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芸術は欠落だ。漫画は爆発だ。

フェルメールの真珠の耳飾りの少女

15年前にグラフィックデザインをしてた頃に、昔の名画の構図や配色を学んだ時期がありました。名画は写真のように描くのではなくどこか欠落した部分があります。例えばフェルメールの真珠の耳飾りの少女は背景が黒く、服はごつごつしてあらく、わかりやすく欠落した部分があります。ただそのおかげで少女の顔が引き立って美しく見えるわけです。しかし現代のキャラクターの一枚絵は欠落をなくし描きこむものがほとんどです。その理由はそのキャラが現実に存在するかのように生き生きさせるためだと思います。ただ漫画はイラストと違い表現の幅が広いため、芸術のように様々なマイナスを利用することができると思います。

真珠の耳飾りの少女

岡本太郎の言葉

芸術家の岡本太郎は”芸術は爆発だ”という言葉が有名ですが、本人のコメントを読んでも意味を解釈するのは困難です。コメントの一文ではこう言っています。「人生は本来、瞬間に、無償、無目的に"爆発し続ける"べきだ」。この一文だけだったらわかりやすいですよね。こういった言葉は正解はなく座右の銘みたいなもので、芸術や漫画がなんたるかは人それぞれだと思います。

漫画こそ爆発

僕は今の漫画にたりないものこそこの爆発だと感じてます。自己紹介でも書いたとおり去年15年ぶりぐらいに漫画を読みました。素晴らしい漫画もあるという前提で言うと、全体的に”光ってる”漫画が多いです。例えるならイルミネーションのような漫画です。それは第一印象は良いですが数分で見なれてしまうものです。人によっては気にもとめません。打ち上げ花火のように”爆発し続ける”、それこそがエンタメすべてに言える無限の可能性をひめてる要素であり、岡本太郎が光り続けるべきと言わなかった心理だと思います。

それではまた!


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