見出し画像

20歳の自分に教えたい、現代史のきほん

はじめに 現代史を知れば、世界の解像度が高まる

ロシア軍による突然のウクライナ侵攻。驚いた人も多いことでしょう。連日テレビで伝えられる悲惨な状況の映像を見て、いてもたってもいられないという思いに駆られているのではないでしょうか。
でも、ロシアとウクライナの険悪な関係は、最近になって始まったものではありません。
ロシアがウクライナに侵攻すると、今度は「中国と台湾」の関係もニュースでしばしば取り上げられるようになりました。どうして今になって注目されるようになったのでしょうか。
さらに、ウクライナ情勢が悪化した途端、北朝鮮が次々にミサイルを発射するようになりました。アメリカがロシアやウクライナに気を取られている隙にミサイル開発を加速しているように見えます。
なぜロシアはウクライナに軍事侵攻したのか?それに対してアメリカや中国はどう動くのか?日本はどんな対応をするのか?
世界のパワーバランスは?経済はどうなる?日々のニュースを見ていて次々と疑問が浮かぶ、そんな経験があなたにもあるのではないでしょうか。
実は、それらの疑問は少し前の歴史をさかのぼることで理解できることが多いのです。つまり現代史を知ればいいのです。
残念ながら、日本の学校教育では現代史を学ぶチャンスが少ないのが現実です。日本史も世界史も、古代のことは丁寧に扱うのに、第二次世界大戦前後のあたりで時間切れになってしまい、先生が「後は教科書を読んでおくように」と言い渡して終わり、ということが多いからです。
現代史は入学試験でもあまり出題されないため、結局、教科書を読むこともないまま卒業・進学し、社会人になってしまったという人も多いのではないでしょうか。
そこで、私が出演しているテレビ朝日系列の「池上彰のニュースそうだったのか!!」では、現在起きているニュースの歴史的背景を解説することが多くなりました。
この本では、まさにいま起きているニュースを入口に、「なぜそうなったのか?」を知るために、ニュースの背景にある現代史をまとめています。
特に、ロシアのウクライナ侵攻については、2022年2月24日の軍事侵攻から10日後、3月5日に番組で緊急生解説をし、その最新の内容も、本書に加えました。
放送を御覧になった方にとっては復讐を兼ねて、見逃した方には基礎からの解説として読んでいただければと思います。
知識を得ることは、画像の解像度が高まることに似ています。ひとつひとつのニュースは点でしかありませんが、視界を世界に広げることで、それは線になり、さらに歴史から見ることで、面に拡大していきます。地理から歴史からニュースを見ることで、点だったニュースが面の一部として理解できるようになる。知識を得るごとに解像度が増し、世界の見え方はどんどん鮮明になります。
そんな楽しさを知ってほしい。私はいつもそういう思いでニュースの解説をしています。あなたも、まずはこの本を手始めに、その楽しさを味わってください。

2022年4月
                               池上 彰


著者略歴 池上彰(いけがみ・あきら)
1950年、長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、NHKに記者として入局。さまざまな事件、災害、教育問題、消費者問題などを担当する。19944月から11年間にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。わかりやすく丁寧な解説に子どもだけでなく大人まで幅広い人気を得る。
2005年3月、NHKの退職を機にフリーランスのジャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍、YouTubeなど幅広いメディアで活動。名城大学教授、東京工業大学特命教授など、11大学で教える。


1 ロシアのウクライナ侵攻

ロシアがウクライナに軍事侵攻!

ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに軍事侵攻しました。ニュースを聞いて「まさか!」と思った方、思わず耳を疑った方も多かったのではないでしょうか。
軍事施設だけでなく民間施設や住宅、学校、病院までもが攻撃され、安全を求めてポーランド、スロバキア、ハンガリーなど隣国へ避難した人は421万人以上(4月3日現在。出典: 国連難民高等弁務官事務所)に上ります。車で避難する途中、銃撃されて亡くなる人もいて、ウクライナ国民の中には「21世紀になぜこんなことが・・・」と悲痛な声をもらす人も見られました。
ロシアとウクライナの間で急速に軍事的緊張が高まったのは2021年の秋以降です。まずロシア西部、ウクライナの東部国境付近に約9万人のロシア軍が集結していることが発覚します。ロシア軍は年明け早々にも最大17万5千人規模でウクライナに侵攻する計画だ、というアメリカ情報機関の分析が報じられたのは12月初めでした。
22年2月に入ると、ロシア軍はウクライナ北部と国境を接するベラルーシ国内でベラルーシ軍と合同軍事演習を始めます。南の黒海ではロシア海軍の大規模な演習が行われていて、ウクライナは北・東・南の3方向から包囲される形になりました。
アメリカはロシアと外交交渉を続けますが、バイデン大統領は2月18日、ホワイトハウスからテレビ演説し、「プーチン大統領が軍事侵攻を決断したと確信している」と明言。そして24日、ついにロシアによる侵略戦争が始まりました。
一体なぜこんなことが起きたのでしょうか。いくら気に入らないことがあるからといって、よその国を勝手に攻撃していいはずがありません。ウクライナは日本人にとってこれまであまり馴染みのなかった国。どういう国なのかということも含め、ロシア・ウクライナ情勢を基礎から解説します。


ウクライナってどんな国?

最初に場所を確認しておきましょう。ウクライナはロシアの隣、東ヨーロッパと呼ばれる地域にあります。人口は約4159万人で面積は日本の約1・6倍です。
首都はキーウ(キエフ)。「キエフ」というのはロシア語読みなんですね。ウクライナの人たちは、ウクライナ語読みで「キーウ」と呼んでほしいと言っています。これを受けて日本政府も日本のメディアもキーウという呼び方に変えました。
そして国旗を見ると、上が水色、下が黄色です。これはある風景を表したものということです。何だかわかりますか?
青空の下、一面に広がる黄金色に実った小麦色です。豊かな農業国を象徴する風景で、ウクライナという国の特徴がよく表れていますね。
日本人からすると、あまり馴染みのない国かもしれません。でも、誰もが知っていてウクライナ発祥といわれている料理があります。ボルシチです。ボルシチはロシア料理だと思っていませんでしたか?在日ウクライナ大使館は「『ボルシチ(細かく刻んだ野菜を煮込んだスープ)』は、実はウクライナが本家本元」とアピールしています。


ロシアもウクライナも元は同じ仲間

ロシアとウクライナの関係は古く、ルーツをたどると元々同じ国でした。今からおよそ1千年前、現在のウクライナの首都キーウを中心に、モスクワの辺りまでの地域一帯を支配したのがキエフ公国です。このキエフ公国(現ロシア、ウクライナ、ベラルーシ)をルーツとして、やがて後のロシアへと発展していきます。
ロシアにとってウクライナは国家発祥の地です。日本に当てはめて考えると、ちょうど京都や大和の国のようなもの。ロシアの人たちはウクライナに対してそんなイメージを抱いているのです。
プーチン大統領が「ロシア人とウクライナ人は一体である」と主張する背景には、こうしたロシア特有の見方があります。
ただ、ここには問題があって、プーチン大統領の主張は、裏を返せばウクライナがロシアから離れていくことは認められないと言っているのと同じです。今回、「勝手なことは許さない」という思いからウクライナ攻撃を命じたとすれば、これを機にウクライナ全体をロシアのものにしようと考えているのかもしれません。


