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分断が無くならない世界にどう生きるか

先日のことですが、友人から情報を聞いてどうしても行きたくなり山納銀之輔さんのうぎんのすけさんの講演会「THE NANO UNIVERSE」@長崎へ行って参りました。
(午前中のランチ交流会は間に合わないので講演会のみに参加)

エコビレッジビルダーの山納銀之輔さんのことは友人から聞くまで知らなかったのですが、youtubeを見て衝撃を受け「この人に一度会ってみたい!」との好奇心がムクムクと湧き、即座に講演会(有料)の参加を決めた経緯があります。その凄まじい半生とそれを跳ね返すパワー、知恵と勇気と”頑張らない”自由さ、気楽さ。”ホントにこんなひといるの?”と心のどこかに半信半疑の部分も残っていました。

講演会までにyoutubeを何本か見て、著書『天を味方につける生き方』も読了。いざ、講演会へ行くと真っ黒に陽に焼けたご本人が・・。

「物凄いパワー」そしてyoutubeで見たまんまの「そのままの人」。

およそ裏表が感じられず、直にお話こそしなかったものの誰にでもフラットに接する方、そして「嫌いなことは一切やらない」信念の方だと思いました。

*私が初めて見た山納銀之輔さんの動画はこちら。


銀ちゃん(以下、親しみを込めてこう呼ばせていただきます♬)が目指す世の中は「世界中の人たちが100年笑って暮らせる村」。そのためのモデルとなる循環型のエコビレッジ「絵本の村」を子どもたちと石垣島で作っているそうです。

ここで私が何故、一見全くご縁のなさそうな銀ちゃんに興味を持ったかというと、話は2017年に遡りますが、婦人科系疾患で悪性疑いのある腫瘍の切除手術を受けて以降(注:手術の結果は良性)食べ物に気をつけるようになったということがあります。添加物の少ないものや無農薬などに拘るようになりました(価格が高いのでいつも食べる訳ではありません)。なるべく自然に近いものを求めるようになったのです。また昨今の米不足にも危機感を持っていたところで銀ちゃんの講演会を知りました。

*私が2017年に受けた手術について触れているnote記事はこちら。


銀ちゃんの話はスピリチュアル的要素もありますが、元バリバリの実業家だけあってかなり現実的、具体的です。食糧危機に備えて家庭菜園を始めるも「まずは好きな野菜を植木鉢に植えることから始める。」「家庭菜園は1日15分以上やらない(15分以上するとスーパーで買った方が早いから挫折する。)。」「野菜がたくさん採れたら隣の人におすそわけをする。」「すると隣の人も何か作ったものをくれる。」・・という感じでマンション全体を循環型の村にしてしまうアイデアだとか、聞いていてワクワクしませんか?

そして私が以前から考えていたのは、世間一般的な子どもたちのこと。
今学校に行けない子どもが多いですよね。年々増えている。学校へ行ってもちょっとユニークな子、集団生活にはみ出しがちな子には「発達障害」の診断が下りる。ちょっと「普通」から外れるともう元には戻れない。それは大人も子どもも同じです。その「普通」の概念も年々幅が狭く厳しいものになっていると思います。
・・これってヘンじゃないですか?生きにくくないですか?

実は、この銀ちゃんの講演会の次の日、Xでなんちゃらカウンセラーをしている人の新しく出る本の表紙・カバー・帯を見て唖然とした私です。
(炎上商法みたいなので著者名・本の題名は敢えて書きません。Xで大炎上した4/24発売予定の本です。)周囲の「困った人」を心理術で「うまく動かす」と書かれてあり、まさに管理主義というか支配的というか・・以前私がイヤ~な思いをした「優生思想」という言葉にも繋がりそうですよね。本の内容も、周囲にいる「困った人」を障害名・病名等でレッテル貼りをして「困らせられている」「尻拭いをしている」方々へその取扱いを説明をするというものらしいのです。しかもイラストで「困った人」は動物の顔になってるんです。
・・今の世の中にここまで堂々と差別本を出せることに私は驚きました。

カウンセラーという立場の人が「困った人」と「困らせられてる人」を分断してどうしようというのだろうね、ホントに。

・・しかしこの本を称賛・擁護する層も一定数いて、何か私は絶望すら感じました。だってうちの子は知的障害者だし、私は更年期障害(もう過ぎたけど・・)だしね(笑)
(注:本の帯では「更年期障害」も困った人の一例に挙げられてますw)

なんだか銀ちゃんが森で暮らした気持ちがわかるような気がします。私は昔から「世捨て人」志向みたいのがあって、世の中が嫌になったら昔の人みたいに山に庵を作って世捨て人になりたい、って思ってしまうのです。
(ああ、世捨て人になりたい!)

閑話休題

銀ちゃんの「絵本の村」には学校に行けないお子さんも来るそうですが、絵本の村で自然と共に暮らすうちに皆「好きなこと」「やりたいこと」を見つけて村を出て学校に行ったりするそうです。講演会では歩いて日本一周をしている青年が紹介され、銀ちゃんとトークライブをされましたが、テントとか衣類とかを背負って人に助けられながら日本一周をしているそうです。それを応援し助けてくれる人々がとても温かいのだとか。

そこにあるのは「愛」。分断じゃなく「愛」なんだと思います。
そしてその様な村を作るのもまた「愛」なんじゃないかな、「分断」じゃなくてね。

人が自然の一部として生きるのであれば、そこに「困った人」も「困らせられる人」もないわけです。人が人にレッテル貼りをするなんて烏滸おこがましいにも程がある、神でない人間にできやしない。
それは神に対する冒涜です。

しかし世間はますます世知辛くなり、支援職(カウンセラー)の立場にある人でさえ分断をあおるのだから、どうしたらいいのかしらね。
逃げるのではないけれど、もはやそういう人種とは私は一緒に居られないのだと思います。

銀ちゃんの話からなんちゃらカウンセラーのトンデモ本の話にまでいっちゃいましたが、取り敢えず庭にトマトときゅうりの苗を植えたので、頑張らない家庭菜園から始めてみようと思います。



では、とりとめのない話を最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。


*山納銀之輔さんの本『ハッピーサバイバル』はこちら。


*同じく『天を味方につける生き方』はこちら。



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