「憧れるのをやめましょう」――大谷翔平の一言が暴いた、戦後日本人が知らされてこなかった"自信の奪われ方"
2023年3月22日。WBC決勝、日本対アメリカ戦が始まる直前のことです。
大谷翔平選手は、日本代表の円陣の中心に立ち、こう言いました。
「憧れていた選手がいると思いますが、憧れていては越えられません。憧れるのをやめましょう!」
たった数十秒のスピーチです。でも、この言葉はスポーツの話を超えて、私たちの社会の何か深いところに刺さった気がします。
なぜこんなにも多くの日本人が、この言葉に衝撃を受けたのでしょうか。
「当たり前のことを言っているだけなのに、なぜこんなに新鮮に聞こえるんだろう」と感じた人も多かったはずです。その"違和感"こそが、実は大事なヒントだと思っています。
この記事では、大谷選手の言葉をきっかけに、戦後日本の教育や社会がどのように「自信」や「可能性」に影響を与えてきたのか、さまざまな視点から一緒に考えてみたいです。
「憧れる」と「目指す」は、似ているようで全然違う
まずここから整理してみます。
「憧れる」という感情は、対象を自分より遠く高い場所に置く行為です。「あの人はすごい、自分とは違う」という前提が、無意識のうちに心の中に生まれます。もちろん憧れがモチベーションの入口になることはあるし、それ自体は悪いことじゃないです。
でも「目指す」はちょっと違います。相手を同じ土俵に引き寄せて、「自分もそこに立てる」という前提で動く行為です。
大谷選手が言った「憧れるのをやめよう」は、まさにこの切り替えを促す言葉でした。マイク・トラウトもムーキー・ベッツも「超えていく相手」として見る。その瞬間に初めて、人は本気で戦えるんだと思います。
では、なぜ多くの日本人はこの切り替えが苦手なのか。「目指す」より「憧れる」で止まってしまいがちなのか。
そこには、日本の戦後社会が歩んできた独特の歴史が関係しているかもしれないです。
戦後日本の教育が目指したもの――「均質な働き手」の育成
戦後の日本は、焼け野原から驚異的な速さで経済復興を遂げました。その原動力のひとつは間違いなく、教育の力です。
ただ、高度経済成長期の日本が求めた人材像というのは、今の時代とはかなり違うものでした。大企業や官庁が必要としていたのは、組織のルールに従い、均質なクオリティで仕事をこなせる「安定した働き手」でした。
そのため、学校教育は自然と「正解を覚えて、試験で点を取る」スタイルに最適化されていきます。創造性や個性を伸ばすよりも、決まった枠の中で正確に動ける能力が評価されました。
文部省(現・文部科学省)の学習指導要領も、長らく「知識の習得」と「規律ある集団生活」を柱にしていました。これは当時の社会的ニーズに応えた合理的な選択だったとも言えます。でも一方で、「自分で考えて、自分で決める」という力を育てる機会が相対的に少なかったことも事実です。
教育学者の苫野一徳さんは、日本の学校教育について「『自由』と『民主主義』の精神を教えながらも、実際には均質性と同調圧力が優先されてきた」と指摘しています。「出る杭は打たれる」という言葉が日本社会に根付いているのも、こうした文化的背景と無関係ではないでしょう。
「才能がなければ無理」という刷り込みはどこから来たのか
「あの人は天才だから」「自分には才能がないから」という言葉、日本では本当によく耳にします。
成功した人を「特別な才能の持ち主」として神格化し、自分とは別の存在として切り離す。この思考パターンは、日本社会に広く染み渡っている気がします。
これはメディアの影響も大きいと言われています。テレビのドキュメンタリーやビジネス書は長らく「天才の物語」を好んで描いてきました。「幼い頃から才能が開花していた」「生まれつき人と違う何かを持っていた」というナラティブが繰り返されることで、視聴者は無意識に「成功=生まれつきの才能」という等式を内面化していきます。
しかし、これは心理学的には必ずしも正確ではないです。
スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエック氏は、「マインドセット」の研究で有名ですが、人の能力に対する信念を「固定型マインドセット(才能は生まれつき決まっている)」と「成長型マインドセット(能力は努力で伸ばせる)」に分類しました。そして、成長型マインドセットを持つ人の方が、長期的に高い成果を出しやすいことを示しています。
ここから先は
応援よろしくお願いします!
