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「恋愛体質」第10話



恋愛体質:date


『桃子と重音』

錫原すずはら桃子とうこ・雑貨店勤務。怪我でバレリーナを断念
鷺沢さぎさわ重音かさね・重機オペレーター。両親は音楽科


1.trauma

 はじめて「彼」と呼べる相手ができたのは高3の秋のことだった。
 バイト先の後輩の紹介で出会った、ひとつ下の車好きの少年。4月生まれの彼は春休みに教習所に通い「車の免許を取得する」と言っていて、卒業を控えた桃子とうこが免許証を持っていないことをひどく残念がっていた。というより「信じられない」といった様子。
 今思えばあれは「免許を持っている人」ならだれでもよかったのではないかとさえ思うすれ違いの多い関係だった。
 結局彼は教習所で知り合った年上の女性といい仲になり、その後できちゃった結婚をしたと聞いた。

 中等部からずっと女子高だった桃子とうこの記憶にある「男の子」は小学生で止まっていて、はじめての彼が「年下」ということも手伝って淡い恋心に浸る余韻を感じられないほど妙な力が入っていたのかもしれない。
 ファーストキスも初体験も「知らない」と言えないままに流され応じた。自分にはそれが精一杯で、だいぶ頑張っていたつもりだったのだ。でも結果は「なにを考えているか解らない」と言われて振られてしまった。

 最初が悪いとあとはもう楽しむことができない。女子高の友人は耳年増ばかりで知ったかぶりと見栄にまみれていて、なにひとつ大切な情報は入ってこなかった。
 結局、自分は結果的に「捨てられるん通り道なのだ」と感じながら始まる恋に期待は打ち砕かれ、なにひとついい思い出など残す価値もないと悟った。

 大学に進学してすぐ、慢性の怪我がもとでクラッシックバレエができなくなってしまい、度重なる挫折に打ちひしがれていた頃雅水まさみと出会った。雅水はいつもなにかに夢中で、会うたびごとに新しい情報にまみれキラキラとしていた。自分もそんな風になにかに「夢中になりたい」という羨望と憧憬から、人見知りとは思えない速さですぐに打ち解けた。

「ちょっと言いづらいんだけどさ。鷺沢さぎさわが桃子のLINE連絡先知りたいっていうんだけど、教えてもいいかな?」
 忘れたころ、とまではいわないが妙なタイミングでの打診だった。
「え、なんで?」
「あたしと雅水まさみは街コンでLINEの交換してるけどさ、桃子はだれともしてないじゃない? ムリに繋がることもないと思うけど、知りたいって言われたから一応『確認してから』って答えたんだけど」
 申し訳なさそうに話す砂羽さわの言葉が引っ掛かる。
「そう」

 鷺沢重音かさねは友人である砂羽の同級生であり元カレだ。街コンがきっかけで「偶然再会した」というものの、そこが気にならないわけではない。
 つい1ヶ月ほど前に一緒にバーベキューをした。自分とはただそれだけの間柄ではあるが、結果的に唇を許すことになった彼には大いに興味をそそられる部分はあった。しかしながら「元カレ」というワードが頭から離れない。今はまったく係わりはないらしい。だが、ひょっとしたら先日のバーベキューの時のように頻繁に会うこともあるかもしれない。

 「ムリしなくてもいいよ」と砂羽は言う。だが、まったく知らないというわけでもなければ、間には砂羽がいる。複雑な心境ではあるが、
「別にいいよ」
 興味が勝った。
「ホント?」
 どうやら砂羽には意外だったようだ。その様子を窺う限りひょっとしたら断った方がよかったのだろうか、とも思った。
「うん。連絡先くらいなら」
 本当に連絡が来るとも限らないし、という言葉は飲み込んだ。


2.girls talk

 珍しく3人の休みが重なった祝日の前の晩のこと。久しぶりにゆっくり話そうと、いちばん片付いている桃子とうこのアパートに集まった。

「連絡先教えろって言われた? 元カレに」
 すかさず自分の背中側に位置するキッチンで、世話しなく手を動かしている桃子を振り返る雅水まさみの興奮はただならぬものだった。
「そう。だから一応桃子に確認した」
 来る途中唐揚げ専門店で買ってきた手羽先を、わざとガサガサ音を立てて広げる砂羽さわ
「桃子はなんて?」
 至近距離から砂羽の顔を凝視する雅水の圧が強い。
「別にいいよ、って」
 こちらは意図的に小声で答えた。
「へぇ」
 それは理解、というよりは半ば信じがたいといった様子で、再度桃子を見かえす。
「すぐできるから」
 気づいて微笑む桃子の耳にこちらの会話は届いていない。苦笑いの雅水は誤魔化すように左手をあげた。

