イースと軌跡をプレイして女神に興味を持った話

日本ファルコムのゲームには、印象的な「女神」が登場します。
『イース』であれば双子の女神フィーナとレア、『英雄伝説 軌跡シリーズ』では女神エイドスです。

これらの作品をプレイしていると、ふと「神とは何だろう」と考える瞬間がありました。
自身はそれほど信仰的な人間ではありませんが、沖縄にも女神を中心とした信仰や神話があったことを思い出し、色々と調べてみました。

琉球の創世神話とアマミキヨ

琉球神話では、世界は女神アマミキヨによって始まりました。

アマミキヨは、島々を創り人類の祖として人々の暮らしの土台を整えた後に、物語の表舞台から静かに姿を消していきます。

アマミキヨ由来の御嶽と呼ばれる聖地が各地に点在しており、その痕跡が今に伝えられています。しかし、ゼムリア大陸の人々のように「アマミキヨのご加護を」というような祈りの言葉を日常的に口にはしません。

この辺りのことを地元の識者に聞くと、琉球創世を司った偉大な存在なので、日々の生活の中ではアマミキヨに祈りを捧げるようなことはないとのことでした。

創世後のアマミキヨは自らが作った世界そのものとして、静かに人々を見守っていると考えられているようです。

アマミキヨを祀る行事で代表的なものは、

聞得大君の就任儀礼(御新下り): 琉球の最高神職である聞得大君が、創造神との契りを結ぶ重要な儀式。

東御廻り(あがりうまーい):
国王が首里城から琉球最高の聖地である斎場御嶽(せーふぁうたき)まで巡礼する行事。

など、国家的な儀式や行事に限られています。

一方で、より身近な存在として、家族の安全や個人の願いなどの日常的な祈りは、各家庭の守り神である火の神や祖先神が担い、集落の五穀豊穣を願う行事はニライカナイと呼ばれる海の彼方から訪れる神々に祈りが捧げられます。

琉球神話は主に、
火(ヒヌカン):家庭の守り神、上位の神々との媒介
風(カジ/フージ):創世神話において島や生命を動かす力
水(ミジ):生命の源、浄化と再生
の三大要素で形作られており、自然や人の暮らしなどの、あらゆる場所に神々や精霊が息づき調和を保っています。

英雄伝説的に言えば「ノルドの風と女神の信仰」のようなアニミズムに近いかもしれません。

ゲームの女神たち

『英雄伝説 軌跡シリーズ』の女神エイドスは、世界の成り立ちや導力、七耀(セプティウム)の理を定めた存在として描かれており、アマミキヨにやや近い性質を持つように感じられました。

人間社会ではエイドスを信仰の対象とする教会が組織されており、その教義の普及率は非常に高く、女神の存在を疑う人間はほとんどいません。

非常に影響力の強い女神ですが、私がゲームをプレイしている範囲では、エイドスが人間社会の事象や事件に対して、直接的な介入を行っている様子はみられませんでした。

エイドスは物語の中核とも言える存在ですが、謎めいたところもあります。教会を通じて広まった教義はありますが、あくまで人間の解釈なので、実際のところの真意や目的はよく分かりません。

仮にエイドスの意思のようなものがあるとすれば、その役割は聖獣や精霊、人間たちの行動によって成されていく、というテーマが根底にあるように思います。

人間らしいイースの女神

イースシリーズに登場する双子の女神フィーナとレアは、一般的な神話的存在とは異なり、実在する現人神として描かれています。

イースの世界では女神を頂点とした統治機構が存在しており、二柱の女神と6人の神官が国家を運営しています。

統治と聞くと厳格な印象があるかもしれませんが、二柱の女神は権威を振りかざすようなことはなく、国民に対しては慈愛を持って接しています。

女神であり、為政者という立場ではあるものの、万能な存在ではなく、時に迷い葛藤し、結果として生じる出来事を、運命として受け止めざるを得ない局面も存在します。

また、フィーナは主人公アドルに敬称を付けて語りかけ、レアはトールを「あなた」と呼ぶなど、神と人との間に強い主従関係は見られません。

トールに至ってはレアを半人前の女神とまで言ってのけていて不敬極まりない(笑)

さらにフィーナはアドルに、レアはトールに淡い感情を抱いているようにも描かれており、神でありながら非常に人間的です。

西洋神話における女神が、人間に対して高圧的で、気まぐれに災厄をもたらす存在として描かれることもあるのに対し、イースの女神像はより穏やかで親しみやすいものだと感じます。

争いや不和をまき散らす血生臭い女神より、イースの女神の方が好きです。特にフィーナ(笑)

神と人が互いに循環する社会

イースや軌跡シリーズを通じて女神信仰に興味を持ちましたが、琉球神話についてもう少しだけ深掘りしたいと思います。

琉球の神話や信仰を調べていくと、世界の始まりはありますが、終わりについては語られていません。つまり、キリスト教のハルマゲドン、北欧神話のラグナロクのような終末思想がないのです。

善と悪のような明確な対立軸もないので、神々が何かと争ったりすることもなく平和です。

前述したように、創世神として語られるアマミキヨは、創世の後は静かに姿を消し、世界そのものを見守ります。

琉球神話の世界では、自然・人間・神は明確に分かれておらず、神や精霊は自然に宿り、人も生命が尽きると、やがて祖先神として自然に還り世界は続いていきます。

琉球神話はこうした自然と人間の営みが調和することで維持される、循環の思想が強く働いているのでしょう。

まとめ

古来から語られてきた神話は、現代の生活にも息づいています。
そして、ゲームやアニメ、文学、映像作品などを通じて新たな物語として再構築され、これからも語られ続けていくでしょう。

琉球神話については、いつかアマミキヨの痕跡を訪ねる巡礼の旅に出たい思いがあり、なんらかの形でまた記事にするかもしれません。

ではまた。

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