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ヤモメさんと私(短編小説)

2008年の、2月…

一人暮らしの「ヤモメさん」の部屋に出入りするようになって、ひと月。
私は週に3、4度ほど、ヤモメさんの部屋を訪れる。

ヤモメさんが住むワンルームマンションは、私の実家からは原付で5分ほどのところにある。
ヤモメさんが帰宅する頃を見計らって、私は部屋に行くのだ。

たいていは、ヤモメさんと二人で酒を飲み、私は日の変わる頃に自宅に戻る。
そんな日が、続いていた。

ヤモメさんの部屋には行くが、男女の関係はない。
いつも、酒を飲んでテレビを観ながら、他愛もない話をするだけである。

酒のつまみは、お菓子やチーズ、時には生ハムなど。
およそ食事とはいえない、まさに「アテ」である。

「ヤモメさん、ちゃんとしたご飯食べてないんちゃうん」

私がそう言うと、

「ま、俺はそれほど食べへんからな。酒のアテくらいで、ちょうどいいねん」

と、ヤモメさんは言う。
実際、小さな冷蔵庫には、缶チューハイしか入っていない。

「酒のアテいうても、お菓子ばっかりやったら、体に良くない」

見るに見かねた私は、ヤモメさんの部屋に食材を持ち込んだ。
しろ菜、牛肉薄切り、平天。
祖母から母、母から私へと受け継いだ「菜っぱの炊いたん」を作ろう。
これなら、酒のつまみになるし、栄養バランスも良い。

まず、しろ菜をざく切りにする。
牛肉も、適当な大きさに。
平天は、半分に切ればよかったかな。

それらを鍋にぶち込み、かぶるくらいの水とダシの素、醤油、みりんを加える。
砂糖は後で味を見ながら足そう。

冬菜炊くやもめ暮らしの君のため

ヤモメさんとの最初の出会いは、職場である。
私が息子を出産して、すぐに入社したのがヤモメさんが働く職場だった。
当時はヤモメさんも結婚していて、私の息子より1歳上の子供がいた。

ヤモメさんは、実に地味な見た目をしていた。
中肉中背でメガネをかけた顔、細い目の奥で何を考えているのか、まったくわからなかった。

だから、ヤモメさんのことを「男性」として意識したという記憶は、あまりない。
私もその頃は前の夫と結婚していたので、なおさらである。

私が仕事を辞めてからも、ヤモメさんの職場には、時々行く機会があった。
時には、ヤモメさんと言葉を交わすことも。

そうして少しずつ打ち解け、ヤモメさんに「一回飲みに行こうよ」と言ったのが、ちょうどひと月前。
お互い、独身に戻っていた。

一緒に酒を飲んでみると、ヤモメさんは存外面白い人であることがわかった。
とにかく天然で、言うことがいちいち面白い。
居酒屋は高くつくという理由で、ヤモメさんの自宅で飲むようになるまで、それほど時間はかからなかった。

