アメリカに消された男——田中角栄とロッキード裁判の「本当の闇」を、石原慎太郎が語った
はじめに——「法治国家」という名の幻想
「これは本当に法治国家なのか?」
ロッキード裁判を取材したアメリカ人ジャーナリストが、そう呟いたといいます。日本人ではなく、アメリカ人が、です。その言葉の重さを、私たちはもっと真剣に受け止めるべきかもしれません。
石原慎太郎氏は生前、田中角栄とロッキード裁判の「闇」について、繰り返し語っていました。政治家として、作家として、そして同時代を生きた人間として、彼の証言は単なる陰謀論的妄想とは一線を画すものがあります。この記事では、石原氏の証言をベースに、ロッキード裁判に隠された「もう一つの真実」を掘り下げていきます。
田中角栄という男——「アメリカの言うことを聞かない総理」
田中角栄。新潟の貧しい農家に生まれ、学歴もコネもないところから成り上がり、総理大臣にまで上り詰めた男。「今太閤」と呼ばれ、国民的人気を誇った政治家です。
しかし、アメリカの目には、田中角栄は「御しやすい政治家」ではありませんでした。むしろ、その逆でした。
まず、1972年の日中国交正常化です。田中角栄は総理就任からわずか2ヶ月で中国を訪問し、毛沢東と握手を交わしました。これはアメリカにとって、非常に「面倒な出来事」でした。当時のアメリカはニクソン大統領が中国との関係改善を進めていましたが、日本が先んじて中国と国交を正常化してしまったのです。アメリカの「アジア戦略」の枠組みを、田中は一人でひっくり返してしまいました。
次に、1973年の石油ショックへの対応です。第一次オイルショックが起きたとき、田中内閣はアメリカの意向を無視して、独自に中東外交を展開しました。イスラエルを支持するアメリカとは距離を置き、アラブ諸国との関係を重視する方針を打ち出したのです。特に、イランとの関係は田中政権下で急速に深まっており、石油の安定供給ルートを確保しようとしていました。
これはアメリカの「石油戦略」への露骨な反抗でした。中東の石油をドルで取引させ、「オイルダラー」を通じて世界経済を管理しようとするアメリカの構想に、田中角栄は真っ向からぶつかっていったわけです。
石原慎太郎氏はこの点について、「田中は日本の国益を本気で考えた数少ない政治家だった」と語っています。アメリカの言いなりにならず、中国とも中東とも独自のパイプを持とうとした。それが彼の「罪」でした。
CIAの工作——「キッシンジャーの逆鱗」
では、アメリカはどう動いたのか。
ここからは「囁かれ続けている話」ですが、あまりにも状況証拠が揃いすぎています。
当時の国務長官はヘンリー・キッシンジャーでした。「外交の魔術師」と呼ばれ、世界中でCIAを駆使した工作活動を指揮していた人物です。チリのアジェンデ政権転覆(1973年)や、イランのモサデク政権への関与など、キッシンジャー時代のCIAは「気に入らない政治家を消す」ことを平然と行っていました。
田中角栄が「アメリカに従わない」総理として名を馳せる中、ロッキード社のスキャンダルが浮上してきます。ロッキード社は航空機のセールスのために各国政府に賄賂を贈っていたとされ、その中に日本も含まれていました。
しかし、ここで考えてほしいのは「なぜ、このタイミングで、このスキャンダルが表面化したのか」という点です。
ロッキード事件が明るみに出た発端は、1976年のアメリカ上院外交委員会の公聴会でした。なぜわざわざアメリカの議会がこの問題を「公開」したのか。通常、同盟国の政治家を巻き込む情報は、外交チャンネルを通じて「内々に」処理されるものです。それをあえて公開の場で暴露した——そこに意図を読み取るのは、「陰謀論的すぎる」でしょうか。
アメリカ側の証人として登場したロッキード社の幹部たちの証言は、明らかに日本の田中角栄を標的にするものでした。そして、その証言は後に「免責証言」であることが判明します。つまり、「自分たちは罪に問われない代わりに証言する」という取引が事前になされていたのです。
「結論ありきの裁判」——東京裁判との奇妙な共通点
石原慎太郎氏が最も強調したのは、ロッキード裁判の「異常さ」でした。
「田中角栄は免責証言で有罪になった」——この事実だけでも、日本の司法の「闇」が垣間見えます。
免責証言とは何か。簡単に言えば、「あなたが正直に喋ってくれたら、あなた自身の罪は問わない」という条件付きの証言です。つまり、証人には「嘘をついてもペナルティがない」という状況が生まれます。このような証言を唯一の有罪証拠として裁判を進めることは、法治国家の原則からすれば極めて問題のある行為です。
さらに異常なのは、「反対尋問が許されなかった」という点です。通常、刑事裁判においては、被告側が証人に反対尋問を行う権利を持ちます。これは「武器対等の原則」と呼ばれる、近代法の根幹をなす考え方です。しかしロッキード裁判では、アメリカ側の証人に対する反対尋問が実質的に不可能な状況が作られました。証人はアメリカにいて、日本の法廷に立つことを拒否したからです。
当時この裁判を取材していたアメリカ人ジャーナリストが「これは法治国家なのか?」と驚いたというのは、あながち大げさな話ではありません。アメリカ人の目から見ても、この裁判は「普通ではなかった」のです。
石原慎太郎氏はこれを「東京裁判と同じ構造だ」と喝破しています。東京裁判もまた、「結論ありきの裁判」でした。勝者が敗者を裁く、という本質的な不正義を、「法の形式」で包んだものでした。ロッキード裁判もまた、「アメリカが日本の政治家を排除するために、法の形式を借りた」ものではなかったか——そういう見方です。
司法と政治の「共犯関係」——誰が田中を葬ったのか
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