見出し画像

信長の書状が見つかった ⇒ 細川藤孝宛

この手紙・・書状は
前回も薀蓄話で、取り上げましたが・・
ちょいと、我の感想を追記します。

まず。何故、細川藤孝宛なんだろうか。

分かりませんかあー?

細川藤孝以外の、(奉公衆)である足利義昭の側近らと
交流が断絶している。・・と、

信長自身が
打ち明けていること。

これが、かなり重要なポイントです。

この時
光秀の対応は・・・何をしていたんか?

光秀も、足利義昭の奉公衆の一人で
藤孝よりも、先に信長に近つき
義昭を京都で、守らせた張本人やないか。

この時点で、光秀も
こころは、当に信長を、見限っている証の書状だと、
我は、そう見る。

そう、ちゃうけー。

だからこそ、信長の
『あなたの働きこそが、重要である』
と、いう、真っ赤な嘘を
藤孝は、見抜けない・・・。

いうたら、この時点で
信長は、完全なる『ひとりぼっち』である。

上に立つ人間は
常に孤独だ。

筆の文字も・・乱雑になってへんかいな・・・ようお
のぶなが。。よ。。

歩く殺人兵器 信長に
協力するものなど、
もはや 京には
存在していなかったことを
暗示してますよね。

本能寺急襲の
10年前の書状です。

10年前から、だれも協力しないのだ・・・


しかし、光秀だって、
最後には、細川藤孝を頼りにしていたが、
最後の最後まで信じていたが、
藤孝に裏切られたのが、史実である。

この室町幕府滅亡と、
光秀の逃亡に関しては、
信長死亡後の二人の動きを
まだ、解明されていない所が
多くあるのかな?
足利義昭も、最後には、大坂城に居て、
秀吉の御伽衆になっており、
秀吉の元で、余生を送っている。

こう云う「こころ」の描写が、
過去の大河ドラマでは、
描かれていないのは、
残念だな。

もしくは、我の想像だが、
光秀と、藤孝は、
この頃にだけ、親密な関係を、、
裏で嘉にしていたのではないか?

725字


いいなと思ったら応援しよう!