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トヨタFR用10速ATの共線図を読み解く

オートマチックトランスミッション(AT)は機械技術者を魅了する複雑な機構の一つです。遊星歯車(プラネタリギア)が動いている様子を、カットモデルの写真から想像するのはほとんど不可能です。これを読み解くのはとてもエキサイティングなパズルです。今回はその最高峰とも言える10速ATを解読していきます。題材にするのはトヨタのAGA0(製造元アイシンの型式でAWR10L65)です。

私は退職までの10年あまり、ハイブリッド車の技術開発を通して、自動車のパワートレイン技術に関わっていました。大学では機構学を学んだ機械技術者です。トランスミッションは専門外ではありますが、技術的な興味は尽きません。ここでもまた感じたのは、一般人に分かる形で、遊星歯車式ATの仕組みを解説した書物がないことでした。

自動車整備の現場では、この複雑な油圧クラッチの塊をどう分解し組み立てるかということの方が有用な関心事でしょうけれど、機構学の視点からは、どうしてこういう仕掛けになっているんだろう、という疑問がわきます。一言で遊星歯車式ATといっても、その機構に一般論はありません。変速段が1つ増えるごとに遊星歯車を一つずつ追加していた初期の頃とは違って、少ない数の遊星歯車を巧みに組み合わせて多くの段数を作り出すようになってきました。

単純な歯数比でギア比が決まるマニュアルトランスミッションとは違って、遊星歯車式ATのギヤ比がどのようにして決まるかを理解するのは簡単ではありません。たとえ3Dで回る遊星歯車のアニメーションを作っても、それは無理です。クラッチの切り替えによって機構全体がガラリと姿を変えるからです。しかし、共線図の理解があれば、図形的に動きを理解することが可能になります。共線図は遊星歯車の速度の関係図ですが、基本的なことは、こちらの記事で解説していますので、その部分だけでも予備知識としてお読みいただければと思います。


ATを読み解くには3つの情報が必要です。まずスケルトン図クラッチ表、そして歯車の歯数(それがなければ断面図)です。

整備書や新型車解説書があれば載っていますが、一般向けには公開されていません。今回のお題では、スケルトン図とクラッチ表がトヨタテクニカルレビューvol.64(p.61から、「FR乗用車用10速自動変速機の開発」山田和彦ほか、2018年5月)に公表されています。断面図はカットモデルの写真を利用します。

まずスケルトン図を見てみましょう。スケルトン図は遊星歯車機構の中心軸から上半分の断面図を模式的に描いたもので、遊星歯車の各要素(サンギア、キャリア、リングギア)やクラッチ、ブレーキがどのように接続されているか、つまりトポロジーを表しています。

大きく分けて3つの遊星歯車があるのが分かります。ミドルとリヤの2つは普通のシンプルな遊星歯車ですが、フロントはちょっと複雑です。スケルトン図を実体化すると下の図のようになっています。

1つのリングギアと1つのキャリアを前後2つのサンギアが共有しています。リア側のサンギアはピニオン2つ(ダブルピニオン)を介してリングギアと噛み合っています。フロント側サンギアはピニオン1個の普通の遊星歯車なのが分かります。この組合せが「ラビニヨ型遊星歯車機構」と呼ばれるものです。

ダブルピニオン遊星歯車の動き

では、ダブルピニオン遊星歯車の動きについて考えてみましょう。概念的には下図のようになります。

サンギアとリングギアを繋ぐピニオンが2つになっています。本当は、このピニオンのセットが3つぐらい、サンギアを取り囲んでいるのですが、ここでは省略して考えます。歯数は適当に、サンギア28、リングギア68としてみました。これをキャリア固定で動かしてみましょう。

ピニオンが2つあるので、サンギアとリングギアの回転方向が同じになります。このようにひとつながりに噛み合う歯車は、歯車の周速がどこでも同じになるので(これは2つのピニオンの歯数が違っていても成り立ちます)、サンギアとリングギアの回転角は歯数の逆比で68:28になります。これを共線図に表すと、このようになります。

