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欧米市場への切り込み方 「偏愛」を武器に、価値を生み出す

グローバル経済のなかで「経済弱者」とラベリングされたとしても、卑下することはない。むしろ、思いきってその立場を受け入れてしまえばいい。
そこに戦略と戦術が伴えば、きっと道は切り開かれる——そう信じて動けばいいのではないか。

頭をよぎるのは、「付加価値」をどう生み出すかという問いだ。

そして忘れてはならないのは、自分自身が媒体であるという事実だ。

コロナ禍で思考を深める中で出会った、孫泰蔵氏の著作(『冒険の書』など)は、自分にとってよき問いのパートナーとなった。それは、これまで無意識に身につけてきた旧いOSや価値観を「アンラーン」する勇気を与えてくれた。

今、そのとき3歳だった息子は小学生となり、日本の旧来の教育システムに触れている。そこに一抹の躊躇もあるけれど、「人との付き合い方」の入門編として、まあ気楽にいこうと思える。
一方で41歳の中年にとっての学び直しは、そう軽くはない。

今回の旅は、まさにそんな自己のアンラーンを促すブートキャンプでもあった。

付加価値とは何か? 言い換えるなら、それは「特異性」だ。

自分にとってのそれは、旅・文化・新領域という三つの行為に集約されている。

旅は、文字通り人生そのもの。これまで100を超える国と地域を訪れてきた。人からは「異常」とも見られるけれど、ただただ好奇心のままに足を運んできただけだ。
稼ぎがあれば、まず移動と旅に使う。結婚しても、子どもができても、衝動は抑えがたい。

次に文化。最近は、「茶道・武道・華道」などのハイカルチャーと、「ヒップホップ・モッズ・ガングロ」といったカウンターカルチャーを、勝手に分類している。
実際は、整理なんて無意味だ。むしろそれらを新たな言語(language)——英語やスペイン語と並ぶように、C言語やPythonのように——として再定義しようとしている。
文化とは、学ぶ価値のある言語なのだ。

最後に新領域。宗教、都市、商業施設、外交、発酵、ラーメン、テックフェス、ライフスタイル、クラフト……対象は多岐に渡るが、やっていることは一貫している。
それぞれのテーマに新しい可能性(領域)を見出し、提案し、事業として形にしていくこと。それが自分の仕事だ。

付加価値とは、本来「余剰」や「上乗せ」ではなく、飽くなき探求の果てに生まれるものだと思う。
意識して狙うものではなく、むしろ無意識レベルで考え、反射的に動いてしまっている行為の中に、宿るものかもしれない。

たとえば、1日1都市を巡る旅、同時多発的に物事を進め、下手でも構わず新たな文化に飛び込む——そんな自分の姿に、時に欧州の友人たちは呆れ、時に心配すらする。

けれど、それを見ていて思うのだ。

「好きこそものの上手なれ」じゃない。むしろ、「没頭こそ、ものの上手なれ」——そう言い換えたい、と。


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