「ゼロ戦のライバル」を生んだ怪物は、なぜ猛獣を飼い、爆撃機に命を賭けたのか——スバルの祖・中島知久平、封印された狂気と人間愛の物語
はじめに:あなたはこのエンブレムの意味を知っていますか
信号待ちで隣に停まったスバル車。そのフロントグリルにさりげなく輝く「六連星(むつらぼし)」のエンブレムを、じっと見つめたことはあるでしょうか。
多くの人にとってスバルというブランドは、「アイサイト」に代表される予防安全の技術力や、水平対向エンジンが生む独特の走行安定性で知られています。堅実で、誠実で、どこか「安心」を売り物にしているメーカー、というイメージを持つ人も多いはずです。
しかし、そのブランドの源流をたどっていくと、私たちが思い描く「堅実さ」とはあまりにかけ離れた、一人の巨大な人物像にたどり着きます。
その名は、中島知久平(なかじま・ちくへい)。
太平洋戦争において、三菱重工業の「ゼロ戦」と互角以上に渡り合った名機「隼(はやぶさ)」を生み出し、最盛期には従業員26万人、東洋最大の航空機メーカーへと成長した「中島飛行機」の創業者です。
彼の人生を知れば知るほど、こう問いかけずにはいられません。
私たちは、本当に「安全」や「堅実さ」の本当の意味を理解しているのだろうか。それは、リスクを避けることではなく、誰よりもリスクの正体を知り尽くした者だけが持てる境地なのではないか——と。
今日は、この「怪物」の生涯を通じて、現代を生きる私たちに突きつけられる問いを、じっくりと掘り下げていきたいと思います。
第一章:農家の長男が「馬賊」を夢見た理由
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