第1章 同じ方向を向いているという前提
――説明する必要のなかった生活――
それは、前提だった。
言葉にしたことはない。確認したこともない。けれど、疑う理由もなかった。
まだ、それは「生活」のままだった。
その頃の出来事は、説明するためのものではなかった。ただ、生活として存在していた。親の暮らしがあり、畑があり、季節ごとの段取りがあった。誰かが大声で仕切るのではない。毎年、ほとんど同じ順序で季節が巡っていた。
春には土を起こし、苗床を整える。
夏には水を送り、枝を整え、実を収穫する。
秋には収穫を終え、次の季節の準備を始める。
冬には道具を手入れし、土を休ませる。
それは、毎年繰り返される生活だった。
私は薬剤師として働きながら、実家の近くで暮らしていた。「帰省」と呼ぶほど離れてはいない。日々の延長として、自然に行き来できる距離だった。だから、「手伝う」という感覚より、生活の中で自然に関わるという感覚の方が近かった。
朝、立水栓の前に立ち、蛇口をひねる。勢いよく噴き出した水は、地中の管を通り、桝で分かれ、それぞれの畑へ流れていく。この配管は、父と一緒に設計し、掘り、埋設したものだった。農業用水が使えない時期でも、畑へ水を送れるようにするためだった。
畑へ入ると、まず野菜を見る。
葉の張り方。
土の色。
昨日からの乾き具合。
足りていればそのままにする。足りなければ、出勤前に水を送る。平日は仕事がある。だから水やりは、時間で決めるものではなく、畑の状態で決めていた。
出勤しない日は、父と顔を合わせると、自然にその日の作業の話になった。
「今日は、ここを耕してくれ」
私は頷き、鍬を手に取る。
別の日には、
「水は、向こうから先に流そう」
私は立水栓へ向かい、蛇口を開ける。
特別な指示ではなかった。生活の中で、いつも交わされていた言葉だった。やがて父は、細かなことを言わなくなった。私が畑を見て、必要な作業を判断するようになっていたからだった。
作業を終えると家へ戻り、仕事へ向かう。白衣に着替え、処方箋を確認し、患者さんへ薬の説明をする。病院での仕事と、畑での作業は、私の中では切り離されたものではなかった。どちらも、同じ生活の中にあった。畑を見て、親の体調を気にし、必要があれば声をかける。誰かが指示を出さなくても、生活は滞ることなく進んでいた。
家族は、同じ方向を向いている。
私は当時、それを疑う理由を持っていなかった。根拠は、強い言葉でも、明確な約束でもない。積み重なってきた日常そのものだった。
けれど、その日常は、どこにも記録されていなかった。
記録する必要が、なかったからである。
このとき私は、まだ知らなかった。
父と交わしていた何気ない会話が、後に法廷で読み上げられることになるとは。
🌸この記事は連載
『それでも、家族と暮らしたかった』
の一章です。
家族の生活が、ある日
「証拠」と呼ばれるものへ変わっていく。
その過程を記録しています。
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