#52 人は"想像"でつながる
あなたは「日本人ですか?」と聞かれたら、なんと答えますか?
おそらく多くの人は「はい」と答えると思います。
では続けて、こう聞かれたらどうでしょう。
「なぜそう言えるのですか?」
日本に住んでいるからでしょうか。
日本で生まれたからでしょうか。
日本語を話せるからでしょうか。
うーん。
どれも間違いではない気がしますが、どこかしっくりきません。
日本には1億人以上の人がいます。
でも、そのほとんどの人と私たちは会ったことがありません。
それでも私たちは、北海道から沖縄まで47都道府県に住む人たちを、
自然と「同じ日本人だ」と思っています。
一体なぜなのでしょうか。
日曜の朝から少し哲学的な問いをインコース胸元に投げ込みました。
もし今、ウイスキーをストレートで飲まされているような気分になっていたら申し訳ありません。
ここから少しずつ、炭酸で割っていこうと思います。
この不思議な感覚を説明したのが、
ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』という本です。

この本の結論はとてもシンプルです。
国家とは「想像された共同体」である。
つまり、日本という国は確かに存在していますが、「日本人」という共同体は、人々が互いを同じ仲間だと想像することで成立しているという考え方です。
私たちは日本人を「想像している」。
少し不思議な表現ですが、これがこの本の核心です。
では、なぜ人はそんな大きな共同体を想像できるようになったのでしょうか。
著者は、その背景の一つとして「印刷資本主義」を挙げています。
少し難しい言葉ですが、簡単に言えば新聞や本が広く普及したことです。

新聞が広まると、人々は同じニュースを同じ言語で読むようになります。
例えば朝の新聞を読んで「また大谷打ったのか」と知るとき、
全国の多くの人が同じニュースを読んでいます。
同じニュースを読んでいる人が日本中にいる。
同じ出来事を知っている人が社会のどこかにいる。
そう思うことで、人々は見知らぬ他者とつながっている感覚を持つようになりました。
こうした共通の経験が積み重なることで、
「私たちは同じ社会の一員だ」という意識が生まれていきました。

ここまで読むと、「なるほど国家の話か」と思うかもしれません。
しかし、この本を読んでいて私はあることに気づきました。
これは国家の話だけではなく、
会社や組織にも当てはまるのではないかということです。
会社も同じです。社員全員がお互いを知っているわけではありません。
大きな会社になればなるほど、直接会ったことのない人の方が多くなります。
それでも私たちは「同じ会社の仲間だ」と思っています。
つまり会社もまた、一種の「想像の共同体」なのだと思います。
組織がうまく機能する理由は、給料や制度だけでは説明できません。
人は合理的な条件だけで働いているわけではないからです。
「この会社はどんな会社なのか」
「どんな価値観を大切にしているのか」
「自分は何のためにここで働くのか」
こうした共通の目的や物語を共有できたとき、
人は組織の一員として動き始めます。

言い換えるなら、組織とは契約だけで成立するものではなく、
共有された物語によって成立する共同体なのかもしれません。
私は外国人人材の採用や支援、そして教育に関わる仕事をしています。
その中で強く感じることがあります。
それは、人は「仕事=条件」だけでは長く続かないということです。
もちろん給与や待遇は重要です。
しかし、それだけで長く働き続けることには繋がらないということです。
大切なのは、
「この職場の一員だ」
「この人たちと働きたい」
「ここに自分の居場所がある」
そう感じられることです。
つまり、人が続けられるかどうかは、労働条件だけではなく
共同体への参加感覚に大きく左右されるのだと思います。
『想像の共同体』は国家について書かれた本ですが、
その根底には、
「人はどうやって見知らぬ他者と同じ集団を信じるようになるのか」
という問いがあります。
国家も、会社も、コミュニティも、
実は人々の想像によって成立しています。
だからこそ組織をつくる上で大切なのは、制度や仕組みだけではなく、
人々が共有できる物語をつくることなのかもしれません。
