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シロクマ文芸部『ゆっくりと』

——ゆっくりと呼吸をして。
——そう。もう一度、ゆっくりと呼吸をして。
——ああ、目は閉じたままだ。
——いきなり何だろうって、少し怖いだろうが安心してくれ。私は声をかけるだけで、キミに直接干渉するわけじゃない。
——それにここは白一面のだだっ広い空間で、キミ以外には誰も居ない。だから安心して、ただ私の言葉に従ってくれればいい。
——いいか。余計なことは考えず、リラックス。ゆっくりと深呼吸を繰り返してみよう。
——オーケー。じゃあ今度は慎重に手を動かしてみよう。
——初めは思い通りにいかないはずだ。ゆっくりと、慎重に。
——うんうん。問題なく動くみたいだな。
——何かコツコツと手に当たってるものがあるだろう?
——それは空間の底。今、唯一キミが認識できているもの。感触を確かめておいて。気にするものでもないのだけど、石橋を叩くのは大事な作業だ。
——よし。だいぶ感覚を取り戻せたようだな。では本題に入ろう。
——目を閉じたまま、感覚だけで結構。左右の手を使って周りを探ってみよう。
——おっと、慎重にな。もしかしたらキミの身体は葛のように脆いかもしれないぜ。
——そうだ。ゆっくりと呼吸をして。感覚を研ぎ澄ませて。
——何か、見つけたな。底とは違う感触だ。
——比べてみてどうだ。硬いか、それとも柔らかいか。
——なるほど、柔らかいか。左右の手で感触も少し違うようだな。弾力や、温度はどうだ?
——慌てなくたっていい。羽根を積み重ねるようにやさしく、慎重に。
——そう、その調子だ。今度は輪郭に指を這わせて。直線、曲線。スベスベ、ザラザラ。思った感覚を全て言葉にしてみよう。
——悪いな。わざわざ口に出してくれる必要はないんだ。心の中で唱えるだけでいい。表現は何だって構わない。自分の感覚に正直であることが肝心だ。
——いいぞ。
——なんか大胆になってきたな。もっと慎重に慎重に。
——そう、そう。
——どうだ、だんだん分かってきたか?
——さて、では一つ課題を出そう。
——手で触れられる範囲の中で、もっとも柔らかい部分ともっとも硬い部分はどこにある。
——
——
——どうした?
——まだ触れていない部分は沢山あるぜ。
——ああ。何か勘違いしているようだが、これは別に知識を問うてる訳じゃない。キミ自身の手で確かめる必要があるんだ。
——息が乱れてるぞ。ゆっくりと呼吸をして。そう。それを常に忘れない。
——おっかないかもしれないけどほら、勇気を出して。触れるのを避けていた場所があるだろう。そこに手を伸ばすんだ。
——ほら。
——どうだ。初めての感触だろう?
——他と比べてみてどうだ。硬いか柔らかいか。手触りや温度、どう感じた?
——な。発見があっただろう。それが大事なんだ。そう。まだまだ触れていない場所は沢山ある。探してみよう。
——今度は少し力を入れてみたっていい。
——もっと奥まで、深くまで触れてみよう。
——
——
——ゆっくりと、たっぷりと時間をかけて。
——
——


目を開けて。
さあ、箱の中身は何だと思う?

終わり



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