見出し画像

【全3.6万字】自己理解プログラム体験者のその後|修了1年後に適応障害になった実話と、隠れた落とし穴の全記録。

この記事の内容はノンフィクションです。

2024年12月、八木仁平さんの自己理解プログラムを修了しました。

●自己理解プログラムとは
「価値観」:自分が価値を認めて大事にしたい考え
「得意なこと」:無意識のうちに自然と自分ができてしまうもの
「好きなこと」:自分が興味のある分野
の3つの掛け合わせで生まれる「本当にやりたいこと」を
あらゆるワークを通して10個のステップで言語化していく。
3ヶ月で33万円の高額講座。


そこから1年が経ち

タイトルのように
私は適応障害になりました。


その1年間の経緯と、
私が味わってきた苦悩を、

冷静に
できるだけ分かりやすく
かつ
「生々しく」

言葉にしようと思います。



✅①自己理解プログラム修了からの歩み
✅②適応障害の兆候と受診するまでの歩み
✅③なぜ自己理解をしても適応障害になったのかを考察
✅④効果が出る【自己理解】の隠れた真実
✅⑤これからどうしていくのか。自己理解のその先へ。


の順番で書いていきます。

約36,000字の長文なので、ゆっくりお読みください。


わたしは
あなたが、何を気になって
この記事を開いてくれたのか、直接は届かぬ思いを馳せています。


▶タイトルが気になってクリックした

▶自己理解プログラムを受けようか迷っていて、今のあなたのモヤモヤが解消されるのか気になる

▶自己理解プログラムを修了した人がどう歩んでいるのか知りたい

▶メンタル的につらくて、どんな状態が適応障害なのか基準が知りたい

▶生きづらさを感じていて何で生きづらいのか知りたい


自己理解プログラムを良かったと思っている人にとっては
「なんだ、ネガキャンか」
「ちゃんとプログラムやり切ってないんじゃない?」
「価値観、得意なこと、好きなことが本心とズレてたんじゃない?」
って思われるかもしれませんが
正しい気持ちだと思います。


行動力があって自己実現に近づいている人にとっては
「ただ甘えているだけなんじゃないのか?」
「行動が足りない、恐怖から逃げてるだけ」
「成功した結果がないなら読む意味ないじゃない」
って思われるかもしれませんが
正しい気持ちだと思います。

ぜひそんな方にも読んでいただいて、
何か気づきを得てくださったら嬉しいです。



「いかにすごい結果を出したか」よりも
「今まさに歩んでいるプロセス」を
ありのままに、私は、書きます。


プロセスは、それを実際に生き抜いた人にしか語れないし、
自分だからこその役割だと思って
そういう自分だから伝えられることがあると思って
この記事を、書きます。







✅①自己理解プログラム修了からの歩み

①-1 自己理解プログラム修了


冒頭にあるように
2024年12月に自己理解プログラムを修了しました。

●自己理解プログラムとは
「価値観」:自分が価値を認めて大事にしたい考え
「得意なこと」:無意識のうちに自然と自分ができてしまうもの
「好きなこと」:自分が興味のある分野
の3つの掛け合わせで生まれる「本当にやりたいこと」を
あらゆるワークを通して10個のステップで言語化していく。
3ヶ月で33万円の高額講座。

私も例に倣って
ワークとステップに従って「本当にやりたいこと」を言語化しました。
「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」を言語化した納得感は高かったです。
最後に、その実現に向けての行動目標を書きました。


この記事では、
プログラム内の最後のコーチングで起きた出来事を書きます。

それ以外の出来事は、こちらのマガジンにまとめているので
気になる方は新しいタブで開いておいてください。

合わせて、
当時私が言語化した「本当にやりたいこと」「価値観」「得意なこと」「好きなこと」を載せておきます。

【本当にやりたいこと】
自分軸が不明瞭な人に対して自分軸が明快になり前進・調和しやすい状態にするために論理と感情を両立させた対話で相手の心に刺さる言葉を伝えることです。

