【ぼくとかれの17ねん】おつかれのかんぱい
おおきなしごとがひとつ、おわった。
これからかえります。
かえるね、ってれんらくすると、
たかさんはよく、もより駅まで迎えにきてくれていました。
じかんにもよるけれど、だいたい部屋着のままきていて、駅をでてすこし先のかどにある、ネパールカレー屋さんのまえでイヤホンで音楽を聴きながら待っていた。
でも、ときにはなぜか、えきの前のこうえんで、なぜかブランコをこいでいたりもした。
ぼくをみつけると、イヤホンをはずして、おつかれ、っていってくれる。
イヤホンはぼくがプレゼントしてあげた、Beatsのワイヤレスイヤホン。
しろ色で、ぼくとおそろい。
おうちまでの5分ちょっと、ならんでおうちまでかえる。
もうすでにあついんやけど、とか、うえの階のじゅうにんがうるさい、とか、さいきんのたかさんのぐちをききながら、あるいてかえる。
おうちについて、
あー、つかれた!ねー、きいてよ、って
こんどはぼくのぐちがはじまる。
そのぐちをききながら、「つめしぼつかう?」ってたかさんが聞いてくれる。
つめしぼ=つめたいおしぼり
濡らしたタオルを、冷凍庫でひやしたやつ。
それでからだをふく。
これがとても気持ちいい。
たかさんは、背中をふいてくれるんだけれど、
とても冷えているから、
ぼくは、ひえー!つめたー!と叫んでしまう。
すると、うるさいなー、とたかさんにあきれられてしまって、あとはじぶんでふきなさい、といわれる。
からだをふいて、へやぎにきがえて、リビングにもどると、たかさんがビールをついでくれている。
たかさんはよく、ぼくがかえってくる日には、ちょっといいビールを買ってくれていた。
そして、冷凍庫で冷やしてくれたグラスに、泡とビールをきれいな割合で注いでくれて、
どや!っていう顔で、ぼくにビールをわたしてくれる。
かんぱい!おつかれー!
ふたりで、ビールをぷはー!と飲む。
なんならたかさんはいっき飲み。
そのままソファにすわって、ビールを飲みながら、テレビをみながら、ぐちをいったり、わらったり、
そんなじかんはあっという間で、
そろそろシャワーあびなきゃなー、でもめんどくさいなー、ってぐずぐずしていると、
きたいなからはやくシャワー浴びてこい、っておこられて、
きたなくないけど、ってぶつぶついいながら、しかたなくシャワーを浴びるとやっぱりきもちがよくて、
さっぱりしたー!でももうねむくて限界、ベッドにはいったらすぐ寝そう。
なんていうと、
ほんとによくそんなすぐ寝れるよな、のびたくんか。
びっくりするわ、っていうたかさんのひにくを聞きながら、
しごともぶじに終わって、となりにたかさんがいて、いつものくだらないやりができて、
あー、しあわせだな
っておもいながら、ねむりにつく。
しごとがおわっておうちにかえる日は、こんなふうにすごしていました。
たかさんのおかげで、おうちにかえることがまちどおしくて、
ふたりですごしていたらしごとでのいろんなこともあっというまにどうでもよくなって、
しぜんにこころがかいふくして、つぎのしごともがんばろうとおもえた。
ひとりになってはじめてのおおきなしごとがひとつ、おわりました。
ぶじにおわれたとおもう。
しごと中に泣いてしまったり、くるしかったりすることがあったけれど、
しごとにもどらなければいけない、ときもちを切り替えるスイッチはちゃんとうごいていたとおもう。
じぶんのなかに、そういうスイッチがあって、それがちゃんとつかえたということは、よかった。
ただ、しごと中、そのスイッチをなんどもなんども押していたせいか、終わりにちかづくにつれて、スイッチがうまくうごかなくなった。
つらいきもちが出てくることが多くなって、それがそのまま大きくなってしまう。
だめだ、スイッチをおさなきゃ。
とおもっても、スイッチが重くておせない。
おせても、電球がきれたみたいに、しごと用の回路が作動しない。
そういうときは、なんどもなんども必死でスイッチをおした。
もう少し、
あと少し。
そうやって、ここ数日は、壊れかけたスイッチをおしながら、なんとかひとつのしごとを終えることができた。
ただ、そうやっておしこめたかなしみやつらさは、どこかに消えていくわけではないらしい。
黒くて、なかのみえないふくろのなかにとりあえずおしこんで、そのまま中身が見えないようになっているだけ。
そのふくろがどんどんおおきくなって、もうこれ以上はいらないくらいぱんぱんになって、もうスイッチがおせない、そんなイメージ。
そうじきなら、そのふくろはそのまま捨てればいい。
けれど、ぼくのなかにあるそのふくろは、どうすればいいのだろうか。
すぐにつぎのしごとがはじまる。
それまでに、どうにかしてふくろを空にして、スイッチをつかえるようにしなければいけない。
でもふくろのなかはもう、とてもすごいことになっている。
すこしそこにふれるだけで、いっしゅんでどうしようもないかんじょうにおしながされてしまう。
いまはまだ、いえにかえっていないので、なんとか「見て見ぬふり」ができている。
でも、いえにかえったら。
たかさんがいたおうちにもどったら。
「おつかれ」って、たかさんがまっていてくれたおうち。
でもいまは、
えきでたかさんがまっていてくれることはない。
ドアをあけたらまっくらで、
でんきをつけてもだれもいなくて、
ただいまっていってもなにもかえってこない。
おつかれって、ビールをかんぱいしてくれるひとがいない。
ひとりで、だれもいないへやで、黒いふくろをあける。
それを想像するだけでぜつぼうする。
でも、なんとかしなければいけない。
でも、なぜ?
なんで、「なんとかしなくちゃいけない」のか。
こんなくるしいのに、まだがんばらなきゃいけない。
こんなことが、これからずっと、つづくのか。
そうおもうと、ほんとうに、もう、どうでもいい。
しごとをしていて、うれしいことがないわけじゃない。
感謝してもらえる。
よろこんでもらえる。
まえはそれがうれしかった。
でも、ぼくがよろこばせたかったのは、あなたじゃない。
ぼくはたかさんがよろこんでもらえたらそれでよかったのに。
だから、やっぱり、どうでもいい。
そんなふうにおもってしまうぼくは、きっとよわいにんげんなんだろう。
ほんとうだったら、
たかさんのぶんもがんばる、
たかさんがみまもっていてくれているから、感謝して生きていく。
そうかけばいいんだとおもうし、かこうとおもえばかける。
そのほうがかっこいいし、すてきだし、だれにもしんぱいをかけない。
でも、これいじょう、黒いふくろに、はいらない
から、そのままはきだしてしまいます。
ごめんなさい。
なんだかあたまがおもくてにぶい。
これまでは、いえにかえったら、
「やっぱりおうちがいちばん」っておもった。
じぶんのベッドで、眠ることがだいすきだった。
たかさんがとなりにいてくれたから。
きょうはなんだか、いえにかえって、寝室にはいるのがこわい。
こわいよ、たかさん。