昔のソ連のことを知るとよくわかる

では、ウクライナ侵攻という大事件に至るまでの道のりを、歴史的事実に即して考えてみましょう。今からちょうど100年前、ソ連という国ができたところまで時計の針を戻します。
ロシア革命によってロシア帝国(帝政ロシア)を倒し、1922年にモスクワを首都として建国されたのがソ連です。正式名称はソビエト社会主義共和国連邦。ここで注目したいのは「社会主義」と「連邦」です。
まず社会主義とは何でしょうか。社会主義のキーワードは「平等」。豊かな人と貧しい人の格差をなくすことを理想とする考え方です。みんなが自由な経済活動をすると貧富の差が生まれてしまうので、そういう活動は認めません。「格差をなくして平等な社会を作ろう。そのためには、国が経済を管理しましょう。国の計画通りにやってくださいね!」というのが社会主義です。
この社会主義を世界で初めて採用した国がソ連です。
次の連邦とは、二つ以上の国または州が集まって一つの国になったもの。日本の都道府県とは違い、それぞれの独立性が強いという特徴があります。
連邦制国家で有名なのは、言わずと知れたアメリカです。アメリカ合衆国を形作っているのは50のステート。ステート(stete)は日本では州と訳していますが、国のことですよね。それぞれの州は独立性が強く、州ごとに憲法があります。でも、外国に対しては50州全体で一つのまとまった国となるわけです。
ソ連の場合、建国当初はロシア、ウクライナ、白ロシア(現在のベラルーシ)など四つの国で構成されていました。最終的に15の国から成る連邦制国家となったのが1956年です。
ただし、15の共和国が対等な立場で連邦を作っているというのはあくまで建前で、実際にはロシアが強い力を持ち、他の国はロシアの言うことを聞くだけでした。また、モスクワに本部を置くソ連共産党が、ソ連を構成する国々を全部牛耳っていました。
要するに、それぞれ連邦を構成する国でありながら、その実態はソ連共産党とロシアの言いなり、と言うことです。ですから、中にはバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)のようにソ連に入りたくなかった国もあるのです。そうした国もソ連は軍事力で無理やりソ連に引き込んでしまいました。


複雑な歴史をたどったウクライナ

ウクライナの歴史も複雑です。ソ連ができる前、ウクライナはロシア帝国に組み込まれていました。
しかし、ウクライナの人たちの間で次第に独立の機運が高まり、彼らはロシア帝国に対して抵抗運動を起こすのです。
これに目を付けたのが当時、ロシア帝国と戦っていた革命家のレーニンです。ロシア革命(1917年11月の社会主義革命)の指導者で「ソ連建国の父」と呼ばれている人ですね。彼はロシア帝国と戦っているウクライナを「敵の敵は味方」と考えて、その独立を支援しました。これに力をもらったウクライナはロシア帝国と戦い、帝政が崩壊した後、独立を達成します。ところが、ここでレーニンの態度ががらりと変わりました。彼はソ連という社会主義国家を作るため、ウクライナもソ連に入ったほうがいいと言ってウクライナを武力攻撃し、ウクライナをソ連の中に引き込んだのです。
こういう経過をたどったので、ウクライナの内部では、ロシア帝国と戦った人、ソ連に入ることに反対して戦った人がいる一方、社会主義に共感してソ連の一員になることに賛成した人もいるという分裂した状態が生まれました。
結果としてソ連崩壊後のウクライナは、ざっくり言うと、ソ連の後進であるロシアと一緒になりたい人が多い東部と、ロシアなんか嫌だ、欧米側に付きたいという人が多い西部に二分されてしまったのです。
ウクライナの北側のベラルーシはどうでしょうか。ベラルーシは、ソ連の頃は白ロシアという名前でした。ここはとにかくロシアと一緒にやっていきたいという人たちが多い。その点でウクライナとはかなり様子が違います。
今回、ロシア軍がベラルーシ軍と合同軍事演習を行い、演習が終わった後、ベラルーシからウクライナに攻め込んだということは、ベラルーシ政府もそれを容認していたということです。それだけロシアと仲のいい人が多いのでしょう。
このように、過去の歴史が現在のそれぞれの国の行動に反映されています。