【価値観】
根底にあるものから、明快→前進→やり切る→真価→ハーモニー

意味:明快な状態で行動を起こすことで、やりたい物事に向かって前進して近づくことができる。前進を実感するからこそ、結論まで追求し良好な結果を達成するまでやり切ることができて、ありのままで等身大の自己や自分の才能、物事の真理(真価)を理解・発揮でき、ありのままの自分でハーモニーを織りなし周囲と一体になれる。

【好き】
①自己理解(心理)
②対話(コミュニケーション)
③目標設定(コーチング)

【得意】
・サシでの対話
1対1でじっくりと複雑なテーマを対話し、お互いの理解と認識を深める

・臨機応変の貢献
どんな状況下でも臨機応変の行動によって、自分の価値を最大化すると同時に周囲にも価値を提供する

・学習への没頭
新しい知識やスキルを求めて精力的に学び、そのプロセスに没頭する姿で周囲に好影響を与える

・感情と論理のバランス
論理と感情のバランスを保ちながら伝える

・他人へのGive力
相手にとって必要なことをしっかり確認したうえで行動にできるパワーがある

・機微
周囲の機微を見つけて少しでも良い方向に変化する行動を起こす

・スムーズアクション
依頼確認する際も、相手が動きやすいように発言ができる


さて、3ヶ月33万円を費やし、集大成である最終コーチングの時間。

何が私に起きたのか。


最終コーチングは、

言語化した本当にやりたいことを実現していくための目標設定

をコーチとお話しました。


コーチングをさせていただく前に
私は、現実的に達成できると自分で思える目標を設定していきました。

なぜなら、
目標が達成できなくて何も価値が出せなかった自分はダメだと自己否定してしまうからです。

「目標は達成するもの、乗り越えるもの」

仮に目標が達成しなくても、
達成しようと全力を尽くして
せめて、何かしらの価値を残す。

だから、

この目標設定をしながら
私が感じていたのは


「本当にやりたいことを実現していくワクワク」ではなくて
「目標達成の結果やプロセスで価値を残すための緊張感」でした。


そんな状態で始まった最終コーチング。


これで最後だとしみじみ感じながら
3ヶ月、私と向き合ってくださったコーチに
設定した目標を話していく私。

穏やかに時間が流れていく。


そこにコーチからのひと言。

コーチ:
1年後の目標設定ですが、たくまさんならもっとできますよ!
○○○にしてみたらどうでしょうか?


私:
「あぁ、そうなんだ。分かりました。
3ヶ月向き合ってくれたコーチが、そう認めてくれるんだからいいか。」


そして、さらにもう一言。

コーチ:
この実現手段を実現した1年後のたくまさんは
どんな気持ちになっていますか?


