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「すみません」が「ありがとう」に。ーあの日母になったわたしへー

多くの人がきっとそうであるように、母親になる実感をもてないまま、母になった。
子供ができたら子供ファーストで生きなければいけないと思っていたけれど、生後4ヶ月で首も座らない娘を保育園に預け、仕事に復帰し、趣味の旅行にもさんざん付き合わせている。

お出かけ好きの遺伝子を今のところ受け継いでくれた

結局は、自分が主語のまま、日々選択を重ねている。

妊娠中や出産直後は「母になれば変わらなければいけない」と漠然と何かに追われるような気持ちになっていた。
しかし、いざ子育てがはじまると、仕事や遊び方の選択肢が年齢に応じて変化していくように、とても自然に、子供あっての選択肢が「さもありなん」という顔で存在するだけ。
子供がいる暮らしは、思った以上に、これまでの暮らしの延長線上にあった。

ただ。
ただ1つだけ圧倒的に変わったことがある。
それは見ず知らずの人に助けてもらうことが増えたということだ。
ある意味では社会的弱者になったといえよう。
電車に乗るのも、エレベーターに乗るのも、ベビーカーを押していれば時間がかかってまわりの人に迷惑がかかるし、公共の場で子供が走り回っては、周囲の人にぶつかることもある。
すみません、すみませんと、息をするかのごとく謝る癖がついた。

今日わたし何回謝ってるんだろ。

弱者である自分を受け入れられず、その状況がしんどくなることが続いた。それでも買い物だって、公園に行くのだって、社会とつながる。
一歩外に出れば”すみませんの世界”だ。

先日友人に会いに宮崎へと、娘と2人で飛行機に乗って旅をした。
初めてのワンオペフライト。
1歳半の娘を連れて、公共交通機関を使い片道5時間という距離を移動するということは、富士登山に匹敵する感覚だった。
行きの電車移動で早速ハプニングが起きた。
どんぐりにはまっている娘は、始終どんぐりを手に”ニギニギ”したくてしょうがない。

散歩にでればお土産はいつもどんぐり。

どんぐりがずっと娘の手中におさまるはずもないのだが、ここで私が無理やりやめさせると火がついたように泣くことは目に見えている。
案の定、電車の揺れとともに、娘の手からどんぐりがこぼれ落ち車内をタタタタターーーと転がっていった。
リアルどんぐりコロコロ。
どんぐりころころどんぶりこ。
電車で転がりさー大変。
突然はじまったどんぐりのランウェイにざわつく車内。
「あー転がっちゃったね〜また拾おうね〜」
と、平常心を装って取り繕うわたし。
「コロコロ(どんぐりのこと)きれちゃった(転がっちゃった)」
と、半べそをかく娘。
一触即発の空気感が漂う中、向かいに座っていたご夫婦がサッと立って、車内の反対側まで転がっていったどんぐりを拾って、娘に渡してくれた。
「わ、わ!ありがとうございます!!」
思わぬところから救いの手がさしのべられ、赤べこのように頭をさげながら、お礼の言葉をただただ繰り返した。

そのままなんとか空港にたどり着くも、電車移動で疲れた娘はホームに寝転がり今度はストライキをはじめた。
もう一歩も歩きませんぞ状態。

ストライキ中のむすめ

背中にはバックパック、右手にキャリーケース、左手に泣きわめく娘を抱えて、搭乗口まで闊歩しようかと考えていたところ、
「お手伝いしましょうか?」
と、女性の方が声をかけてくれた。
またも棚からぼたもち、2階から目薬な救世主が現れ呆気にとられた。
「え、あ、あ、ありがとうございます!!」
赤べこのように頭をさげながら、なんとかお礼の気持ちだけ伝えたいと必死になる。

我が家の守り神「赤ベコ」

「大丈夫?歩ける?」
と声をかけられた娘は、先程までの態度が嘘のようにすくっと立ち上がり、初めてのおつかいのような頼もしい姿でお姉さんに着いて行った。
そうして、なんとか搭乗口まで辿り着いたが、満を持してCAさんにも助けてもらうハットトリックを決め、すっかり真っ赤な姿で鼻輪をつけた牛と化した。

搭乗口を目前にして現れたラスボス

飛行機に乗ると、エンジン音を子守唄に一瞬で夢の中に入ってくれた娘を横目に「ふーーー」と息を吐く。

あれ、そういえば。
今日のわたし、「ありがとう」しか言ってない。

いつの間にか「すみません」の癖が「ありがとう」の癖

に変わっていたらしい。

あの日、母になったわたしへ。

母になるということは、
見ず知らずの誰かに、
ありがとうという機会が増える、
ということかもしれません。

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