「へぇ、だよね」
 大袈裟にならないようついでのように話したつもりの砂羽だったが、どう話したところで雅水相手ではなんでも一大事になってしまう。居酒屋でまた注目を浴びるより、個人の部屋なら多少の大きい声は軽減されるかと、数週間前に鷺沢さぎさわ呼び出待ち伏せされた旨を告げたのだった。

「連絡先が知りたいってことはぁ」
 しばしの沈黙のあと耳打ちする雅水のその表情は好奇に満ちており、興味津々を隠し切れない。おかわりを待ちきれない子どものようななんとも言えない高揚感がかえって砂羽を冷静にさせた。
「その顔、桃子の前ではやめてよ。詳しく話してないんだから」
 言い終えて待ちきれず、鶏手羽の塩焼きにかぶりつく砂羽。
「だから小声で言ってるじゃない。どういうこと?」
「そういうことみたいよ。ひとめぼれなんだってさ」
 こちらも小声でもごもご、さもあらんと答える。
「ひとめぼれ!? 今どきそんなことあるの」
「しっ! 今どきもなにも、街コンでマッチングするのだってそんなようなもんじゃん」
 あくまでもなんでもないことのように流したい砂羽だが、
「そうだけどー」
 雅水は騒ぎたい衝動を抑えきれないのか、眉間のあたりの動きがおかしい。

「なんか意外」
 自分も手羽先に手を伸ばしつつ、頬張ろうとして手を止めた。
「なにが?」
「だってあんたの元カレでしょー。まるでタイプが違うじゃない、あんたと桃子じゃ」
「そっち?」
「そっちよ」
「まぁ。それが本命だと思うよ、あいつの好みを考えれば」
「じゃぁあんたはなんだったのよ」
「若気の至り」
「はっ。桃子は知ってるの? ひとめぼれって話」
「言ったら構えるじゃないっ。ただ連絡先知りたい、ってだけ伝えた」
「ふぅん」
 おやさしいことでと頷き、まじまじと桃子に熱い視線を送る雅水に「おい」と小さく突っ込みを入れる砂羽。

「はい、お待たせ」
 キレイに盛られたサラダを手にテーブルに着く桃子。
 ベビーリーフの上に無花果とモッツァレラチーズのマリネ、ドライフルーツとナッツのコンフィが添えられたサラダ。
「うわぁ美味しそう。無花果のサラダって初めて」
 即座に態度を翻す雅美に目を見張るも、
「あたしもケーキとかでしか食べたことなかったよ」
 と、つられて無花果の姿に目を奪われる砂羽。
「夏の無花果より、今の時期の方が甘いらしいよ」
 取り皿を手渡しながら「あたしも生はあまり食べたことがないんだ」と嬉しそうにする桃子。

「どうしたの、これ」
「いつも来てくれる常連さんがね、戴き物だけど出掛けるのに荷物になるから~って、くれたんだ」
「へぇ。常連さんなんているんだね」
「いつも違う女の子と来るおじいちゃんなんだけどね」
「なにそれ。あやしい~」
「なにしてるひとか知らないんだけど。いつも若い子と一緒に来てアクセサリーとか買っていってくれるんだよね。で、たまに差し入れを持ってきてくれるの」
「へぇ」


3.fixed format

1日目。

鷺沢さぎさわです
小柴にLINEを聞いた
              19:17

以後よろしく
         19:18

こちらこそよろしくお願いします         

俺のことなんか聞いてる?
               20:02

とりあえず連絡先を知りたいとだけ

なるほど
       20:18  

2日目。

LINEは迷惑か
           18:07

そんなことないですよ

ならよかった
         21:09

3日目。

迷惑でないとしても時間帯が解らん
                   17:46

別にいつでも構いませんが、
こちらも仕事中は返信ができないのでその時はごめんなさい

それは構わない
          20:34

なんだかLINEだとイメージが違いますね

LINEは苦手だ
直接話す方が面倒がない
              20:46

確かに、そうかもしれませんね

いきなり電話番号を聞くのも憚られた
                    20:54

お気遣いありがとうございます
でも、LINEでも通話は可能ですよ?