私:
「……。
えっ……?」


今までの穏やかな時間と
しみじみした気持ちがサーっと消えていく。

……沈黙の時間が続く。


「…何か、言わないと…」



そんな焦りと共に


「…ここで、これに答えられないと
費やしたお金と時間、全部無駄じゃん」


虚無感が心を蝕んでいく。


……


どうにか、
口にできたのは

私:
「行動ができてよかった。そんな感じですかね。」


ワクワク、キラキラの感情が乗っている言葉は何も出なかった。


コーチはいろんな角度から
私を持ち上げようとしてくれました。

コーチ:
正直、今まで見たクライアントの中でも
ここまで向き合って大量に言語化する人はいない。

密度濃い100日間を送っていたと外から見ても思います。

そして無料カウンセリングからお会いして
実績もあって優秀な人だと感じましたし

本当にやりたいことを見つけたら
その目標に対して突っ走っていってしまうと
私は確信しています。

決めてもらった実現手段よりも
もっと大きなことを実現しちゃう、
とてつもないポテンシャルを秘めている。

でも乗り切れていない感じが凄いします。

これらの言葉に、
首を縦に振ることはできない私がいました。


「とてつもないポテンシャル?そんなわけない」


コーチはいろんな角度から
私を持ち上げようとしてくれたのが分かりました。

でも、持ち上げようとすればするほど

「そんなわけない」の気持ちが
反比例に増えていく。


私:
「客観的な目線で、もし、そういう人が近くいたら、

コーチと同じような言葉を言うと思います。
この人は突き進める人だ、と。

だけど、私に向けて
同じ言葉を言われても自分で自分にYesと言えない。
客観的に見てもなんでだろう?と思います。」


多分、普通の人は
最終コーチングで自己実現の目標を話すと
ワクワクとかキラキラとか
モチベーションが上がるような感覚になるんだろうと思う。


けれど、
そのワクワクやキラキラを
私は感じられなかった。


「そんなわけない」の自己否定が増えていく、
そのさまに気づいてようやく分かりました。


私がこのプログラムで分かったことは
「本当にやりたいこと」ではなく、


「自分の存在そのものを否定する」
「前提として自分を底辺として扱う」


私が、私自身を
究極的に自己否定をしているという
残酷な気づき


だったんです。


不思議ですよね。


言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」の納得感は高かった


なのに、

「本当にやりたいこと」への目標達成している自分を想像できなくて、ワクワクしない。

終いには、適応障害になった。


その理由は、
第③章で考察するので楽しみにしていてください。





①-2 自己実現に向けた積み上げ結果


自己理解プログラムで見つけるはずだった「本当にやりたいこと」

言語化した「本当にやりたいこと」と自己実現のための目標に
ワクワクやキラキラを感じられず終わったとしても、
時間は流れていく。

私の自己実現は何なのだろうか?


悶々と考えなければならないかと思っていましたが、
案外、スーッと決まりました。

それは、

究極の自己否定から抜け出すこと。


これについては、
不思議と暗い未来がなかったんです。


「これを抜け出したら、この後の人生何も怖くない」


それくらいの言葉が頭に浮かんでいました。自己理解プログラムで見つけた価値観「明快」が満たされています。


私の自己実現に向けての方針は2つ。


「環境」と「行動」


よく大事だと言われる2つかと思います。

✅究極の自己否定を抜け出すために自分と向き合える環境に入り、行動を積み上げる。

✅納得度が高かった、自己理解プログラムで見つけた「価値観」「大事なこと」「好きなこと」について、行動を重ねて成功体験を積み上げる。


まず、究極の自己否定を抜け出す環境に選んだのは、
心理学や脳科学を学びながら自分もコーチングをしてもらえるスクールでした。
自己理解プログラムを終えて、1週間後に主催者とお話できる機会を作り、その1週間後にはスクール参加を決断しました。

ここで「本当にやりたいこと」とは別の視点で自己理解を深めていくことにしました。


そして、成功体験を積み上げる環境として、

  • 朝活コミュニティ

  • 仕事

  • noteやXでの発信活動

を考えていました。


自分ひとりでは、どうしようもないので、
自己理解プログラムを受講したように
周囲の環境や専門家を頼りながら自己実現も進めていきました。


年間の自己投資額は200万円を超えていました。


◆スクール

自己実現の本丸です。
毎月、丸1日の講義と2冊の課題図書、そして定例会、コーチングがあります。もちろん1回の講義と定例会で全てを理解できないので
合わせて内容の復習、発信活動、自分との向き合いを、一般会社員として日常生活を送りながら淡々と積み重ねていました。

だから朝活を含めた自由時間は、ほぼスクールのために費やしました。



結果として、

究極の自己否定をしていた
根本原因に気づくことができました。

そのおかげで
自分が感じていた生きづらさという点が、
その根本原因という点で
全てが線で繋がり


生きづらさを引き起こす心の構造が
一面に雲ひとつなく広がりました。


これが究極の自己否定の全貌だと。


そして心の構造の一番下にある、
「心の土台」を再び整えてリスタートを切るステップを踏んでいます。
これは一番最後の第⑤章で話しますね。



◆朝活コミュニティ

2025年2月から参加しました。1月から朝活を開始していましたが、ひとりで継続するよりも朝活をやる志向が同じコミュニティに入って「朝活の習慣化」と「朝活での成果」という成功体験を加速させるのが目的でした。

