解説させてください。ブルース・リーは、弟子の蹴りに光るものを感じて、「今のがいい蹴りだ」と認め、「その蹴りをお前はどんな風に経験したのか」と聞きます。たまたま成功した蹴りにすぎない上に、なんとなくやったことは言語化しづらいものなので、弟子はすぐには答えられません。それを何とか言語化しようとして「そうですね……。(Letmethink...)」と口にします。ブルース・リーはその言葉尻をとらえて、「thinkなどするな」と返したわけです。

谷川嘉浩. スマホ時代の哲学 失われた孤独をめぐる冒険 (pp.143-144). Kindle 版.

この本を読んで、実際の映画が気になったので、プライムビデオで「燃えよドラゴン」を視聴する。セリフ自体はメインのストーリーとは一見関係ないところで登場する。

そして、このセリフが最近薄々と勘づいていたことと結びつく。野中郁次郎東工大名誉教授のオンラインセミナーを視聴し、そこでおっしゃられていたことと。

上記資料から引用する

日本の知的競争力が劣化した大きな原因の一つは、やはり日本的経営というのがあまりにも分析に傾斜しすぎたからだと感じています。オーバー・アナリシス、オーバー・プランニング、オーバー・コンプライアンス。つまり、行き過ぎた分析、計画、統制などで、人間が本来持っている野性、言うなればクリエイティビティが損なわれ、劣化し、みんな疲弊してしまった。(中略)そもそも科学というのは最初に分析があって成立するわけではないのです。あくまで直接経験が起点になります。「考える」前に「感じる」ということが重要なのです。

23年6月6日野中郁次郎 氏セミナーレポート

ここでも「考えるな、感じろ」が登場する。たまたまかもしれないが、ここで先の本、そしてブルース・リーへと結びつくわけだ。

野中先生がおっしゃった言葉にハッとする。「オーバーアナリシス」、要は過剰に分析し過ぎ=考え過ぎ。

これ、思い当たるフシある人多いんではないか?自分はドンピシャ当てはまる。

というのも、仕事上でデータ分析をしていた時期があったから。上から「何故そうなったか?分析しろ!」と言われても、分析しようのないことが大半だと当時もうすうす感じていた。

ただ、当時は「ビッグデータ」が解決してくれるとも思っていた。あらゆるデータを詰め込んでスイッチポン。そうするとあら不思議、「こんなんでました~」ってなると思っていた。

ところが、世の中そう単純じゃない。結局、数値だけ追っていても見えてこないものは見えない。逆に言うと「三現主義」=感じるが大事。

そして、こういった過剰な分析(オーバーアナリシス)こそ「ブルシットジョブ」だってこと。

最近話題の生成AI、企業の大半が取り入れて、業務時間の短縮を目論んでいるという。そして、多くの期待が寄せられているのが、資料作成や分析業務の時短だという。

生成AIが時短して「無駄な分析結果」や「無駄な資料」を作りまくった挙げ句、それらを読む側が無駄に時間を取られるって未来が見えてくる気がしてならない。

映画ではラスボスを倒す時、鏡の部屋で「感じろ!」実践している。

結局のところ、タイパ重視の弊害というか、「その余った時間で何するの?」という問題に帰結する気がしている。


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村守隆史|毎日note更新する人 この記事がちょっとでもお役に立てたら、コーヒー一杯ぶんの応援をお願いします☕️

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