「色見本」のような生き方!|生き方の解像度を高める‼️|「見本」つまり「サンプル」としての在り方を探る思考!|「手本」ではなく「見本」❤️|人生100年時代を生きるために❣️
【タオの頭の中(日常編) No.B00006】
表題 :「色見本」のような「人見本」になる生き方!
内容 :「手本」ではなく「見本」としての生き方はアリなのか!?
使用 :自分の思考、ChatGPT
目的 :「見本」つまり「サンプル」としての在り方を考察すること
1.はじめに
本日もいつものように、自分のために、自分の生きた記録(ログ)として記事を書いています。
最近、自分のために書いているnoteも、記事をクリックする人、関心を持つ人、興味を持つ人、❤️(スキ)を押してくれる人、自分が予想していたよりも多くの人が訪れていることに、正直、驚いています。
自分が書いた独り言のような記事なんて、多くの人が興味を示さないよな、と本気で思っていたので、ダッシュボードのアクセス状況を見て、びっくりしています。
自分の書く記事も増えてきて、記事に訪れる人が増えてきて、一番恐れているのは、誤解と勘違いです。
人間とは、誤解と勘違いでできている、そう言っても過言ではないでしょう。
人間は考えていることをテレパシーで覗くことはできません。
超能力がこの世に存在しない限り。
私の知る限りでは、超能力やテレパシーを支える人類は身近にいないので、他人の心は見えない、と仮定してお話していきます。
誤解と勘違いでできているということは、私の記事の多くも、誤解と勘違いで認識している人がほとんどだということです。
これは、note読者の方の読解力がどうこうという話ではありません。
人間は、極端にわかりやすく説明すると、近く誤解するか、遠く誤解するか、近く勘違いするか、遠く勘違いするかのどれかだということです。
こちらの認識と全く同じにはならない
これが、事実に近いと思います。
もし、共感して、本当に同じように感じる、理解できる、同じ状態だ、と本人が感じていても、ピッタリ同じには絶対にならない理由があります。
それは、お互い別の人間で、別の個体を持ち、別の環境で育ち、別の成長をしているからです。
それでも、同じに感じる、という人がいらっしゃったら、それは、ニアリーイコール(≒)であると思います。
限りなく近い。でも、違う。同じではない。
そして、伝えたい大事なことは一つ。
私のnoteマイルールを一読いただいてから、文章を読んでいただきたい、ということが伝えたいのです。
ということで、私がなぜnoteに記事を書き始めたか、書いているかの理由とルールが書いてある「自己紹介・利他紹介」の記事を、続きを読む前に一読くださいませ。
前置きが長くなりましたが、今回、記事にしたいことは、そのことが本質ではなく、テーマは「色見本」のような「人見本」になる生き方です。
これは、私自身がそうありたい、と54歳を迎えた自分が思う生き方です。
わかりづらい文章のテーマなので、自分のために整理しようと考えたから書いています。
有料記事扱いに見えますが、実際は実質0円(無料)です。
SNS(X)でリポストしていただければ、無料で記事を読むことができます。
多くの人に読んでもらいたいため、リポストにご協力願います。
※ リポストの仕方が、自分自身、最初は理解できなかったので、操作手順書記事を作りました。
2.概要
「色見本」のような「人見本」になる生き方とは何か?
まず、皆さんは「色見本」をご存知でしょうか?
グラフィックデザイン関係の仕事をしている人ならご理解いただけるでしょうが、そうでない方は知らない人もいるかもしれませんので、「色見本」について簡単にご説明します。
「色見本」とは?
【質問】
「色見本」って何?
【回答】
具体例
印刷・デザイン:
PantoneやDICみたいな色見本帳で「この番号の色」
塗装・DIY:
ペンキ屋さんのカラーチップ
洋服・布:
生地の色サンプル
Web・デジタル:
#FF5733 みたいなカラーコードも一種の色見本
必要な理由
人によって「赤」「ちょっと濃い青」って言葉のイメージがズレるから、
実物の色を見せてズレを防ぐため。
一番、デザイン業界で代表的なのは「DICカラーガイド」、別名「色見本」と呼んでいます。



こんなモノです。
印刷物、塗料、ウェブカラー、ロゴデザインなど多種多様な用途で使われる「色見本」を使って、色彩に関する認識を、誤解や勘違いが少なくするためのツールです。
人生ひとそれぞれいろいろですが、人同士も、誤解や勘違いを、なるべく少なくしたいですよね?
無くすことはできないと思うので、せめて、誤差を少なくしたいですよね?
そこで私が考えたのは、「色見本」って便利だな、誤解が少なくて、ということです。
ああ、「色見本」のように「人見本」があったら、人も誤解が少なくなるのではないか、そんなことを、ふっと考えていました。
そんなときに思いついいたのが、
「色見本」のような「人見本」になる生き方
人としての「見本」つまり「サンプル」としての在り方
「手本」ではなく「見本」としての生き方、在り方、そんなのもいいよね!
そんなことを考えたので、私はそうしたい、と考えるようになりました。
また、その生き方、在り方を言語化しておきたいと思い、noteの記事の残すことにしました。
ただ、本当にそれでいいのか?
