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勉強していい会社に入れば豊かになれるという幻想は完全に崩壊しましたww

俺はそこそこの地方駅弁大学を卒業し、新卒カードを切って、それなりの会社に滑り込んだ。だがアラサーになってふと周りを見渡してみると子供頃、当たり前だと思っていた親世代と同じような暮らしを自分が到底送れそうにないことに気が付き絶望している。昇進の椅子は上の世代で埋まっている。手取りは増えず、物価高で実質賃金は日に日に減っていく。家は高すぎて買えない。結婚もできそうにない。なのに、自分より明らかに努力していないように見える上級国民の子弟がSNS上ではキラキラ発信をしている。

今これを読んでいるあなたも俺と同じように将来に絶望しているから、この記事を開いてくれたんだと思う。俺たちが感じている「努力したのに報われない感」には、ちゃんと名前がついている。エリート過剰生産(Elite Overproduction)だ。言い出したのはピーター・ターチンというロシア系アメリカ人の生物学者・歴史学者で、この男は歴史を数理モデルで解析する「クリオダイナミクス」という分野を作っている。要するに、過去の帝国や革命や内戦を全部データに突っ込んで、「社会が崩れるときのパターン」を抽出した変態である。そしてそのターチンが2010年の時点で「2020年代のアメリカは内戦前夜のパターンに入る」と予言して、実際トランプ政権とBLMと連邦議会襲撃でドンピシャに当てた。

今日はこの理論を、俺たち弱者男性・社畜サラリーマンの目線で噛み砕いてみたい。

エリート過剰生産とは要するに何なのか

ターチンの主張はシンプルだ。社会が不安定になる前には、必ず「エリートの椅子の数に対して、エリートになりたい人間が多すぎる状態」が生まれる。これがエリート過剰生産である。

「エリート」と言っても、貴族とか王族のことではない。現代における「エリート」とは、高学歴・高収入・社会的影響力を持つ層のことだ。医者、弁護士、官僚、大企業の管理職、教授、政治家、起業家。この椅子の数は、実はそんなに増えない。社会に必要な医者や弁護士や上場企業の役員ポストは、10年前と今でそう変わらない。増えても微増だ。

ところが、大学進学率はどうか。戦後すぐの日本では大学進学率は数パーセントだった。いま50%を超えている。アメリカでは大学学位保持者が洪水のように溢れている。中国では毎年1000万人以上が大卒として労働市場に投入される。MBAもPhDもロースクールも、みんな定員を増やしまくってきた。

つまり、椅子の数は変わらないのに、椅子を狙う人間だけがインフレしている。これがエリート過剰生産である。

ゲームのルールが途中で変わっている件

親世代は「いい大学に行けばいい会社に入れる。いい会社に入れば家庭を持てる」というゲームで勝ってきた。だからあなたにも同じゲームを勧めた。だがその頃、大卒の労働市場価値は希少性に支えられていた。大学に行く時点で上位数パーセントだったのだ。

いま、大卒はコモディティだ。ただの最低スペックである。だから大学を出ても、椅子の奪い合いの「参加資格」を得ただけで、勝利は保証されない。むしろ椅子の数に対して参加者が多すぎるので、ほとんどが負ける設計になっている。

この構造に気づかずにゲームを続けているやつは、まあ当然だが報われない。頑張って公務員試験に受かっても出世コースは子飼い優先で、頑張ってメガバンクに入っても50歳で出向、頑張って弁護士になっても年収300万の即独弁護士がゴロゴロいる。「資格を取れば食える」というのは、椅子より志願者が少なかった時代の話なのだ。

「敗れたエリート候補生」が社会を燃やす

ここからがターチン理論の本当に怖いところだ。

エリート過剰生産が起きると、椅子に座れなかった「敗れたエリート候補生」が大量発生する。高学歴で、頭が良く、社会の仕組みもある程度わかっていて、弁舌も立つ。にもかかわらず、自分より能力的に劣ると感じる人間が椅子に座っている。この屈辱と怨嗟を抱えた集団をターチンは「対抗エリート(counter-elites)」と呼ぶ。

そして歴史を見ると、対抗エリートはほぼ例外なく社会を燃やす側に回る。フランス革命を扇動したのは没落した貴族と食えない弁護士だった。ロシア革命を主導したのは就職できない知識人だった。ドイツのナチスを支持した中核層は、第一次大戦後に没落した教養市民である。アメリカで近年過激化している左右の論客も、ほとんどが「アカデミアやメディアに居場所がなかった高学歴」だ。

日本でも、SNSで毎日怨嗟をまき散らしているアカウントのプロフィールをよく見てみるといい。マーチ以上の大学を出ていて、それなりに頭は良くて、でも満たされていない。そういう層が山ほどいる。これが対抗エリートの予備軍だ。社会が不安定になるときは、この層が「下級国民の代弁者」の仮面を被って既存秩序を引きずり下ろしにかかる。自分が椅子に座るためである。