「菜っぱの炊いたん」が完成した。
湯気が上がるそれを、適当な器に盛る。

「ヤモメさん、できたで」

私が座卓に器を置くと、ヤモメさんは冷蔵庫から缶チューハイを取り出した。

「飲むやろ?」

と言って、私にも1缶よこす。
もちろん、飲む。
これが飲まずにいられるか。

こうしてひとつ屋根の下で、いい年の男女が酒を飲んでいるというのに。
その「先」がないとは、どういうことだ。
こちらには、大いなる下心があるというのに。

ヤモメさんが私に手を出す気配は、全くない。
先日、私は冗談めかして言ったことがある。

「ヤモメさん、もう付き合ってしまおか」

ところが。

「いやぁ、俺今、女とか考えられへんわ」

この答えである。

ヤモメさんは、どこか人を寄せ付けない部分があった。
前の奥さんと離婚して以来、女性不信になった、ということもチラっと聞いていた。

仕方ない。
とりあえず「飲み友達」という立ち位置をキープしながら、私はヤモメさんとの時間を過ごしていた。

菜っぱをつつきながら、ヤモメさんとチビチビ飲む。
ちらりとヤモメさんを見る。

シュッとした輪郭、メガネが似合う涼やかな目元。
鼻梁は細く、薄い唇は口角が上がっているおかげで、いつも微笑んでいるように見える。

キレイな顔。
私の好み、ど真ん中なのだ。
この顔を見ながら酒を飲めるというだけでも、私にとっては幸せであった。

でも、もう我慢できない。
そろそろ限界が近づいている。

ヤケ気味に缶チューハイを飲み干すと、私は賭けにでた。

「ヤモメさん、今日泊ってもいい?」

「えっ?」

さすがにヤモメさんも、驚いたようだ。
これまで私は、夜のうちに実家に帰っていたからである。

「帰るの、めんどくさくなってきた」

「まぁ、別にいいけど…布団、ひとつしか無いで?」

…そこかよ。
そんなこと、知ってるし。

「ヤモメさんも私も、それほど大きい方じゃないし。布団ひとつで寝れるんちゃう?」

「まぁ、いけるやろな」

この時、ヤモメさんの目は泳いでいた。

いつもなら私が実家に戻る、夜0時。
ヤモメさんは、6畳の部屋に布団を敷いた。
手ごろなクッションを枕代わりに、私はヤモメさんの隣へと体を横たえる。

「寒い?」

ヤモメさんの声は、どこかぎこちなかった。

「ん、いけると思う」

ヤモメさんに背中を向ける恰好で、私は毛布を引き寄せる。

「寒かったら、もうちょっとこっちに寄ってもいいで」

と、ヤモメさんが言うので。
思いきって、その細い体に抱きついてやった。

ヤモメさんは、何も言わずに私の体を抱き寄せてくれた。

「心臓、めっちゃドキドキ言うてる」

照れ隠しのように、ヤモメさんがつぶやく。
実際、ヤモメさんの鼓動が早くなっているのが、私にもわかる。

かくいう私も、ヤモメさんのことはとやかく言えない。
緊張と喜びで、心拍数がこれ以上ないくらい、上がっている。

ヤモメさんの体に足をからめてみる。
ふと。
覚えのある硬さに、膝が触れた。

「ヤモメさん、これ…」

「あ、うん…」

「食っていい?」

緊張のあまり、下品な良い方になってしまった。

「あ、まぁ、いいけど…」

答えたヤモメさんもまた、緊張していたのだろう。

挿絵・伊集院秀麿氏


けるに鼓動重ねて初枕

その後は、酒の酔いも手伝って眠り…
うつらうつらしながら、冬の遅い朝を迎えた。

シングルの布団にふたり朝迎え

照れくささを隠しながら、お互い何もなかったように布団を片付け、ヤモメさんは仕事へ。
そして私は実家へと帰る。

その後、週のうち半分ほどの夜を、ヤモメさんの部屋に泊まるようになった。
そうなると、決まって身体を重ねる。

しかし、ヤモメさんはいくら私を抱いても「好きだ」とは言ってくれなかった。
はっきりしない関係のまま、ヤモメさんは一軒家を借り、引っ越した。

そして3年が過ぎた、6月も終わりという夜。
ヤモメさんと私は、庭に面した縁台で肉を焼きながら、酒を飲んでいた。

「あのな、とりあえず『うん』て言うてくれへん?」

私は切りだした。

「ん?」

ヤモメさんは、私の言葉に並々ならぬものを感じたのか、肉をつまんでいた箸を下ろした。

私は一気に畳みかける。

「あのな、もうちょっとで親父が定年になるねん。そしたら私、社会保険がなくなるねんな。扶養家族じゃなくなるからさ」

「うん」

「そやから、籍、入れへん?私がヤモメさんの籍に入ったら、社会保険と厚生年金がもれなくついてくるし。ヤモメさんはヤモメさんで、扶養控除がつくから、税金がお得になるで」

「なるほどなぁ…別にいいけど、普通そういうこと、男から言わへん?」

「でもヤモメさん、待ってたら一生言うてくれへんやろ」

「いやでも、俺かて中途半端に考えてたわけとちゃうで」

ヤモメさんは、「しゃあないなぁ」とでも言いたげに、頭をかいた。

「で、いつにする?月末にする?一日いっぴにする?」

「そこはまぁ、一日いっぴやろな」

かくして、私とヤモメさんは、めでたく入籍した。
2011年、7月1日のことであった。

あれから10年が過ぎ…
ヤモメではなくなったヤモメさんは、仏師を目指している。

そして私はというと、俳句にどっぷりハマりながら…
ヤモメさんの部下として、再び同じ職場で仕事をしている。

【終わり】

#創作大賞2022

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