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欲しがらない女|奇譚の縁側(怪異の吟味シリーズ⑭)

引き出しの奥から、小さな小槌が出てきた。

昔、どこかの土産物屋で買ったものだと思う。
赤い紐がついていて、金色のところが少し剥げていた。

捨てるほどではない。
飾るほどでもない。

私はしばらく見てから、ほこりを拭いた。

すると、小槌が小さく震えた。

「欲しいものはないか」

私は手を止めた。

「しゃべりました?」

「欲しいものはないか」

「打出の小槌ですか」

「そうだ」

「本物?」

「そうだ」

「土産物ではなく?」

「失礼だな」

私は小槌をテーブルに置いた。

「欲しいものを出せるんですか」

「出せる」

「何でも?」

「だいたい」

「だいたい」

「人間は、そこを聞くな」

「そこが大事なので」

小槌は、少し偉そうに転がった。

「欲しいものを言え」

「欲しいもの」

私は考えた。

欲しいものはある。

ないわけではない。

「ミッフィーとか」

「ぬいぐるみか?」

「そうなるんですかね」

「違うのか」

「展覧会とか、カフェとか、限定品とか、いろいろあるので」

「欲が枝分かれしているな」

「最近はそうです」

「では、ぬいぐるみを出すか」

「置き場所が」

「置き場所」

「もう何体かいるので」

「では、別のものを言え」

「ゴッホ展」

「展覧会は出せん」

「ですよね」

「絵なら出せる」

「本物ですか」

「欲しいのだろう」

「いや、本物は困ります」

「困るのか」

「保管も保険も説明もできません」

小槌は黙った。

「では、複製」

「それは普通に買えます」

「面倒だな」

「すみません」

私はもう少し考えた。

「ムーミンとか」

「フィンランドにおるやつか?」

「そこからですか」

「違うのか」

「いや、合ってるんですけど」

「出すか」

「本人を?」

「本人というか」

「それは誘拐では」

「人間は細かいな」

「相手の都合があります」

「では、グッズ」

「置き場所が」

「またか」

小槌は、ころんと向きを変えた。

「もっと、大きいものを欲しがれ」

「ヴァチカンにしかない古書とか」

「何に使うんじゃ」

「見たいだけです」

「読めるのか」

「たぶん読めません」

「では、なぜ欲しがった」

「言ってみただけです」

「言ってみるな」

「重要機密とか」

「多すぎるだろ」

「出せるんですか」

「出せるか」

「ですよね」

「だいたい何に使いたい」

「使い道はないです」

「欲しがるな」

「ちょっと試しただけです」

小槌は、少し疲れたように見えた。

「普通のものを欲しがらないのか」

「普通のものって、例えば何ですか」

「金」

「え?」

「金だ。人間は金を欲しがる」

「現金ですか」

「そうだ」

「それ、納税増えますよね」

「納税」

「確定申告してくれます?」

「しない」

「区分は何ですか」

「区分」

「雑所得ですか。贈与ですか。謎の収入ですか」

「知らん」

「知らないお金は怖いです」

「金だぞ」

「出どころの説明ができないので」

小槌は、しばらく黙った。

「宝飾品はどうだ」

「たくさんあっても、せいぜい一つくらいしかつけないです」

「一つなら」

「そもそも、あまりつけないので」

「では、家電」

「基本あります」

「新しいものを」

「二個あると置き場所に困ります」

「では、車はどうだ」

「駐車場はついてきますか」

「ついてこん」

「車庫証明は?」

「知らん」

「車だけ出されても困ります」

「海外旅行」

「有給があまり残ってないです」

「人間は、欲がないのか」

「あります」

「あるのか」

「あります。でも、持つとなると話が変わります」

小槌は、ころころとテーブルの上を転がった。

「では、何なら欲しい」

私は少し考えた。

「絡まらない物干し」

「地味だな」

「毎日使います」

「もっとないのか」

「きゅうり」

「買え」

「ですよね」

「他には」

「グミか、柔らかいせんべい」

「買え」

「ですよね」

「普通に買えるものばかりではないか」

「そうなんです」

「では、わしを呼ぶな」

「呼んでないです」

小槌は、赤い紐を揺らした。

「もっと、願いらしい願いを言え」

「願いらしい願い」

私はスマホを見た。

少し前から行きたい展覧会があった。

「ゴッホ展のチケット」

「出そう」

「ただし、平日の午前中で」

「うむ」

「人が少なめで」

「うむ」

「雨ではなくて」

「天気までか」

「帰りにお茶まで行ける日がいいです」

「細かいな」

「あと、混雑しない回で」

「それは小槌の管轄外だ」

「ですよね」

「チケットだけなら出せる」

「行く日の調整が一番大変なんです」

小槌は黙った。

私はスマホのカレンダーを開いた。
空いている日を探した。

月曜日は用事。
火曜日は買い物。
水曜日は少し疲れていそう。
木曜日は雨かもしれない。
金曜日は混みそう。

「人間は、本当に面倒だな」

「欲しいんですけどね」

「欲しがっているように見えん」

「行ける状態ごと欲しいんです」

「それは大きいな」

「大きいです」

小槌は、少しだけ考えたようだった。

「では、チケットを出す」

「日時指定ですか」

「日時指定だ」

「変更できますか」

「できん」

「では、やめておきます」

「なぜだ」

「その日に体調が悪かったら困るので」

小槌は、テーブルの上で完全に止まった。

私はスマホを持ち上げた。

買い物メモに、

グミ
柔らかいせんべい
きゅうり

と入れた。

小槌が小さく震えた。

「それは、わしでなくてもよい」

「はい」

「本当に、何も出さなくてよいのか」

「では」

「では?」

「展覧会の混雑状況だけ、ほどほどにしてください」

「それは管轄外だ」

「ですよね」

私は小槌を元の引き出しに戻した。

「本当にいいのか」

そう聞こえた気がした。

「はい」

「あまり長いこと使わんと、ヒビが入るぞ」

「ヒビ」

「小槌にも都合がある」

「それは先に言ってください」

私は少し考えた。

「分かりました。なんか考えておきます」

「なんかで振るな」

私は引き出しを閉めた。

買い物メモには、

グミ
柔らかいせんべい
きゅうり
展覧会の日程確認

が残っていた。

あとがき
なし

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