月¥20,000円の参加費という、朝活継続のためのプレッシャーをかけました。1日の朝活ごとに¥1,000円分の暗号資産を獲得できる仕組みだったので積み上げれば自分の成果=成功体験になることも期待していました。

このコミュニティは2025年10月まで参加しました。

参加中は、

・仕事のためのIT資格勉強
・読書
・スクールでの学びの復習
・自分と向き合うジャーナリング
・noteやXでの発信
・メルマガ配信

などを積み上げていきました。

積み上げていくことを最優先に、
とにかく成功体験を重ねていくように
自分が決めた目的に向かって進みました。




◆ITの仕事

仕事は、1年目から新卒内でトップ評価をいただき、昨年は後輩のOJTという立場で小さくマネジメント経験も積んでいきました。その中で担当外業務の巻き取りや開発期間を短縮しながら高品質の成果物作成による利益貢献など社内外での信用も積み重ねることができ、より顧客に近い立場での主体的な立ち回りや協働連携が期待されていました。

今年は顧客のIT部門に参画し、社内全体からの問合せ対応や業務部門別の開発支援、導入教育などを一手に関わる内容になりました。

顧客からも技術的な信頼感と先回りした遂行力を評価いただき、社内の評価分布でも、ずっと上位10%でした。

上司からも
「参画するプロジェクト次第では、期中のMVPを狙えるポテンシャルがあると思います。自己研鑽も継続的に続けていて、部内へのナレッジ共有も意識的にしていただき、良い刺激にもなっていると思います。自走力は申し分ないので、今後は自走+他者のマネジメントを目標にやっていきましょう。」

というような今年の総括評価をいただきました。


こちらでも自己理解プログラムで言語化した価値観「前進」「やり切る」「真価」も存分に満たしています。

さらに、自己理解プログラムで言語化した「得意なこと」をたくさん発揮したから周囲からの評価が得られています。

加えて、自己理解プログラムで言語化した「好きなこと」をやっています。(IT、心理学、文章書き、目標達成)


言語化の納得度が高かった何よりの証拠ではないでしょうか。


そんなわけで
今年1年間における、
自己実現に向けて積み上げた結果をまとめると、こんな感じです。


[積み上げ結果]

  • X
    5ヶ月間、ほぼ毎日99%発信、投稿数830以上。

  • Note
    現在も継続中。174記事を投稿。読まれた数は約2.7万回

  • IT資格
    5個取得。会社から30万円のインセンティブ獲得。

  • 朝活
    8か月で194日の朝活実施。

  • 読書
    50冊読了。うち10冊ほど3,4周読み返しているので実質80冊超え。

  • 自分と向き合う
    キャンバスノート約5冊分。数十万字を超えるジャーナリング

  • 社内評価が上位10%に入る。

  • メルマガ読者0→40人

  • 対話の機会0→3回



独り暮らしで家事をこなしながら
一般会社員として働いている中で

これだけのことを積み上げるために
時間を生み出して行動したのは、
普通か、そうじゃないか。

最高ではなくても、
最善には近づけたかなと思います。

「ようやっとる」って自分に言ってあげられるかな―――

少なくとも、この記事を書きながら
「全然できてないじゃん、ダメだな自分」って
自己否定をしていないので、

自己実現の目標設定で恐れていた、

目標が達成できなくて何も価値が出せなかった自分はダメだと自己否定してしまう

には、なっていなかったと思います。


しかし、
このような積み上げを重ねた一方で

適応障害になった


という事実も私にはあります。


不思議ですよね。


言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」の納得感は高かったのに。



ここからは、
積み上げた行動の結果の裏にあった、

感情や気持ちといった、
心理面の動きをより交えながら
適応障害と診断されるまでの経緯を見ていきましょう。




✅②適応障害の兆候と受診するまでの歩み


まず第一に、

適応障害とは、どんなものなのでしょうか。

ここでは、アメリカの精神医学会が出しているDSM-5-TRや
日本の医学書、標準精神医学に基づいて定義すると、次の状態を指します。

環境の変化や生活上の出来事(明確なストレス因子)に対して、
個人の適応能力を超えた、心理的・行動的な反応が過剰に生じ、
日常生活や社会機能(職業的機能)に大きな支障をきたしている状態

