#17 5日目の宣告。掴み取った「独り立ち」と、ダブルワーク前夜の静かなる覚悟
「……〇〇さん」
20年のキャリアを持つ大御所チーフが、夕暮れのマスター室前で私をじっと見つめました。
全身の筋肉が疲労で硬直する中、私は息を呑んで彼女の次の言葉を待ちました。
「正直、驚いたわ。7日で独り立ちなんて無茶だと思ってたけど……あなたの今日の動き、そして17番グリーンでのライン読み。あれは、毎晩相当死ぬ気でコースを頭に叩き込んでこなきゃ絶対にできない動きよ」
チーフはそう言うと、手に持っていたバインダーをポンと私の肩に優しく当て、ニヤリと笑いました。
「テストは【合格】。明日(6日目)もう1日だけ最終確認で一緒にラウンドに入ってもらうけど、大丈夫だと思うから来週からはもう一人でコースに出ていいわ。よく頑張ったね、〇〇さん」
――合格。独り立ち。
その言葉が脳内に響いた瞬間、視界がじんわりと滲むのを感じました。
自己破産し、40歳を過ぎてすべてを失い、15歳も年下の若者や大御所キャディさんたちに頭を下げて泥水をすする思いで走り続けたこの5日間。
張り詰めていた緊張の糸が一気に解け、作業着の袖でそっと目元を拭いました。
「……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます!」
深々と頭を下げた私の胸には、これまでにない確かな「手応え」が灯っていました。
### 1. 土曜日の「静かなる準備」
明けて6日目の金曜日。最終確認のラウンドを何の問題もなくノーミスで終え、私のキャディ研修は実質的に幕を閉じました。
そして迎えた土曜日。
本来なら「独り立ち」の余韻に浸り、泥のように眠りたいところでした。しかし、崖っぷちの私に休息の2文字はありません。なぜなら、2日後の月曜日、朝7時からは「もう一つの戦場」である食品配送の仕事がスタートするからです。
この土曜日は、ダブルワークという未知の領域へ飛び込むための「命懸けの準備期間」でした。
「月曜から、朝は配送、昼からはゴルフ場……。肉体的に、本当に耐えられるのか?」
自宅の六畳間で、私は2つの仕事のタイムスケジュールをノートに書き出し、何度もシミュレーションを繰り返していました。
キャディで1日中走り回った後の体で、月曜の朝7時からトラックを運転し、重い荷物を運ぶ。想像するだけでゾッとするような過酷なルーティンです。
しかし、引く選択肢など最初からありません。月40万円のノルマを達成し、家族を守り、人生を再起動するためには、この肉体の限界を超えるしかないのです。
### 2. 妻が夜に差し出した、一枚の「紙」
その日の夜、リビングで明後日のルートマップを確認していると、妻が静かに近づいてきました。
「これ、体に貼っておいて。明日、少しでも疲れが取れるように」
手渡されたのは、薬局で買ってきたであろう安価な湿布薬と、手書きの小さなお札のようなメモでした。そこには、ただ一言、
『お疲れ様。無理だけはしないでね』
と書かれていました。
自己破産で巻き添えにしてしまい、苦労ばかり、かけている妻。彼女のその優しさが、今の私には何よりも痛く、そして何よりも強いエネルギーに変わるのを感じました。
「ありがとう。大丈夫、絶対にやり抜くから」
### 3. カウントダウンの終わり、そして月曜朝7時へ
日曜日。翌日からの激闘に備え、私は体力を温存するために静かに過ごしました。
しかし、心臓の鼓動は一日中、高鳴り続けていました。
恐怖がないと言えば嘘になる。
キャディとしてはなんとか独り立ちできた。しかし、明日の朝からは、全く別のスキルと体力が求められる配送の現場が待っている。
「猶予はもうない。明日から、本当の地獄のダブルワークが始まる」
布団に入り、天井を見つめながら私は拳を強く握り締めました。
月曜日の朝7時。
崖っぷちの男が生き残りをかけた、2つの戦場を往復するリアルな日々がいよいよ幕を開けます。
(次回へ続く)
**次回予告:**
「月曜朝7時、食品配送の現場へ初出勤。待ち受けていたのは、キャディとはまた違う、時間と肉体の限界に挑むプロたちの洗礼だった。初日から容赦なく押し寄せる配送ルートの罠に、私は再び大汗をかくことになる――!」