LINEで電話もできるのか
                21:13

はい。無料通話ができます

へえ
実はLINEも初めてだ
              21:42

仕事は全部電話で済ませる
               21:42

鷺沢さんらしいですね

4日目。

実は話がしたくてLINEを聞いた
                   22:16

そうなんですね

直接会って話がしたい
             23:54

5日目。

直接会うのがイヤならLINEでも構わない
                       21:34

そういうわけではないのですが
ちょっと恥ずかしいです

なにが恥ずかしい
           22:02

それは、こちらの事情です

ふたりがイヤなら小柴と一緒でもいい
                     22:24

そういうわけではないのですが

LINEはやっぱり面倒だな
顔を見ないと解らない
                22:56

6日目。

俺はやっぱり怖がられているのか
                  16:46

そういうわけではありませんが

そればっかりだな
           19:36

すみません

7日目。

やっぱり会えないか
            22:23

8日目。

いいですよ

会ってくれるのか
           21:08

はい

いつ会える
        21:22

休みはいつ?
         21:22

わたしは仕事がら土日は休みではありません
前もって申請すれば可能ですが

平日は雨が降れば休みだ
              21:34

それは難しいですね

平日でも早く終われば夜でも
                22:44

9日目。

夜はまずいか
         19:18

早番であれば7時には上がれます

7時だと俺がギリギリだ
待たせることになる
              21:43     

それは問題ないと思いますが
やっぱり土日にしますか?

いつになる
        22:09

今月は無理なので、来月の2週目くらいになりますが

なるべく早く会いたい
             22:19

急ぎの話でしょうか

そういうわけではないが
              22:22

明後日なら早番です

じゃあ明後日にしよう
迎えに行く
             22:34

どこに行けばいいですか?

駅ビルなら改札か
           22:46

車で来られますか?
その時間帯駅前は混雑してると思いますが

ならどこがいい
          23:02

どちらから来られますか?

日によって現場が違うが一度帰ってから向かう
待たせることになるが、家はどこだ
                        23:16

最寄り駅はーーですが、そこからバスになるのでわかりにくいと思います
どこで待つのがいちばん近いでしょうか?

なら、同じ沿線のーーーのロータリーで8時に
                        23:25

解りました


4.wavering heart

 ここ1週間ほど、鷺沢さぎさわとのLINEのやり取りが続いている。
 砂羽さわに連絡先を「教えてもいいか」と尋ねられた日から数日、多少なりとも緊張していたかもしれない。すぐに連絡が来るとも思っていなかったが、1週間とあけずその日はやってきた。

 最初は本当にあいさつ程度だった。

俺のことなんか聞いてる?

 それは、砂羽との間でなにかあっての言葉なのだろうかと訝しんだ。
 なにより気になったのはBBQの日のキス。

 砂羽に話したのだろうか。
 だとしたらなぜ砂羽はなにも言ってこないのだろう。

 LINEが苦手らしい鷺沢は、LINE自体が初めてだといった。
 それは、
(わたしとLINEするために始めた?)

 うぬぼれてもいいのだろうか。
 だが、どうだろう。
 勘違いして恥をかくのは自分だ。

 そして4日目、

直接会って話がしたい

 突然の展開に動揺し、部屋の中をうろうろと歩き回った。
 すぐには返事が出来なかった。

 ふたりきりで!?
 考え過ぎだろうか。
 どう受け取ればいいのか、結局返事は出来なかった。

 彼は自分の風体から「怖がられている」と思っているらしい。
 ちょっと安心して、少し笑った。
(コワい……?)
 さすがに最初は苦手だと思ったかもしれない。だが、話してみればそんなに悪いひとではないのだと解る。ただあのキスは、勢いだったのかその場のノリだったのか真意が知りたい。

なるべく早く会いたい

 気のせいではなく、明らかに心が揺れていた。

 どうしよう。
 会いたくないわけではない。でも怖い。なにが?
 彼は悪いひとではない。でもいざ会うとなると委縮する。やめる?
 でも今後も会わないとは限らない。
 けど、今後会うことがあるとも限らない。
(会えば気持ちがはっきりするだろうか……)

 あぁどうしよう。
 砂羽に相談すべきだろうか。でもなんていう?
 一緒に会ってもらった方がよかっただろうか。でもなんと言って?
 彼は砂羽の元カレで、砂羽はどう思うだろう。
「でも、黙って会うのもどうなの?」
(だけどなんで会う気になったか説明しないとダメかしら)

「あぁどうしよう」
 なにが正解?
 会うだけなら別にどうってことないはず。でもやっぱり怖い。
 どういうつもりで会いたいなんて言ってきたのかしら。
(話があるって言ってた)

 雅水まさみにいう?
 でもそれなら砂羽にいうのが道理?

 解らない。

どうすればいいのか解らない

 砂羽にLINEを打って、消す。

彼から連絡来たよ

(報告した方がいいよね。一応流れとして……)

 送信後スマートフォンを閉じるとすぐ、電話がかかってきた。
「砂羽……!」
『大丈夫? なんかいやなことでも言われた?』
 心配する砂羽の声を耳にしほっとする桃子とうこ

「大丈夫だよ」
『そう。ならいいけど、』
 砂羽もなにか言いた気な様子ではあったが、それ以上はなにも言わなかった。
「あのね」
『うん』
「会いたいって言われたんだけど」
『うん』
(どうしたらいい?)
 それを聞くのは筋違いだろうか。
「ちょっと…」
『桃子はどうしたいの?』
「え」
(わたしはどうしたい?)

