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娘のシール交換を見て、社会ってこう始まるんだと思ったお話

娘が、小学生になって1か月が経ちました。

ピカピカだったランドセルも、少しずつ角が削れて、いい感じに馴染んできました。

ちなみに、ランドセルを背負っている時間より、放り投げてある時間の方が長いです。

帰ってきたら玄関に置く。

これは、まあ、いい。



食育の申し子だった娘が、いま夢中なもの


うちの娘の通っていた保育園は、ちょっとだけ特殊な保育園でした。

山の中を駆け回り、自分たちで野菜を育てて、自分たちで調理する。

おやつは生のにんじん。
たまにマカロニきなこ。

テレビもスマホも見せないでください、と言われ、家でも協力してきた6年間。

ディズニーもジブリもYouTubeもテレビゲームも、ほぼ知らない。

唯一の例外は、祖父母の家でたまたま見た「忍たま乱太郎」「もののけ姫」

これだけ、なぜかドハマりして帰ってきました。

そんな野生児を6年やってきた娘が、小学校に入って、最初にハマったもの。



それは、、、







シールでした。



1枚から始まった、シール道

入学して数日。 娘が、目を輝かせて帰ってきました。

「パパ、これ見て!」

差し出されたのは、シールが何枚か貼られた、A5くらいの紙1枚。

聞くと、お友達がシール帳の中の1ページを破って分けてくれて、シールも何枚か譲ってくれたとのこと。

「優しいなあ」と思いました。

何にも持っていない子に、自分のシール帳のページを差し出す。

そして、自分のシールをいくつか分けてくれる。

小学1年生の世界、わりと尊いです。

娘はその1枚をすごく大事にしていて、毎日「見て見て」と寄ってきました。

私「いっぱい貼ったなぁ」

娘「でしょ!」

ほのぼのとした、平和な日々でした。


妻の入学祝いで、戦況が一変する


しかし、しばらくして気づきました。

公園で集まる女の子たちは、みんな立派な「シール帳」を持っているんです。

紙1枚ではなく、ちゃんとした、分厚いやつ。

どうやら今のシール文化、想像以上に進化しているようでした。

入学祝いということもあり、妻が娘にプレゼントしました。

ピカピカのシール帳と、シールたっぷりのセット。

これがですね、私の知っている「シール」じゃないんです。

ぷっくりと立体的で、透明感がある「ボンボンドロップシール」
動物のお尻の部分だけが、ぷにっと膨らんでいる「おしりシール」
中に液体が入っているもの。
キラキラ光るもの。

、、、これ、もうシールである必要、ある?

平面である意味を完全に放棄した、新時代のシールたち。

娘は大喜びで、すべてのシール帳に貼って、宝物のように毎日眺めていました。

「これすごいやろ?」
「これ、押すとぷにぷにするねん」
「これ、ライトに当てたらキラキラするねんで」

私は心の中で「シール、進化しすぎやろ」と思っていました。


いざ、シール交換の戦場へ


休日。
娘がシール帳を持って、公園にデビューしました。

すると、どうでしょう。

今まで話したこともないような、年上のお姉ちゃんたちが、続々と娘のところに集まってくる。

「シール持ってるの?」
「見せて見せて」
「交換しよう」

娘の社交デビュー、シール帳と共に華々しく開幕しました。

ちなみに私は、ベンチで遠くから眺めていました。

近づくと、邪魔だからです。

シール帳を介して、いきなり別の世界が広がっていく娘の姿を見て、ちょっと感動すらしました。

「ああ、こうやって人間関係って広がっていくんやな」と。


どうでもいいが、気になることがある


娘が公園から帰ってくると、必ず私のところに来て、シール帳を見せてくれるようになりました。

「パパ、シール見せたろか?」

正直、私はあまりシールに興味がありません。

でも娘の楽しんでいる遊びだし、私も「ふんふん」と聞いてあげるわけです。

サンリオのキャラクターを、いつのまにか覚えていました。

「これがクロミちゃん」
「これがクロミちゃん」
「これもクロミちゃん」

クロミちゃんが多い。

でも、それが小学1年生の流行りということなんでしょう。

ある日、シール帳をパラパラとめくっていて。

ふと、違和感を覚えました。

、、、なんか、薄くない?

