【第11話】心が整った場所の話
旅は突然終わった。
思えばそれは、空を飛ぶように生きてきた私の、翼が折れた瞬間だったのかもしれない。
コロナがすべてを変えた。
そして、コロナで変わったしまった環境には、私も “抗えなかった”。
自由に国境を越えることも、異文化の中に身を投じることも、世界を“翔ぶ”ことすら許されなくなったとき、私の仕事は止まり、呼吸までもが浅くなっていった。
都会の自宅は、やがて籠のように感じられ、心は静かに疲弊していた。
そんなある日、私は"あの”オンボロキャラバンに手を加え始めた。
ファッショントラックとして、コロナ禍中の移動ショールームだったその車を、DIYで車中泊仕様に変える。
藁にもすがるように、“陸を翔ぶ旅”に出た。マスク越しの空気、無言の風景、飛沫感染を避けた人と人との距離──すべてが異常で、けれどどこか正直だった。
山を越え、谷を抜け、道の駅で愛犬と簡単な食事をとる。
キャンプ場の夜には焚き火を焚き、朝は鳥の声で目を覚ます。
そんな“地を這う”旅の果てに、たどり着いたのがこの山奥の森だった。
その村で私は、不思議な体験をした。
森の中で、ふと、大きな深呼吸ができたのだ。
都会では感じられなかった、肺の奥まで満ちるような酸素。
そこにいた私の愛犬も、まるで子どものように疾走していた。
あ、楽しいんだ──。
生き生きした愛犬の姿を見た瞬間、私の中の何かもほぐれていった。
それから私は、山梨、長野、群馬をきままに巡りながら、物件をのぞくようになった。世界中を俯瞰してきた私が、翼をたたみ、人生を俯瞰しようとする第一歩だった。
そして――
現在の地となる、古びた空き家との出会いも偶然ではなかった気がする。
もはや藪をかき分けないと入れないような湿地のジャングルと化していた庭。
大阪の老夫婦が建てたその家は、30年の記憶を抱えながら、もう何年も人の気配を失っていた。
なのに、私にはそれがとても、魅力的に映った。
家の中はカビ臭く、ホコリだらけだった。
リビングの奥にあった、ひときわ無骨な鉄のストーブ。
まるでその場に根を下ろすように、どっしりと鎮座していた。
誰かの暮らしを、30年もの間、冬のたびに静かに温めていたのだろう。
手入れはされておらず、ススとホコリにまみれたその姿が、不思議と魅力的だった。まるで、眠っていた時間ごと、誰かの人生の続きを預かっているようだ。ヨーロッパの旧建築物件で、よく感じた ”瞬間”と被った。
「まだ終わってない」──そんなふうに語りかけてくるような気がした。
この家も、このストーブも、そしてもしかしたら私自身も──。
もう一度、火を灯してもいいのかもしれない。
そういえば──ヨーロッパの知人たちも、誰かの記憶を引き継ぐように、古家に手を加えていたっけ。
そこからの私は、一心不乱にこのことだけに集中するようになる。
掃除、整地、伐根、修復、配置。
少しずつ色づいていく古家を見ながら、「再生」という言葉が、そして「リレー」という言葉が、自分の中に徐々に根付いていくのを感じていた。
そして、私は気づいた。世界を“翔べない”なら、ここで“根を張ればいい”のだと。
そして、根を張る作業は、今日も静かに続いている。
第12話へ、つづく
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