DSM-5-TR、標準精神医学

つまり、ストレスそのものが「異常」なのではない、何かしらの明確なストレスに、身体的、心理的な反応が過剰に出ていて、その結果、職務能力や生活能力が著しく低下する状態ということ。
なお、その状態は本人が弱いわけではなく、個人の適応 × 環境条件のミスマッチによって起きているということなんです。


ポイントは、

「一般的にはよくある出来事」でも起こりうる

✅そのストレスの強さ・性質に比べて過剰に反応し、社会生活・仕事・学業などに明確な支障が出てしまう

本人が能力的にできない/弱いわけではなく、個人の適応 × 環境条件のミスマッチ

の3点だと思います。

この第②章は、

その何かしらの「一般的にはよくある出来事」、
その出来事から出た、身体的ストレス、心理的ストレスの過剰な反応
4つの時系列でまとめます。

その後、次の第③章で個人の適応 × 環境条件のミスマッチを含めた適応障害になった理由を考察します。


あらかじめ
お伝えしておくと、

適応障害になって振り返ると、
発狂のような、ストレス反応が「異常だったかも」と感じますが


当時の私は
「自分の努力が足りない、自分はまだまだ頑張ってない」と、
ある意味、その状態が「普通の範疇内だった」と思っていました。

つまり、適応障害と診断されるまで

「普通」と「異常」が自分では分からなかったんです。


ぜひ「これは普通か、異常か」という視点で読んでみると
何か、気づきがあるかもしれませんね。




②-1 自己理解プログラム修了後〜自己実現開始
(2024/12〜2025/2ごろ)


この時のマインドセットは

「とにかく動く」

でした。

これは、自己理解プログラムで言語化した、価値観である「明快」「前進」「やり切る」「真価」を存分に含んでいました。

先述したように
「究極の自己否定を抜け出す」べく、
自己理解プログラム修了して1週間後にはスクール主催者とお話できる機会を作り、
その1週間後にはスクール参加を決断しています。なお、費用は130万円を超えています。それだけ大きな決断だったんですが、このスピード感で動けていたんです。