最初に妻から渡された時、結構ボリュームのあるシール帳だったはずです。

でも、今、めくっていると、全体的にスカスカしている。

特に、あの目玉だった、ボンボンドロップシールやおしりシールが、ほぼ見当たらないのです。

私「あれ? ママに買ってもらったお尻シールとかどうしたん?」


娘は、得意げに答えました。

娘「お姉ちゃんたちと交換した!」

私「、、、なにと交換したん?」 娘「これー」

そう言って差し出してきたのは。

かなり年季の入った、シールたち

色々な持ち主の手を渡り歩いてきたんだろうな、と察するに余りある、味のある風合い。

中には、もはや「これ何のキャラクターだったの?」というレベルの、剥がれかけのシール。

引くくらい、汚いものもありました。

私「、、、ふーん、よかったねえ」

それしか、言えませんでした。


上級生たちの、見事な交渉術

あとから、ママ友経由で知りました。

シール文化、結構な経済活動らしいです。

特に、新1年生は格好の「カモ」だそう。

新品で、最新で、未使用のシールを、ピカピカのシール帳にたっぷり持っているから。

そこに、上級生たちが優しい笑顔でやってくる。

「これ、すごい貴重なやつなんやで」
「私のこれと、それ交換しよ」
「これ、限定品なん」

、、、こうやって、新品のおしりシールが、年季の入った剥がれかけのシールへと、交換されていくわけです。

これ、心理学でいうと「保有効果」と「互恵性の原理」のセットで成り立っています。

人は、自分が今持っているものより、これから手に入るものの方を高く感じる瞬間がある。

そして、優しくしてもらったら、何かを返したくなる。

「シール分けてあげるよ」と優しくしてもらった瞬間に、心はすでに、お姉ちゃんたちの陣営に半分くらい持っていかれているのです。

しかも娘は、保育園で「みんなで分け合おうね」を6年間叩き込まれてきた野生児。

優しさへの抵抗力が、絶望的にゼロでした。


妻の鬼コーチング、はじまる


この状況を妻に報告しました。

妻は、無言でシール帳を確認したあと、ひとこと。

妻「、、、これ、完全にやられてるな」

そして、娘に向かって、優しくも冷静に教え込みはじめました。

「自分のシールが好きなら、無理に交換しなくていいんやで」
「そのシール、ほんまにそんなに価値あるか、よく見てから決めなあかんで」
「いっぺん、家に帰って考えてもいい」

家庭内、シール対策本部の発足です。

娘は、最初こそ「でも、お姉ちゃんかわいかってんもん」と抵抗していました。

でも、何回かやり取りをするうちに、目に光が宿ってきました。

「、、、たしかに、そう言われたら、私のおしりシールの方がよかった気がする」

そう。 気づいてしまったのです。

世の中には、優しさの皮を被った交渉が存在することに。

娘、ひとつ、大人になりました。


今日の学び

「保有効果」という心理があります。

人は、自分が持っているものを、実際の価値以上に高く感じる傾向がある。

、、、と、教科書には書いてあります。

ただ、シール交換の現場ではちょっと違うみたいです。

新1年生の場合、優しく声をかけられた瞬間に「保有効果」がスーッと消える。

そして、目の前にあるお姉ちゃんのシールが、急に魅力的に見えてくる。

これ、大人もよくやります。

セールで「これ、最後の1個ですよ」と言われた瞬間に、急に欲しくなるあれです。

冷静になって家に持って帰ると、「、、、なんで買ったんやろ」となるあれです。

人は、何歳になっても交渉に弱い。

そして、人は、何歳になっても、「優しくしてくれた人」には弱い。

娘よ。
6歳でその洗礼を受けたのは、たぶん、いいことだ。

#なんのはなしですか


P.S.娘がシール帳を眺めながら、ぽつりとつぶやきました。

娘「でも、このボロボロのシールも、いっぱいいろいろあって、これはこれで好きやで」

、、、6歳児に、教えられました。

価値というのは、新品か、古いか、ではない。

そこに、誰かの記憶が詰まっているかどうか

、、、いや、でも、おしりシールは惜しかった。

あれ、けっこう高いやつや。


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