NATOとワルシャワ条約機構のにらみ合い

ソ連とアメリカは第二次世界大戦後、東西両陣営に分かれて激しく対立します。これが東西冷戦です。この場合、ソ連が東側、アメリカが西側です。
ソ連は戦後すぐ、隣接する東ヨーロッパに次々と社会主義の国を作りました。社会主義においてはソ連が先輩格です。
しかも圧倒的な力を持っており、どの国もソ連には逆らえません。こうして東ヨーロッパの大半がソ連の勢力圏に入りました。
これに恐怖を覚えたのが西ヨーロッパの国々です。ソ連が攻めてきたら大変だということで集団安全保障体制を作ろうと動き始めます。
西ヨーロッパにあるのは、人口が少なく面積も小さい国ばかり。強大なソ連が攻めてきたらひとたまりもないわけで、みんなで助け合うような仕組みが必要です。
「一つの国だけで守るのではなく、多くの国が力を合わせて集団で守ろう」
これが集団安全保障の考え方です。
この考え方の下に創設された軍事同盟がNATO(北大西洋条約機構)です。北大西洋条約では、どこか1カ国が武力攻撃されたら、他の加盟国は自分の国が攻撃されたのと同じように考えて、全力でその国を助けて戦うと取り決めています。武力攻撃を受けたときの防衛義務を定めたのです。さらに、西ヨーロッパの国だけでは心もとないので、北大西洋の向こう側にあるアメリカ、カナダも引き込んで備えを万全にしました。
どこか1カ国に攻撃を仕掛けると全加盟国から反撃されるため、仕掛ける方は攻撃をためらうはずです。これが全体の安全につながります。
NATOは1949年にフランスやベルギー、オランダなど12カ国で発足し、1955年には15カ国になりました。
この時、東側が新たな動きを見せます。NATOはソ連の脅威に備えるためにできた組織ですが、これができたことによって今度はソ連の方が、NATO加盟国が攻めてくるのではないかと恐れたのです。そこでソ連は東欧諸国と一緒に軍事同盟を作りました。それがワルシャワ条約機構です。
「ワルシャワ」という都市名が入っているのはポーランドのワルシャワで条約を結んだからで、中心になったのはソ連です。本部もワルシャワではなくモスクワにありました。
当初の加盟国はソ連の他、東ドイツ(冷戦時代のドイツは西ドイツと東ドイツに分断されていた)、ポーランド、チェコスロバキア(冷戦終了後にチェコとスロバキアに分離)、アルバニアなど8カ国です。このうちアルバニアは1960年代にソ連の方針に反対して脱退しています。ヨーロッパでは東側と西側が軍事的ににらみ合っていました。東西冷戦時代のヨーロッパは、緊張感に満ちていたことがわかると思います。


社会主義国が次々に消え、ついにソ連も崩壊!

1960年代までのソ連は技術力や軍事力でアメリカ以上でした。世界で初めて人工衛星を打ち上げたのはソ連です。初めての友人宇宙飛行を成功させ、ガガーリンを宇宙に送ったのもソ連です。当時は経済もそこそこ順調で、ソ連はアメリカと並ぶ超大国でした。
そんなソ連が約30年前、1991年12月に崩壊します。超大国として恐れられた国なのに、どうして崩壊したのでしょうか。
一つは社会主義の限界です。「みんな平等に」という社会では、一生懸命働いても給料は同じ。これではやる気をなくしますよね。また自由な経済活動を認めないので会社は全て国有企業です。そこには企業同士の激しい競争がなく、会社が倒産することもないため、働く人たちは消費者の好みに合う多様で品質の良い製品を作ろうとはしません。そうなると、どうしても経済は停滞してしまいます。
もう一つは、軍事にお金をかけすぎたことです。アメリカに負けないように軍事増強に巨額の資金を投じてきましたが、国民生活の向上は置き去りにされ、経済がボロボロになってしまいました。
こうして、これ以上社会主義でやっていくのはムリ、アメリカと冷戦を続けるのもムリとなって、1989年、ポーランドをはじめソ連の影響下にあった社会主義国の政権が次々と倒れ、ソ連から離れていきました。
1990年には、社会主義を捨てた東ドイツが西ドイツに飲み込まれる形で統一されます。
さらにソ連の構成国は相次いで独立を宣言。無理やりソ連に入れられていたバルト三国の独立が1991年9月に承認されます。これでソ連の構成国は12に減り、あとはもう「それぞれ別々でやろうよ」とバラバラになって独自の道を進むことになりました。ついにソ連崩壊が現実のものとなったのです。


プーチン大統領が抱えるトラウマとは?

