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残像

週末の公園は、平和という言葉を形にしたような場所だった。

「ママ、見て! 高いの!」

5歳になる息子の声に、私は「すごいね、気をつけて」と、教科書通りの母親の笑顔を返す。

​ふと、砂場の脇を通り過ぎた一人の男の横顔に、心臓がどくんと大きな音をたてた。

緩く波打つ髪の質感、少しだけなで肩気味の背中。

(……彼?)

あり得ない。わかっている。彼がこんなところにいるはずがない。あるいは、もうこの街のどこかで、私と同じように誰かの親になっているのかもしれない。




​20年前。19歳の私たちが交わした口づけは、甘いリップクリームの匂いがした。





記憶は、使い古した写真のように角から薄れてきている。けれど、あの放課後の校舎の静寂や、彼が私の名前を呼ぶ時の少し掠れた声だけは、どうしても消えてくれない。

​「もし、あの時」

​そんな言葉が、口の中で苦く溶ける。

もし、あの一言が口から出ていたら。

もし、あの涙の別れを選ばずに、若さゆえの無謀さで彼の手を離さなかったら。

私の隣で笑っているのは、今の夫ではなく彼だったのだろうか。そして、今私を呼ぶこの愛しい命は、この世に存在していなかったのだろうか。


​今の生活に不満なんてないと言ったら嘘になる。
夫婦喧嘩もするし、夫にイライラすることなんてしょっちゅう。

それでも何だかんだ家族を続けていきたい気持ちはあるし、息子という宝物もできた。

息子は生きる理由そのものだ。私は間違いなく、幸せな側の人間に分類されるだろう。

けれど、心の奥底にある小さな部屋には、今も「選ばなかった未来」がひっそりと息づいている。

​似た背中を見かけるたびに、胸の奥がチリりと焼けるような感覚。

それは後悔ではなく、今の幸せを肯定するために必要な、ささやかな「痛み」なのだと思う。

​「ママ、お腹空いた!」


駆け寄ってきた息子の小さな、温かい手が、私の指をぎゅっと握りしめる。

その重みが、私を「今」という現実へ引き戻した。

​「……帰ろっか。今日はハンバーグにしようかな」

​私はもう一度だけ、人混みに消えていったあの背中を、誰にも気づかれないように視線で追った。

それは、20年前の自分にさよならを告げるための、私だけの儀式だった。

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