しっかり、仮説を立て、検証を重ね、問いを立て、実践する必要があります。
そこで、仮説、問いを立てて、自分なりに検証してみました。
3.仮説と考察
【仮説】
・「色見本」のような「人見本」になる生き方
・人としての「見本」つまり「サンプル」としての在り方
・「手本」ではなく「見本」という生き方と在り方
これらは、すべてアリである。
「色見本」の問題点から、「人見本」の問題点を洗い出していこうと思います。
「色見本」の問題点
・同じ色を認識するにしても、PC環境、印刷環境、紙の種類、インクの種類、プリンターの種類、ブラウザの種類などによって結局誤差や誤解は起きる
・人間の認識の違いもある(視覚、色彩感覚、色の認知)
・色を判別する認識力の差(例:赤でも、多くの赤の中なのか、個人的思い込みの赤なのか)
「人見本」という言葉に当てはめるとどうか?
「人見本」の問題点(予想)
・同じ人(タオ)を認識にしても、生活環境の違い、仕事環境の違い、言語環境の違い、文化環境の違い、思考環境の違い、好き嫌いの違いなどによって結局誤差や誤解は起きる
・人間の認識の違いもある(感覚、感情、感性)
・人を判別する認識力の差(例:同じ人でも、善人なのか、悪人なのか、秀才なのか、凡人なのか、好きなのか、興味ないのか、を受け取る認知の違い)
結局、「色見本」も、「人見本」も誤差や誤解や勘違いは生まれます。
誤差や誤解や勘違いは人間には必ずあるもの、「私の、人間における認知の事実」にあった「こちらの認識と全く同じにはならない」、これが前提にあるとしたら、誤差や誤解や勘違いはあって当たり前、そういう考えで良いのではないか、という意識に繋がります。
「色見本」があり、なら、「人見本」もあり、である。
次に、「見本」つまり「サンプル」としての在り方について考えます。
「見本」=「サンプル」
こう考えれば、あくまで「見本」は「見本」
あくまで「サンプル」は「サンプル」
つまり、生き方としての「見本」や「サンプル」
つまり、在り方としての「見本」や「サンプル」
それでいいのではないでしょうか。
最後に、「手本」ではなく「見本」という生き方と在り方について考えます。
「手本」というと、みんなの代表にならなければ、象徴にならなければ、完璧にならなければ、という考えになってしまいます。
でも、「見本」なら、そんな心配も不要で、自由にいろんな「見本」があってもいい。
どんな生き方も在り方もあっていいし、どんな生き方も在り方もサンプルになり得るのではないでしょうか?
もちろん、人を騙したりしないこと、人を危険に晒したりしないこと、人のモノ・ヒト・コトを奪ったりしないこと、が大前提ですが。
4.結び(結論)
結論
【仮説】
・「色見本」のような「人見本」になる生き方
・人としての「見本」つまり「サンプル」としての在り方
・「手本」ではなく「見本」という生き方と在り方
これについて記事を書いてきました。
私なりに仮説を立て、問いを立て、検証したつもりですが、もしかしたら、この文章に納得できない人もいることでしょう。
そもそも、私は納得して欲しいわけで書いているわけはありません。
あくまで、私自身の提案と自分自身の定義を決めただけです。
なので、そういうのは無しだよね、必要ないよね、って人がいても、私は理解します。
人という生き物は、共感はできなくても、理解はできます。
今の私、54歳の私、グラフィックデザイナーである私、ウェブデザイナーである私、デザインスクール講師である私、教育関係者である私、三姉妹の父である私、経営者である私、一人のおっさんである私、少年ジャンプ脳である私、創造が大好きである私、そんな私にとって、一つの結論です。
まとめ
「色見本」のような「人見本」的な生き方
「手本」になろうとしなくていい
誰かの「見本」になればいい
その時々で誰かが模倣できるようにログを残して生きる
そんな生き方があってもいいよね
だからカッコつけなくていい
優等生でいなくてもいい
誰かにとってのいい人にならなくてもいい
私はそんな生き方もありだと思う
誰かが見て模倣したいと思えばしてみればいいし、反面教師にしてもいい
10代には10代の
20代には20代の
30代には30代の
40代には40代の
50代には50代の
60代には60代の
70代には70代の
80代には80代の
90代には90代の
100代には100代の
そこから先の世代には先の世代の生き方、考え方、在り方がある
どんな生き方をするかは、そのときに選べばいい、選び直せばいい
いまだに世界には正解がある、と信じて生きていく人
すでにこの世に正解は一切ない、と信じて生きていく人
まだ、この世に正解はあるかも知れない、と信じて生きていく人
どれを選ぶかは自由だ
誰にも縛られる必要はない
選ぶのは自分だ
責任を持つのも自分だ
どれを選んでも誰のせいでもない、自分のせいなのだ
選択肢は多い方が選び甲斐がある
だから自分もその一つになろう
包み隠さず、自分の生き様をnoteに残す
お世辞も建前も忖度もなく、見栄も張らない、かっこはつけるかもしれないけど、嘘はつかない
こんな生き方でもありなんじゃないでしょうか?
人間も、いろんな色があっていいのではないでしょうか?
今後も、自分と対話した思考、AIと対話した思考、思考から生まれた大切な言葉の一つ一つを「思考備忘録」や「思考整理録」に、記録として残していこうと思います。
追記(2026/01/26)
この記事の序文・タイトルを、楽曲の歌詞・曲名にして、音楽生成AIで楽曲作ってみました!
記事はこちら!
ここまで読んでいただいて、誠にありがとうございます❤️
今後とも、応援よろしくお願いします!

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