ロシアのプーチン大統領は、ソ連崩壊のことをどう思っていたのでしょうか。
それについては、2005年4月に次のような発言をしています。
「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だった」(年次教書演説。出典:『防衛白書2015年版』)
地政学とは、地理的条件が国の政治・経済・軍事などにどんな影響を与えるかを研究する学問です。
ソ連はアジアからヨーロッパにかけて広大な国土を持ち、東ヨーロッパにも勢力圏(社会主義諸国)を持っていたのに、それがバラバラになって面積も縮小、ロシアは弱い国になってしまった。地理的な状況が大きく変わってしまった。それをプーチン大統領は「地政学的悲劇」と呼んだのです。
この発言からは、「ソ連の時代は良かった」「ソ連時代の国土と勢力圏を取り戻したい」という思いが読み取れます。
1952年生まれのプーチン大統領は、東西冷戦が終わった頃は30代後半でした。もともとソ連のスパイ組織KGBのメンバーで、東ドイツで活動していたとき、東ベルリンと西ベルリンを隔てていた「ベルリンの壁」が崩壊します(1989年11月)。あっという間に東ドイツという国がなくなってしまい、仕事もなくなってソ連に戻ったところ、強大だった母国も一夜にして消滅しました。
東西冷戦の終結とソ連崩壊を目の当たりにして、おそらくこれがプーチン大統領の個人的なトラウマ(心の奥深くに残る傷)になったと考えられます。彼には「西側諸国にやられた!」という思いがあるのです。
ソ連から独立した国や東欧諸国からすれば、ソ連が嫌になって逃げ出したわけですが、プーチン大統領の見方は違います。逆に、「西側諸国によってわが国がしてやられた」と思い込んでいます。


ウクライナがNATOに入るのは許せない!

その後何が起きたのか見てみましょう。
東ヨーロッパの国々が社会主義を放棄し、ソ連との関係が切れると、ワルシャワ条約機構は存在する意味がなくなって解散しました。一方のNATOはそのまま存続したため、これを見た東ヨーロッパの国々は次々にNATOへの加盟を申請しました。
1990年に東ドイツが西ドイツに吸収されて統一ドイツが誕生すると、NATOの守備範囲が旧東ドイツ地域まで拡張されます。
続いて1999年にポーランド、チェコ、ハンガリーがNATOに加盟。2004年には、かってソ連から独立したバルト三国もNATOに入り、東西冷戦が終わった時点で16カ国だっった加盟国は、今では30カ国まで増えました。
こうしたNATOの東方拡大の動きを、プーチン大統領は敵への寝返り、あるいはNATOがロシアの仲間だった国々を侵略しながらロシアに迫ってきた、というように、屈辱的な思いで受け止めています。
ソ連崩壊後、新欧米派と親ロシア派で政権を争ってきたウクライナでは、2014年以降、二人続けて新欧米派の大統領が誕生し、2019年には憲法を改正してNATO加盟を目指すと明記しました(出典: 外務省)。ウクライナが「NATOに入りたい!」と西側諸国に強くアピールしたことで、プーチン大統領の怒りが爆発しました。
プーチン大統領にすれば、かつての東ヨーロッパの国々がNATOに入るのは仕方がないかもしれない。しかし、とりわけロシアと関係が深く、共にソ連を作っていたウクライナがNATOに入り、西側諸国の一員となることだけは絶対に許せない。ロシアへの裏切りだ、という思いがあるのです。
ウクライナのNATO加盟を阻止し、あくまでロシアの影響力が及ぶ地域にとどめておきたいプーチン大統領は、とうとう超えてはならない一線を越えてしまいました。
なお、ここで注意しなければならないのは、プーチン大統領が許せないと思っているのは、ウクライナだけではないということです。
たとえば黒海とカスピ海の間に挟まれたコーカサス地方にあるジョージア。以前はグルジアと呼ばれていました。ここもかつてはソ連の構成国の一つでしたが、独立後はNATO加盟に意欲を示していました。
これに反発したプーチン(当時は首相)は、2008年、ジョージア国内の文献独立運動を支援して軍事侵攻し、独立を宣言していた「南オセアチア共和国」と「アブハジア共和国」を国家として承認しました。ロシアは今もここに軍隊を駐留させています。
南オセアチアもアブハジアも国際的には国として認められていません。しかし結局、ジョージアは内部に、実質的にロシアが支配する二つの「国」を抱えている状態にあり、今のままではNATO加盟は難しいといわれています。プーチン大統領の狙い通りの結果になったのです。


攻撃は東部のロシア系住民を守るため?

