自分が大切にしたいことを言語化する練習
こんばんは。
旅人先生です。
週の間に休みがあるっていいですね。
仕事だと勘違いして起きたので、お得感が増しました。
今日は、「子どもとの向き合い方」について考えながら書いていきたいと思います。
ぜひ、のんびり目を通していってみてください。
子どもに対して誠実でありたい
学校の仕事をしている時、子どもに対して誠実でありたいと思いながら過ごしています。
ただ、その誠実さが「どういうものか?」と問われるとうまく言語化できなに自分がいることに気付きました。
とりあえず、パッと思いついたのは「子どものことを自分なりに考えて接すること」なのですが、なんだかあまりしっくりきません。
なぜしっくりこないかと考えてみました。
確かに「子どものことを自分なりに考えて接すること」は大切なのですが、「それだけが自分の大切にしている誠実の要素なのか?」と感じます。
ということは、他の要素があるのでしょう。
他の要素とはなんなのでしょうか?
一旦立ち止まって、誠実という言葉について考えてみます。
「誠実さ」は、
・言っていることとやっていることが重なっている言行一致
・正直さと素直さ
・相手への敬意
といった意味合いを含んでいるようです。
誠実の意味を踏まえて、私が書いた「子どものことを自分なりに考えて接する」をみてみると、他者への敬意を含んでいるものの「正直さと素直さ」、「言行一致」の側面が含まれていませんでした。
「自分の発する言葉に責任を持ち、等身大の素直な自分で相手と接する」という部分が抜けていたから、しっくりこなかったのだなぁと思いました。
整理してみると
・言葉を大切にすること
・素直な等身大の自分
・相手のことを自分なりに考える
という予想を入れると良さそうです。
一文にするならば、
「自分の発する言葉に責任を持ち、等身大の素直な自分で、子どものことを自分なりに考えて接する」
という言葉になりそうです。
なんだか長いですが、これはしっくりきました。
大切にしたいことこそ、時折、立ち止まって振り返り、改めて自分の言葉で言語化するという営みをする必要があるなと感じました。
※今回の私のように、「これ!」という思っているものの、いざ言語化しようとするとしっくりこない時がありますので、おすすめです!!
解のないことと向き合うのも楽しさの1つ
今回の記事では、「子どもと誠実に向き合いたい」というテーマで自分なりに考えてみました。
子どもに誠実に向き合うというのは、おそらく、「これ!という解のないこと」なのだと思います。
それらしき解はあるのかもしれませんが、自分なりに言葉にしない限り、はっきりしたものにならない気がします。
また、人によって、微妙にニュアンスや言葉、込める思いが変わる気がします。
そして、そこの部分に面白さと言いますか、その人が本当に大切にしたい気もちが入る混むのかもしれません。
今回の私だったら、「等身大の素直な自分」、「自分なりに考える」という部分ですね。
この辺りは、特に、自分の気持ちが入っています。
・等身大の素直な自分には、教員生活の最初の頃の経験。
・自分なりに考えるには、常に自分が思っている「相手のことは完全にはわからないからこそ、自分なりに考える」というスタンス。
と言った想いを込めています。
解のないことについて考えるのは、ちょっぴり疲れるかもしれませんし、自分の考えたことが人に非難される時もあるかもしれません。
一方で、「自分ならどう考えるか」という自由さがあるのは魅力だと思います。
解のないことは、自分の想いを込める余白みたいなものがあると捉えるイメージですね。
余白があるって、とても楽しいことだと私は感じます。
解のないことについて、あぁでもない、こうでもないと思案したり、話し合ったりするのは、非効率的なのかもしれません。
ですが、そういう営みが自分を成長させてくれるのではないかなぁと思います。
バタバタする毎日の中で、なかなかゆっくりと考える時間を取るのは難しいですが、時折、「自分が大切にしたいこと」について考えてみると良いのではないでしょうか。
今回は、以上になります。
最後までお読みいただきありがとうございました!
では、また、明日の記事でお会いしましょう!!!
