引き算が、人を魅力的にする理由
こんにちは。たかっちです。
先日、私の生誕祭が行われた。
家族で街に出かけ、帰り際にケーキを買いに行った。
娘と私はショーケースの前で盛り上がっていた。
「これもいいし、これもいいな」
主役なのに、選んでいるのはほぼ娘だった。
そして会計のタイミングである。
事件は、静かに起きた。
私の生誕祭のはずが
店員さんが、不意に声をかけてきた。
「そのネックレス、素敵ですね」
私にではない。
隣にいた妻に、である。
「似合っていますね」
「それ、とってもお洒落です」
会話が、どんどん広がっていく。

私は、ケーキの箱を持ったまま娘と立っていた。
主役、ここにいるんですけど。
生誕祭、私のはずなんですけど。
だが誰も、私を見ていない。
視線はすべて、妻の首元のゴツいネックレスに集中していた。
私はその瞬間、悟った。
あ、これ、いつものやつだ。
妻は、なぜかいつも呼び止められる
実を言うと、これは初めてではない。
妻は、なぜかよく声をかけられる。
しかも、知らない人に。
道端で。
お店で。
先日は、なんと娘の小学校の校長先生にまで呼び止められた。
初対面の第一声が、「お洋服、素敵ですね」だったらしい。
校長先生、ずっと言いたかったみたいだ。
授業参観の廊下で、ずっとタイミングを伺っていたのだろうか。
その執念、正直すごい。
妻は、トレンドはちゃんと追う。
でも、流行に流されているわけではない。
自分の軸が、はっきりある。
だから結構、目立つ。
なのに、話しかけにくい雰囲気ではない。
むしろ、声をかけやすいオーラをまとっている。
これは、才能だと思う。
私は、空気になる
一方、私はどうか。
隣にいるのに、誰にも見えていない。
存在感が、透明に近い。
これはもう、確定した現象である。
妻の隣に立つと、私は空気になる。
家では、それなりに自分の意見も言う。
たまに、面白いことも言っていると思う。
なのに、外に出て妻の隣に立った瞬間、私という人間の輪郭が、すっと薄くなる。
不思議だ。
いや、不思議ではないのかもしれない。
目立つ隣では、誰でも空気になる

心理学に、こういう考え方がある。
似たようなものが並んでいると、その中でひとつだけ違うものが圧倒的に記憶に残る、というものだ。
逆にいうと、隣にとびきり目立つものがあると、それ以外は自然と埋もれていく。
つまり私は、無能なわけではない。
ただ、隣に立っている人の輝度が、高すぎるだけなのだ。
、、、と、自分を慰めておく。
慰めておかないと、やっていられない。
それで、結局タイトルの話に戻るのだが
ここまで書いて、思い出した。
このタイトル、「引き算」である。
妻はよく言う。
「おしゃれは、足すことより、引くことが大事」
一つ主役を決めたら、あとは削る。
なるほど、と思う。
服にも、人生にも、通じる話だと思う。
引き算、大事。
、、、と、真面目に締めようとしたのだが。
冷静に、妻の格好を思い出してみてほしい。
指輪もネックレスも、だいたいフル装備である。
しかも、あのネックレス。
控えめに言って、主張がすごい。
存在感が、ケーキよりある。
柄シャツに、柄バッグを合わせている日もある。
正直、あんまり引いていない。
むしろ、足し算の日も多い。
それでも、褒められる。
それでも、目立つ。
つまり結論はこうだ。
引き算は、大事。
だが、妻にはあまり関係ないらしい。
理論を超えた何かが、そこにはある。

P.S.ちなみに、その日買ったケーキは、私の生誕祭用だった。
主役のろうそくを吹き消すとき、ふと思った。
さっきの店員さん、私の顔、覚えているだろうか。
、、、覚えていないと思う。
ケーキの箱を持っていた人、くらいの記憶だと思う。
それでいい。
主役の日くらい、空気でいさせてほしい。
今日からお祭り始まってます。
みなさんよろしくお願いします。
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