ウクライナ東部にはロシア系の住民が大勢住んでいます。特にルハンシク(ロシア読み・ルガンスク)州とドネツク州の親ロシア派の住民たちは、ウクライナから離れて自分たちの国を作りたいと言って、2014年に「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」という名前で勝手に独立を宣言しました。
ウクライナ政府も国際社会も、この二つを国とは認めていません。ところが、プーチン大統領はその後、この地域の住民で希望する者にロシア国籍を与えたのです。これはウクライナの中にロシアの領土を作るようなもの。いずれロシアに併合しようとしているのではないか、という疑いも生じます。ウクライナ政府はそんなことは認められないとロシアを避難しました。
こうしてウクライナ東部では、14年以来、実に8年にわたってウクライナ軍と親ロシア派武装勢力の間で戦闘が続いてきました。これまでに双方合わせて1万4千人以上の死者が出ています。
ロシア軍の全面侵攻で改めて注目されていますが、最初の頃はそこそこニュースになっていたのです。でも、これだけの犠牲者が出ているのにあまり取り上げられてきませんでした。プーチン大統領は今回、この東部に住むロシア系住民を守るために「特別な軍事作戦」を実施したと説明しています。
ロシアは「特別な軍事作戦」を始める直前、独立を宣言した「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」を国家として承認し、それぞれと友好相互援助条約を結びました。この二つの「国」がウクライナから攻撃されロシアに助けを求めてきたので、「では、助けてあげましょう」というのがプーチン大統領の理屈です。
さらに言うと、独立宣言した二つの「国」は、東部2州の一部しか支配できていません。それなのに、彼らは勝手に憲法を作ってルハンシク州とドネツク州の全域が自分たちの領土だと主張しています。ということは、おそらくプーチン大統領は、この二つの州を完全に占領し、全部をそれぞれの「国」の支配下に置こうとして東部から軍隊を送り込んだのでしょう。
では、プーチン大統領は最終的に何を狙っているのでしょうか。
ロシア軍は東部だけでなく南部や北部の主要都市を含む広い地域に侵攻し、ベラルーシ側から入った軍隊は首都キーウに向かって進軍しました。一挙に3方向から大軍を投入したことからすると、プーチン大統領は「親ロシアの人たちをウクライナ軍の攻撃から守る」という理由で、ウクライナ全体の非軍事化を狙ったと考えられます。非軍事化とは、ウクライナ軍を解体して無力化することです。
もう一つは、ウクライナを西側諸国から切り離すこと。そのため、新欧米派のゼレンスキー政権を倒して、ロシアの言うことを聞く政権を樹立しようとしました。常にロシアがコントロールできる国にしたいわけです。
プーチン大統領は2月24日の侵攻当日の演説で、ウクライナを「私たちの歴史的領土」と呼びました。
プーチン大統領の意識の中では、ウクライナはもはや兄弟国(ロシアが兄でウクライナが弟)ではなく、ロシアの一部ということになっているのかもしれません。ウクライナが欧米側に付いてロシアから離れていくことは、絶対に許されないと考えているのです。


2014年にクリミアを奪い取った!

