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第3章 私の体のことを父に伝えた夜

――変化は、静かに、しかし確かに続いていた――


目を閉じる。

それだけで、体は静かに揺れ始める。

以前なら意識することもなかった、その小さな揺れを、私は父に伝えた。

診断を受けたのは、大学生の頃だった。

子どもの頃から、走るのは遅かった。徒競走では、いつも最下位だった。理由は分からないまま、そういうものだと思って育った。

だから診断を告げられたとき、私は驚くより先に、納得したことを覚えている。

長いあいだ名前のなかったものに、名前がついた。それは、治す方法のまだ見つかっていない、ゆっくりと進む病気だった。

診断のことは、父も母も、その頃から知っていた。

当時は、今のような症状はなかった。就職してからも、病院で薬剤師として働き、休日にはテニスやスキーも楽しんでいた。

だから、その頃の私は、ここで働き、ここで畑を見て、ここで暮らしていく毎日を疑わなかった。

けれど、長い時間の中で、体は少しずつ変わっていた。ある日突然ではない。昨日と今日を比べても分からない。それでも、何年か前の自分を思い返すと、以前と同じではないことだけは分かった。

目を閉じて立つ。それだけのことが、以前のようにはできなくなっていた。目を開けていれば立っていられる。けれど目を閉じると、頼りにしていたものが急に外れたように、体は静止していられず、揺れ始める。

片足で立つと、それははっきりした。支えようとしても姿勢は保てず、体は大きく傾き、私はすぐに足を床につく。足首から先が、うまく体を支えてくれない。足の裏が地面をどうとらえているのか、その感覚も、以前より遠くなっていた。

手にも変化があった。腕を前へ伸ばし、指を広げる。小指がわずかに震えている。細かい作業をするとき、指先が思うように動かないこともあった。強い障害ではない。それでも、意識しても止めきれない小さな変化が、確かに続いていた。

どこから始まったのかは分からない。急激に悪くなったわけでもない。だからこそ、その変化は、生活の中へ静かに溶け込んでいた。

仕事は続けていた。畑にも出ていた。毎日の暮らしも変わらなかった。

けれど、その静かな変化は、この状態がいつまでも続くとは限らないことを、少しずつ教えていた。

父に伝えたのは、その頃だった。

実家の、いつもの場所に座った。特別な話し合いではない。病気のことは、父も昔から知っている。だからその夜、私が話したのは、病気そのものではなかった。最近になって自分自身が感じ始めていた小さな変化を、分かっていることから、一つずつ順番に話した。

父は、最後まで口を挟まずに聞いていた。話し終わると、しばらく黙っていた。その沈黙も、私にはいつもの父らしかった。考えをまとめるように少し間を置き、それから短く言った。

「そうか。」

続けて、

「おまえの体のことは分かっている。」

さらに少し間を置いて、

「お母さんのことも心配だから、ここにいてくれた方が安心だ。」

と付け加えた。

強い口調ではなかった。何かを言い聞かせるような話し方でもなかった。いつもの父の声で、いつものように話しただけだった。

その頃すでに、母の生活にも少しずつ変化が現れ始めていた。父は、自分のことだけではなく、母のことも見ていた。そして、私の体の変化も見ていた。

その二つを合わせて考えたうえで、あの言葉を選んだのだと思う。

その場で理由を詳しく説明することはなかった。私も尋ねなかった。言葉にしなくても、お互いに分かっていることだと思っていたからである。

父が見ていたのは、病気だけではなかった。私がこれからも病院で働きながら、この家で暮らし、畑を見ていく生活そのものだったのだと思う。

私もまた、その前提を疑わなかった。それは新しく決めることではなく、これまで続いてきた毎日が、そのまま明日へ続いていくという、ごく自然な前提だった。

だから、あの夜の会話も、新しい約束を交わしたという感覚ではなかった。それまで続いてきた生活を、これからも続けていくことを、お互いに確かめ合った。私には、そのように受け止められた。

実際、その後も私は病院で働き続け、休日には畑へ出て、父と一緒に作業をしていた。

私は、父の言葉を、生活として受け止めた。

それが後になって「約束」と呼ばれるようになるとは、思いもしなかった。

生活は、そのまま続いていく。

私は、ただそう信じていた。





🌸この記事は連載
『それでも、家族と暮らしたかった』
の一章です。

家族の生活が、ある日
「証拠」と呼ばれるものへ変わっていく。

その過程を記録しています。


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