河口湖畔の不思議な門の先に芸術家の情熱の世界があった 久保田一竹美術館【紀行文】
みなさんは、一枚の写真に心を奪われた経験はありませんか?
Instagramで見つけた不思議な門
ある日、Instagramをぼんやりと眺めていました。
流れてくる写真は、どれも美しく、撮影技術も見せ方もとても上手で、とてもかなわない、と思いながら見ていました。
そんな中で、一枚の写真がふと目に留まりました。
それがタイトルの門の写真です。

それは、なんとも不思議な門の写真でした。沖縄?インド?東南アジア?場所はわかりませんが、でも確実に異国の雰囲気。
まるで異世界への入り口のようだ、と。
一瞬で心を奪われてしまいました。
そこから調べてみると、山梨県の河口湖にある「久保田一竹美術館」の門だということが分かりました。
染色工芸家 久保田一竹
久保田一竹は、「辻が花染め」という技法で知られる染色家です。
私も時折着物を着るなど、割と興味はある方ですが、染色工芸となるとまったくよくわかりません。でも、調べた先の久保田一竹美術館のHPから、辻が花染めにも興味が湧いてきました。
その鮮烈な色使い、発色に何か強く惹かれるものがありました。
しばらく忙しかったので、時間が取れなかったのですが、先日の夏のある日ようやく河口湖に向かうことができました。
富士山を一望できる河口湖畔へ
私の住む静岡県東部から車で約1時間半。
静岡県東部から車で約1時間半。東富士五湖道路を進むにつれ、富士山の雄姿が次第に視界に迫ってくるようでう。河口湖ICで降り、しばらく一般道を走り、河口湖大橋を渡ります。
この河口湖周辺には、縄文・弥生期の遺跡が多く見つかります。中部高地と東海地方を結ぶ重要な拠点だったのではないかと考えられており、河口湖唯一の島・うの島からも縄文早期の遺跡があるそうです。
古くから人が住み、富士を眺め交流していた場所なのですね。
河口湖の北岸の湖畔には多くの観光施設が並んでいます。久保田一竹美術館は、そんな賑やかな場所からは少し離れた、静かな山手にありました。

ついにあの門が現実のものとして現れました。

写真で見た以上に、現実の門は圧倒的な存在感を放っていました。
インドの古城の門を幾重にも重ね創造した門には、不思議な空間――異世界への道が続いていそうな、そんな怖ささえあります。
まるで魔力に引き寄せられるように、私はその門へと足を進めました。
門の向こうに広がる別世界
門をくぐった瞬間、そこに別世界が広がりました。


目の前には静かな池があって、大きな錦鯉がゆったりと泳いでいます。その動きがとても優雅で、見ているだけで心が落ち着いてきました。
池の周りは計算され尽くした庭園なのですが、自然の息づかいも感じることができます。奥に見える滝音が静寂を破ることなく、むしろより深い静けさを演出しています。

木々は緩やかな起伏に沿って配置されていて、その間にはアフリカや東南アジア、世界各地から集められたプリミティブな壺や石像が石像が点在しています。
すべてが調和し、独特の一体感をつくっていました。これが久保田一竹の世界観なのでしょうか。その壮大さに早くも驚かされています。
さあ、その散策路の先には、白い珊瑚の堆積岩を積み上げ、ガウディを思わせる優美な曲線が映える美術館がありました。



不思議な扉たち
新館から美術館内にある庭園を一周できるようなので、本館の展示に先立ち散策をすることにしました。
一番印象的だったのは、庭のあちこちに設けられた「扉」でした。
ある扉は向こう側につながっていて、またある扉はただそこに存在するだけ。
「これらの扉は一体何を意味しているのだろうか?」
その謎についての思いを巡らせながら、ゆっくりと奥へと歩みを進めていきます。