 わたしは……。


5.meal

「あの日はすまなかった」

 話があると言っていた。
 席に着くなり頭を下げるということは、やっぱりあのキスはその場のノリだったということだろう……か。

「そんな風に謝られたら」
 自然と顔がうなだれる。
「だが、悪いとは思っていない」
(え?)
「いや。いきなりで悪いことをしたとは思うが、後悔はしていない」

 視線が熱い。
「あの時はそうしたいと思った。おまえが、あまりに」
 かわいくて、といったその顔があまりにも真顔だったのでますます顔を上げられなくなってしまった。

 待ち合わせの駅前のロータリーに着いたのは待ち合わせの時間ギリギリだった。
 時間には余裕があった。その日はなにごともなくスムーズに仕事が進み、いつもなら10分20分軽く過ぎてしまう帰宅時間も、思いのほか早く上がれた。
(こんな日に限って)
 約束の駅まで15分。各駅に乗っても20分。約束の時間には全然余裕で着くことができた。
 電車に乗るまでは平気だった。だが最寄り駅に着いた途端怖気づいてしまい、まっすぐトイレへと向かった。化粧直しをし、髪をまとめたりほどいてみたり撫でつけたりを繰り返し、結局ハーフアップに落ち着いた。そうして何度も身なりを整えるうち時間ギリギリになってしまった。

 自分が思う以上に緊張していた。

 車は黒いミニバンだと言っていた。車に詳しくはない桃子とうこだが、なんとなくピカピカな車を探せばいいかなという予想をしていた。

 思った通り黒光りしていて、指紋をつけることすら憚られるような車体が目につき、助手席の窓越しに覗くと彼はスッと運転席から降りて来た。
 ここに車を停めたまま出掛けるのか、と思っていると彼は助手席のドアを開け「時間ぴったりだな」といった。
(遅れなくてよかった)
 胸をなでおろす心持ちで助手席に乗る。

 彼は「なにがいいか解らない」といいながらも、特にこちらの要望を聞くでもなく車を走らせ、繁華街から離れた場所へと車を走らせた。
 街灯の明かりばかりが目立つ閑静な場所に入ると、解りやすく古風なレストランが現れた。塀に囲まれた一見普通の家に見える瓦屋根の建物は、知る人ぞ知るといった感じの古民家の佇まい。それでも駐車場には数台の車が停まっており、それなりに賑わっているようだった。

(こんなところ知ってるんだ)
 無骨な男がおよそ選ばなそうな雰囲気に、彼の意外な一面を見ることができる。
「和食がメインだが、グラタンとかパスタとか女子が好きそうなのもあるぞ」
 そう言ってメニューを差し出す彼は既に注文が決まっているようで、こなれた感じがした。
「よく来られるんですか?」
「会社の付き合いで何度か使ったことがある。古臭いけど飯がうまいんだ」
 そんなセリフを吐くあたり、どうやらいろいろと考えてくれたらしいことを知る。
「魚が食べたくなるとここに来る」
「へぇ」
 厨房に見える店員は作務衣姿で「魚」という彼の言葉がしっくり来た。
「じゃぁわたしは、このカレイの煮つけ御前にします」
 こんな時なにを選ぶのが最善なのかいつもなら悩んでしまうところだが、そんな気負いはなぜか彼の前では必要ないと思えた。

「謝った上で、改めて言おうと思ってた」
「はい」
「あの日もあまり話せなかったし。連絡先を聞いたからといってメールで謝るのもなんだし。だから会えればと」
 とても言いにくそうに、且つ真摯に彼は話し始めた。
「そうだったんですね」
 別に気にしなくても、と言いかけてそういうレベルの話ではなかったかと考え直す。

「普段からあんなことをするわけではない。むしろオレは慎重派なんだ」
「そう、なんですか?」
 なんとなく失礼な言い方になってしまった。
「また敬語になってる」
「ぁ、すみま……えーと」
「おいおいでいい」
「はい」
「つまり。これからもこうして会ってくれるか?」
「え。あ、ふたりで?」
「だめか?」
 ダメじゃない。ダメではないが、なんと返したらいいのか。

「オレはつきあいたいと思ってる。その辺も踏まえて、考えてほしい」
「え。……あぁ、はい。解りました」
(あ、解りましたって言っちゃった)

 そんな風にストレートに言われたのは初めてだった。




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ひらさわ たゆ まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します