ロシアがウクライナに攻め込んだのは、これが初めてではありません。2014年にも巧妙なやり方でクリミア半島を奪い取っています。
当時、ウクライナでは、EU加盟をめぐって親ロシア派と新欧米派の間で対立が激化していました。首都キーウではたびたび大規模な反政府デモや暴動が起き、これが騒乱に発展して親ロシア派の大統領が追放されたのです。
ただちに新欧米派の暫定政権が発足しましたが、プーチン大統領は激怒。これはクーデターだと言って軍事行動に踏み切ります。ロシア系の人たちが多いクリミア半島では首都キーウの政変に反発の動きがありましたから、どさくさ紛れにクリミア半島を自分のものにしてしまいました。
驚かされたのはそのやり方です。
まず正体不明の軍事組織、つまりどこの国かという標識も何もない軍事組織が突然クリミア半島にやってきて、クリミア自治共和国の議会や政府本部、空港、軍の拠点などを占拠します。この異常事態の中で、クリミア議会はロシアへの編入の是非を問う住民投票を実施するのです。また議会は独立宣言も行いました。
住民投票では、圧倒的多数がロシアへの編入に賛成という結果が出ます。そこでプーチン大統領はクリミアの独立を承認し、その上でロシアへの編入を認めました。
キーウで大統領解任が決議されたのが14年2月22日、ロシアがクリミアを併合したのが3月18日です。あまりにも手際がよく、この間1カ月も経っていません。
クリミアに現れた正体不明の軍事組織について、当時プーチン大統領はロシア軍ではないと言い張っていました。
「ロシアは軍隊を送っていない。あれは地元の武装民兵だろう」と言っていたのですが、クリミア併合から1年ほど経った後の特別番組でロシアが送り込んだことを認めました。つまり堂々とウソをついていたのですね。
ロシアのクリミア侵攻で不思議なのは、ウクライナ軍兵士は何をしていたんだろうか、ということです。現地にはウクライナ軍がいました。ところが、どこからともなく現れた正体不明の武装集団を目にすると、彼らはビックリしてしまい、ほとんど無抵抗で降伏してしまったのです。
これをロシア側から見れば、「なんだ。ウクライナ軍なんて大したことない。あっという間に降伏するんだ」という見下した認識になります。
今度のウクライナ侵攻も、ロシア側は短期間で決着すると見ていたようですが、ウクライナ軍の予想外の抵抗に遭って長期化しています。前回の経験からウクライナ軍は弱いと思い込み、大軍で攻め込めば簡単に降伏するだろうと甘く見ていたのでしょう。
ウクライナ軍は、自国の領土を奪われるという悲痛な体験をして、このままではいけないと軍事力の強化に取り組んできました。現在のウクライナ軍は、8年前とは大きく様変わりしています。


ロシアに経済制裁、どのくらい効果があるの?