ダブルパンチ:庶民の貧困化と同時進行する

ターチンの理論がさらに怖いのは、エリート過剰生産と庶民の貧困化(Popular Immiseration)が同時に起きる、という点だ。

エリートが増えすぎるので、エリート同士の競争コストが跳ね上がる。医学部の偏差値は上がり続け、中学受験の塾代は爆発し、大学の学費もインフレし、インターンから学歴ロンダまで、上に行くための設備投資が膨張する。

その金はどこから出ているか。結論から言うと下層から吸い上げられている。非正規雇用の拡大、実質賃金の停滞、社会保険料の増大。下の層から搾れるだけ搾って、その金で上級国民は自分の子をさらに上に押し上げるためのチケットを買っている。

だから、あなたが「なんか頑張ってるのに生活が楽にならない」と感じているのは、気のせいではない。エリート内部の軍拡競争の資金調達を、あなたが負担させられているという、極めて合理的な搾取構造の結果なのだ。

では俺たちはどうすればいいのか

ターチン理論が特殊なのは、解決策が「頑張って勝て」にならないところだ。過剰供給市場の内側で頑張れば頑張るほど、競争コストを払わされて疲弊する。つまり、このゲームに特化した打ち手は「ゲームの内側」には存在しない

1. 過剰供給の市場から、過少供給の市場に引っ越せ。

エリート過剰生産の定義上、椅子より人が多い市場は決まっている。大企業ホワイトカラー、士業、アカデミア、メガバンク、官僚、総合商社の序列下位、広告代理店。要するに「親が聞いたときに顔が明るくなる職」である。ここは全部、過剰供給が確定している市場だ。

逆に、椅子に対して人が足りていない市場は、親世代が軽視してきた領域にある。地方、現場、職人、建設、農業、物流、小商い、海外、自営業、ニッチなBtoBサービス。肩書きが野暮ったいほど、椅子は空いている。東京の大企業中間管理職で年収700万を取り合うより、地方の現場で独立した小規模事業者になったほうが、実質的な裁量も手取りもでかいケースは珍しくない。「格が高い市場」ほど過剰供給というのがターチン理論の含意なのだ。

2. 「敗れたエリート候補生」という自己定義を、自分から外せ。

ここが一番大事なところだ。エリート過剰生産の被害者がなぜ最終的に対抗エリート化して身を滅ぼすのか。答えはシンプルで、「自分は本来エリートであるべきだった」というアイデンティティを手放せないからである。この自己像を握りしめたまま椅子に座れない時間が長引くと、怨嗟が発酵して人格ごと歪む。

あなたがMARCH以上の大学を出ていて、それなりの会社にいて、それでも満たされていないなら、今すぐ自分の脳内から「敗れた」という語を消したほうがいい。負けたのではない。降りるのだ。椅子取りゲームのルールを見切った上で、別の盤面に移ると決めた、というだけの話である。この書き換えができるかどうかで、10年後のメンタルが別人になる。対抗エリート化するやつは、この書き換えに失敗した人間だ。

3. 会社の外で値札がつく「手」を、一本だけ今のうちに育てろ。

ターチンの秤にかけると、現代日本の会社員の資産の大半は「会社の中でしか通用しない価値」でできている。役職、社内人脈、業界知識、稟議を通すスキル。これらは所属企業が潰れた瞬間に価値がゼロになる。

だから、会社の外で直接値札がつくものを、一本だけでいいから作っておけ。設計でも、執筆でも、プログラミングでも、動画編集でも、現場仕事でも、営業代行でもいい。要件は二つだ。これがあれば、崩壊期に正社員の椅子から蹴り出されたときに、人生が即死しない。何より、椅子に座れなくても生きていけるという事実自体が、椅子取りゲームからの心理的離脱を可能にする。

ひとつだけ言っておきたいこと

対抗エリート側に回るな、とは言わない。怒りは健全な感情だし、搾取構造に気づいた人間が怒るのは当然だ。だが、怒りを燃料にしてSNSで既存秩序を殴り続けても、あなたの椅子は1ミリも増えない。それどころか、対抗エリートは最終的に「もっと頭のいい対抗エリート」に利用されて、革命のあとの論功行賞からきっちり外される側に回る。歴史はそればかり繰り返してきた。

お前が本当に自分の人生を取り返したいなら、盤面を変える、アイデンティティを書き換える、会社外の手を育てる。この3つだ。怒りは燃やすな。配線を引き直せ。

ターチンが言っているのは、「社会はあなたの味方ではない」というだけのことだ。社会の安定は、あなたの幸福のために最適化されていない。エリートの再生産と、搾取構造の持続のために最適化されている。そのルールの中で上を目指そうとすれば、椅子より多い参加者の中で、静かに消耗していくだけである。

だから盤面を降りる。勝つのではなく、降りる。それが、エリート過剰生産の時代に生まれてしまった俺たちの、たった一つの合理的な選択肢だ。

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