また、朝活を自主的に始め、IT資格の勉強を始めています。

これまでも自主的に始めたものを習慣化しようとしたことがありました。
散歩、筋トレ、ストレッチ…

ですが、毎日続けることはできなく、継続できない自分を責め、離れていきました。

その反省を生かし、
いきなり毎日やることに重点を置かず、
スモールステップで、
「継続」よりも「積み上げ」を重視していました。

「継続」はストップすればゼロに戻りますが、
「積み上げ」は行動すれば、必ず+1です。


ただでさえ、究極の自己否定を持っている自分が
自己否定・自分責めを減らすためにも
意識や解釈を変えていきました。


また、「ようやっとる」という自己受容ワードを決め、
何かを積み上げるごとに自分に言い聞かせました。

「ようやっとる」

「ようやっとる!」

「ようやっとる!!」


この時期は、やることが全部プラスに積みあがるので
行動することが気持ちよかったです。


行動できない日があっても、スモールステップを意識していたので
そこまで自分責めを引き起こすこともなかったです。


良いスタートを切れていたのかなと思います。


その気持ちよさを加速させるために、
朝活コミュニティに入りました。
こちらも月¥20,000円という、破格の参加費でしたが

1日の朝活ごとに¥1,000円分の暗号資産を獲得できる仕組みだったので
20日分積み上げれば参加費が回収でき、
それ以上はプラスに転じ、

そのまま、自分の成果=成功体験になっていきました。


成功体験は、朝活の時間も相まって
思っていた通り加速しました。

1ヶ月ごとに1個のIT資格を取得し、
会社からのインセンティブ獲得を3回できましたし、

note記事も1時間で1,000字書けるくらいになっていました。

Xでの投稿も開始し、自己理解プログラム各界の方や朝活コミュニティ各界の方とのつながりも生まれてくる。

自己理解プログラムで言語化した価値観の最上位にある「ハーモニー」も満たしつつありました。


「ようやっとる!!!」


仕事の方でも、
もともと顧客の要望を多く満たせるかどうか不透明な開発案件でしたが
週次で定期的に先輩方に相談できる時間があったおかげもあって


開発の主担当として
開発期間を短縮しながら、かつ高品質の成果物作成を実行できました。

とてもやりがいを感じた瞬間でした。

「マジでようやっとる!!!!」
「いいぞ自分!」
「もっと仕事でも貢献していくぞ!」



公私ともに充実感があったんじゃないかなと。
ブレーキを踏まずアクセル全開!
そんな時期でした。





②-2 自己実現前期
(2025/3〜2025/6ごろ)


相変わらず、公私ともにフルスロットルで行動する毎日。


X投稿は1日10投稿を毎日続け、
noteも1日1投稿を毎日続け、
メルマガも開始。
ビジネス構築も開始。
さらにIT資格を2つ取得し会社からのインセンティブ獲得。

「ようやっとる!!!!
………」


仕事の方でも、新たな案件に参画し、
顧客により近い立場で
より主体的な動きが期待されていました。

所属部門が同じ先輩方もいらっしゃいますが、
この案件では週次の定期的な会話はなくなり、お互いの状況をよく知らない状態で、個々がそれぞれ対応を進めていく形でした。

先輩方と会話が生まれるのは、ちょっとした不明点の確認や担当割り当てのときくらいです。

「定期的にお互いの状況理解もかねて時間つくりませんか?」と提案してみたものの、「やってみようか」と言われながら自然消滅しました。

仕事内容は特に、現場の方からの問合せ対応で、毎日問合せが来ます。


「○○○が分からないから教えてほしい」
「△△△というエラーが発生した。対処法を教えてほしい」
「□□□を実現したいのだがどうすればいいのか分からないので支援してほしい」


基本的にリモートワークでの対応なので、

▶文章でのやり取り
▶図表を含めて手順書をまとめる
▶オンライン会議で会話する

あらゆるコミュニケーションを駆使して

相手が理解できて分かりやすいように、
次のステップに行けるように、
スキルが向上するように

得意なことを駆使して対応を続けました。

だからこそ顧客からの信用が得られて社内外での評価が良かったんだと思います。

「ようやっとる!!!!
………?」


一方で、淡々と対応していく中で生まれる

  • 相談したい内容の情報不足

  • 不足した情報が提供されるまでの待ち時間

  • 相手の応答までの待ち時間

  • 認識を共有するための複数回のラリー・やり取り


これらの時間に対して、ストレスを感じるようになります。


「この時間何もしていないけど、ようやっているのか???」

「ようやっとるを積み上げられないじゃないか。」

「ようやっとるを積み上げられる別のチャンスを見つけなければ。」



ちなみにこのストレスには、
この仕事に新しく参画してから1週間で気づいていました。

自分と向き合うノートに、こう書いていたからです。

この案件に入ってから、自分の調子を崩している。仕事の時間がつらいぞ。今までこんなことなかったのに。

2025/3/12

たとえ早く仕事をして時間を作っても自分に何も生まれない。ホントやだ。
進め方をどこまでこちらでコントロールできるのか分からないままだ。
8時間労働でみっちり8時間やってる人なんておらんか。

2025/4/24

動きたくても動けない感じがマジで気持ち悪い。解決しようにも動けないのがマジでうざい。
やだやだやだやだやだ
うざいうざいうざいうざいうざい

2025/6/25


「ようやっとる??ホントに???」



この時期から

自己受容ワードの「ようやっとる」に「?のギモン」が付くようになりました。



どういうことかというと、こんな問いが生まれてきました。

行動を積み上げた数よりも、
積み上げた先に価値が生まれたり
良い成果/影響が出ていたりしているのか?


が気になり始めたのです。


さらに言うと、


自分は価値を出している存在なのか?