ロシアに対しては世界中から非難の声が上がっています。3月2日に開かれた国連総会では、ロシアによる侵攻を非難し、ウクライナからの即時撤退を求める決議が、国連加盟193カ国のうち141カ国の賛成で採択されました。反対は5カ国のみ(棄権35カ国)。これは、他国を侵略することは絶対に許されないという国際社会の総意を示すものです。
ただ、決議が採択されてもロシア軍は撤退せず、ウクライナは厳しい現実に直面しています。ウクライナがNATOに加盟していれば、NATO即応部隊や加盟国の軍隊がウクライナ軍と共同で戦ってくれますが、ウクライナは加盟していません。加盟していない国のために戦うのは難しいです。条約上、非加盟国を防衛する義務はないからです。
間接的な軍事支援としては、地対空ミサイルや携帯型対戦車ミサイル、ドローン(無人機)、機関銃その他の武器、弾薬などを提供しています。NATOに加盟していない日本も防衛装備である防弾チョッキを支援しました。しかし、ロシア軍と直接戦うのはあくまでウクライナ軍です。
ロシア軍とは戦わない代わりに、国際社会が力を入れているのが経済制裁です。ロシアに経済的ダメージを与えて、戦争を続けられないところまで追い詰めようというのがその目的です。
具体的には、一つ目が輸出入の禁止です。アメリカは原油、石油精製品、LNG(液化天然ガス)、石炭のロシアからの輸入を禁止しました。ヨーロッパはロシア産の原油や天然ガスへの依存度が高いのですが、それでもEUは22年末までにロシア産天然ガスへの需要を約3分の2減らす目標を掲げました。イギリスも年末までにロシアからの原油の輸入を段階的に停止すると表明しています。
輸出に関しては、日米欧が半導体などハイテク製品を原則輸出禁止としました。
二つ目は資産凍結です。プーチン大統領やロシア政府要人、ロシア政府と関係が深い富豪たちの海外資産を凍結して、引き出せないようにすることです。こういった個人を対象とする資産凍結は経済制裁ではよくあることですが、さらにロシア中央銀行の資産凍結も行われました。
ロシア中央銀行は多額のドルなどの外貨を世界各国の主な銀行に預けています。アメリカやヨーロッパ、日本の銀行などです。日本の円も持っているのです。それを凍結しました。
凍結されたドルは引き出せないので、ロシア中央銀行が使えるドルはかなり減ります。そうなると、ロシア国民がロシアの通貨ルーブルをドルと交換しようとしても、なかなかできないということになります。
またロシア経済の悪化を見越してルーブルの価値が暴落(ルーブル安が進むこと)していくときに、中央銀行がそれを防ごうとドルを売ってルーブルを買おうとしても、肝心のドルが不足して買えないわけです。ルーブルの暴落を黙って見ているしかなくなります。
三つ目は、航空券の乗り入れ禁止。アメリカ、カナダ、EUなどはロシアの航空機の乗り入れを禁止しました。それぞれの国やEUの領空にロシア機が入るのを禁じたのです。
予想されたことですが、ロシアも報復措置として、これら西側諸国の航空機がロシアの領空に入ることを禁止しました。結果的に、フランスのエールフランスやドイツのルフトハンザがロシアの上空を飛べなくなり、日本行きの便が欠航する事態になっています。
ロシアがソ連だった時代、西側諸国の航空機はソ連の上空を飛べませんでした。そのため日本からヨーロッパへ行こうとすると、北回りか南回りでぐるりと回っていくしか方法がありませんでした。再びそういう状況になりつつあります。
四つ目は、銀行の取引からの排除。経済制裁の中でもとりわけ強力といわれているのが、世界的な金融決済ネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」からのロシア銀行の排除です。3月12日に七つの有力な銀行が排除されました。
SWIFTについては、初めて知ったという人も多いのではないでしょうか。実はこの組織が中心となって、世界中の様々な銀行が資金を円滑にやりとりする仕組みができています。
外国の銀行にお金を送るときは、SWIFTを通して送金に関する情報を相手に伝える必要がありますが、SWIFTから閉め出された銀行は、情報を伝えることも受け取ることもできません。
たとえば、日本の業者がロシア産のサケを輸入するときは、国内の取引銀行から代金を払いますよね。このお金がロシア側業者の取引銀行の口座に振り込まれるまでには、間にいくつもの銀行が入って送金業務を行います。ところが、このプロセスの最終段階でロシアの銀行に送金に関する情報を伝えようとしても、SWIFTから排除されていたらできないのです。これでは決済を完了させることができず、サケの輸入もストップします。
これはアメリカでもヨーロッパでも同じことで、ロシアから何かを買おうとしても、代金を払えないので買えないということになります。逆に言えば、ロシアは海外にモノを売りたくても売れないということです。
ロシアにとっては、間違いなく大打撃になるはずです。先ほど述べたように、現にロシアの通貨ルーブルは暴落していますよね。
ルーブル安になれば、輸入品の価格は軒並み上がります。そもそも輸入自体ができにくくなっており、できたとしても、これまでよりはるかに高いお金を払わないと買えません。
ロシアに対する経済制裁はクリミア侵攻の時から始まっており、既にロシア経済は痛手を被っています。2014年当時とは比べものにならない本格的な経済制裁により、これからロシアの一般庶民の生活はさらに苦しくなるでしょう。
ロシアは中国に頼って制裁による損失をカバーしようとしています。確かに中国はロシアに肩入れする可能性があり、それをされると中国が抜け道となって制裁の効果に影響が出ます。
でも、国際的な経済制裁を中国だけで全部カバーできるかというと、これはなかなか難しい。たとえ中国が肩入れしたとしても、ロシアにとってはかなりのダメージになるでしょう。
経済制裁は即効性のあるものではなく、これですぐロシアの軍事行動を止めることはできないかもしれません。しかし、中長期的には確実に効果が出てきます。それによってロシア経済がじりじりと悪化していけば、庶民の間から「戦争なんかやめろ!」という怒りの声が噴き出してくるのではないか。それを西側諸国は期待しているのです。

いいなと思ったら応援しよう!