これを普通の遊星歯車と比べてみましょう。

違うのはサンギアの回転方向だけです。つまり、サンギアが基準(キャリア)の反対側に移動したのです。

遊星歯車の組合せ

次に、組み合わされたラビニヨ型プラネタリの共線図を考えてみます。リングギアとキャリアは共通で、サンギアだけが別々になっています。普通の遊星歯車とダブルピニオン遊星歯車の共線図を合体させてみましょう。

遊星歯車の共線図は2点を指定すると1つに決まるので、お互いの3要素のうち2つを共有すると、動きは拘束されて一体化します。

このように4点を持った共線図ができます。もちろんキャリアの固定を外せば全体が上下に動けます。平面内の直線は2点を与えると1つに決まるので、これも自由度2の機構です。

ここまでは「適当」に決めた歯数で作図していたので、実際のトランスミッションの歯車とは比率が異なっています。

歯車の採寸

そこでトランスミッション断面図の出番です。歯数は公表されていなくても、サンギアとリングギアの半径を読み取れば、共線図の比率が得られます。

このギア部分を拡大して採寸します。リングギアの位置を見極めるにはちょっとしたコツがあります。トランスミッションに使われている歯車は、静かに回転できるよう歯筋を斜めにした「はすば歯車」が使われていますが、この軸方向に断面を切ると、特徴的な波形のパターンが現れます。これを手がかりに採寸していきます。

噛み合った一対のはすば歯車は、前から見たときに歯筋が逆向きに見えます。実際には向かい合った所で同じ向きを向いているので、鏡に映ったように見えるのです。

では、ここからトランスミッション全体の共線図を作ってみましょう。

フロントプラネタリの前後サンギアは半径が異なっています。ダブルピニオン側のサンギアが小さいのは、共通ピニオンと直接噛み合ってはいけないので、隙間が必要だからです。

それぞれの共線図を描いていきます。採寸した半径を横倒しにします。リングギア(R)は共通です。

それぞれをグループ化して比例的に倍率調整し、フロントサンギア(Sf)とリアサンギア(Sr)の横幅を一致させます。

これで比率の正しい共線図になりました。

ミドルプラネタリとリヤプラネタリはどちらも普通の遊星歯車です。リングギアが異なっているので、比率は異なるものになります。

トランスミッションの共線図

ここからは再びスケルトン図を見ながら、共線図を接続していきます。トルクコンバータとロックアップクラッチは除外して、そこから後の変速機の部分だけを考えます。

共線図の要素を水平に接続する「軸」は、共線図が水平(つまり等速)になったとき、覆い隠されて見えなくなるのを防ぐため、飛び越して接続するように描いていますが、肝心なのはその端点にある丸です。

スケルトン図から、この変速機には4つの軸があることが分かります。

第1の軸(黄)はトルクコンバータからの入力軸で、フロントプラネタリのキャリアと、リヤプラネタリのキャリアに接続されます。

第2の軸(緑)は、ミドルプラネタリとリヤプラネタリのサンギアを結んでいて、クラッチC1がフロントプラネタリのリングギア、C2がフロントプラネタリのリアサンギアに繋がります。

第3の軸(青)は、ミドルプラネタリのリングギアからクラッチC3を結び、これがフロントプラネタリのリングギアに繋がります。

これら3つの軸(黄、緑、青)は三重の軸を構成していることが、スケルトン図から読み取れます。

第4の軸(紫)は出力軸で、ミドルプラネタリのキャリアに接続され、クラッチC4を介してリヤプラネタリのリングギアに繋がります。

ブレーキB1はフロントプラネタリのフロントサンギアを静止系に繋ぎ、ブレーキB2はミドルプラネタリのリングギアを静止系に繋ぎます。

断面写真から、これらの軸がどこに隠れているかを探すと、下の図のようになっています。断面では線に見えますが、実際にはすべて中空円筒形の部品です。(切断面が黄色で塗られているので、第一の軸はオレンジ色に表示してあります。)

ひとつ気付くのは、コアの部分にボールベアリングが無いことです(出力端だけはボールベアリングが入っています)。クラッチやブレーキは油圧シリンダーで動くのですが、軸にはいくつもの穴が開いていて、回転するクラッチに油圧を供給する複雑な通路が形作られています。これらの回転軸はその油圧で浮上する「静圧軸受」によって支えられています。

それでは、クラッチとブレーキによって各段のギヤ比が生成される仕組みを読み解いていきましょう。

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