この門の謎の答えは、このあと美術館本館に戻り、久保田一竹の作品展示を見て解けような気がしました。
久保田一竹は若い頃、シベリア抑留を体験されています。極寒の地で死の淵に立った時、生と死を隔てる境界線のようなものを感じ取ったのだそうです。
「ああ、あの庭の扉は、まさにその境界の象徴なんだ」
そう気づいた時、すっと門の謎が解けたような気がしたのです。
生と死、現実と夢、彼岸と此岸ーーいくつも存在する異界を想像させる門は、いま私たちがいる現実の物質世界と霊的な存在の世界の境界とは、たった一枚の門によって隔てられているにすぎないーー
仏教的に言えば、色即是空、諸行無常を示しているのかもしれません。

洞窟内に佇む普賢菩薩
せせらぎや美しい苔石、この暑い夏を忘れさせてくれる穏やかな木陰と風ーー気持ちよく庭園の散策を楽しみながら進むと、再び門が現れました。
ほろんだ古代の遺跡を思わせる門の先に、洞窟が見えます。

洞窟の中には二体の乳白色に輝く仏像が並んでいました。
嬰児を抱く母子像と静かな微笑みを浮かべた普賢菩薩の像でした。

柔和な表情を浮かべる普賢菩薩は、久保田一竹の御母堂の面影を映した特別にインドの仏師に掘ってもらったもの。
そこには、久保田一竹が経験した苦悩とその救済が美しく調和しているように感じられました。
ここを訪れる誰もが自然と手を合わせ、しばらく佇んでいました。
繊細さとダイナミズムの共存
庭園を一周し、いよいよ本館へ。
その本館の建物も驚くべき造形です。全体はピラミッド状になっており、そこに巨大な柱が突き刺さる、とてもダイナミックな構造になっています。

この美術館は、アカマツの自然林の中に建っている

本館内部は写真撮影不可だったのですが、中は巨大なヒバの柱に支えられた壮大な樹の空間が広がっていました。
「染色という繊細な作業をする人が、こんなに大胆な建築を考えるとは!」そう思いながら本館内に入り、久保田一竹の辻が花作品を見ると、このダイナミズムが通底するものだということが分かりました。
一竹の辻が花染めは、太陽のような熱いエネルギーと、深い静寂の冷たさを同時に持っているようです。
繊細さとダイナミズム、静けさと動き、冷たさと熱さ。相反する要素がひとつの作品の中で見事に調和していました。
迫力ある作品と戦争に翻弄されつつも、強く自分の道を歩まれた久保田一竹の紹介ビデオをみることで、より理解が深まりました。
本館内には、ミュージアムショップのほか、一息つける美しいカフェがいくつかあります。そのうちの一つに入りお茶をしました。




見えなくてもとても素敵なテラスでした
芸術と作家の魂
この美術館全体が、ひとりの芸術家の魂の軌跡を物語っています。
世界中で活躍し、多忙を極める中で収集したこだわりの石や工芸品。それらが、久保田一竹が魅せられこだわった意匠の一つである富士山を一望できる河口湖のほとりに集められました。
そして、久保田一竹の壮絶な世界観を体現する場所として降臨したのです。
苦悩と歓喜、死と生、東洋と西洋。対立するものが、すべてが溶け合って、一体となり独特の美の世界を作り出しているのだと思いました。
美術館を出て、再び散策路を歩きながら、あの門へ向かいます。
風がそよいで、木々の葉がささやくような音を立てていました。錦鯉は相変わらず、ゆうゆうと泳いでいました。

門を出る時、振り返ってもう一度その異世界への入口を見つめました。
訪れたときも、不思議な魅力を感じる異世界への入口でした。しかし、今こうしてその世界から帰ってくると、また違った印象があります。

ひとりの人間が人生をかけて辿り着いた境地への扉ーーそんな風にも見えます。
芸術とは、美とは何かという答えのない問いに、一つ答えるのであれば、それは人が魂から表現したいものを作り出し、それが見るものの心を揺さぶることなんだなと思います。
私は確かにこの場所で、久保田一竹という芸術家の魂に触れ、激しく心を揺さぶられたのです。
もしも河口湖方面に行く機会があったら、ぜひ足を運んでみてください。きっと、あなたも何か大切なものを感じ取れると思います。
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