何も価値が出せない、役立たずで無能なダメな自分になってないか?



という、「究極の自己否定」が顔を出してきました。


積み上げてきた数の、その先。

気になりますよね。


「頑張ってきた成果を知りたい」
「頑張ってきたことを成果につなげたい」

って普通の感情だと思うんですよね。


勉強でも
スポーツでも
筋トレでも
仕事でも
ダイエットでも
人間関係でも
趣味でも

何でも。



でも、事実として

🙅仕事で価値が生まれていない時間があった。🙅

🙅Xやnoteで投稿しても反応がない。🙅

🙅朝活もなぜか辛くなってきた。🙅

🙅身体にも支障が出てきて腰椎椎間板ヘルニアになってしまった。🙅

🙅運動ができなくなった。前と同じだ。🙅



究極の自己否定を抜け出したいで始めたのに
何も変わっていないんじゃないか。

ダメじゃん、自分。

そんな思いが頭を支配しながら


役に立っている自分でいなきゃ
価値を出せる自分でいなきゃ


踏んでいるアクセルを離すことなく
踏み続けました。



そして、忘れもしません。
2025年6月26日のお昼前ーーー


いつもように、在宅リモートワークで
淡々と複数の問合せ対応や他の仕事を同時並行にこなしていました。

チャットの通知音が、ピコンと鳴る。

「エラーが発生した。どうにかしてほしい。」


「どのツールでエラーが発生した?……あぁ、これか。そうしたら、あそこはエラー起こしやすいよな。こっちかな。」

色んな可能性を頭に浮かべる。


「えーと。それで、そのツールを実行したスクリーンショット画像や情報は?…え、何も書かれてないんだけど。」

「そのツールで作成した作成物を共有してねって問合せフォームに書いていたけど、どうかな?…何も共有されてない。共有手順書いてあるじゃん。無駄なやり取り増えるなあ、減らせるようにフォーム修正したのに。」


「じゃあ、ある程度この辺りのエラーかなっていうのを頭に入れつつ、面倒だけど共有してくれるように連絡しておくか。はぁ。」



ピコンと、また通知音。

今度はメールが届いた。
すでに対応着手した問合せの相談者からだった。

「あ、この方か。この方の相談内容は気になるところは聞けていて前提認識も同じだし、解決方針は確実に合っていて、技術検証もOK。手順書も9割方できている。あとは表現の微妙な調整だけ。何だろう。」


「あの、実は、こうこうこうで…」


メールの内容は、解決方針の前提が覆るような新たな情報だった。


「え?今さら??何を言ってるの???ただでさえ一杯一杯に問合せ対応してるのに。これが終わりそうだから、新たに別の仕事着手したのに、またゼロからやらなきゃいけないの…。え……。え?」



ピコン。
また通知音。


背中は丸まり、肩は耳の位置まで持ち上がっている。
呼吸は浅く、息を吸っているのか吐いているのか、自分でもよくわからない。
マウスを握る手がじっとり湿って、カーソルだけが意味もなく震える。

ヤバいな、と頭のどこかで分かっているのに、
「ちゃんと価値を出さなきゃ」
「ここで止まったら役立たずだ、無能だ」
そんな声が、脳内で延々と鳴り続ける。

次の瞬間、椅子から立ち上がって、
誰もいない部屋に向かって、喉の奥を引き裂くように叫んでいました。


「あーーーーーっ!!!!!!」


言葉にならない。
意味もない。
ただ、溜まりきった圧力が、どす黒い声になって噴き出す。

壁に向かって。
天井に向かって。


28年間生きていて初めて発狂しました。


部屋にあった段ボールを蹴り、破り捨て
ベッドフレームを蹴り、
休憩で使っていたストレッチポールでマットレスをぶっ叩く。

持っていたストレッチポールを投げ捨て、
そのマットレスに顔を埋めてまた叫ぶ。


「あーーーーーっ!!!!!!」



もう自分のコントロールができませんでした。


叫んだ直後、急に静かになって
心臓だけがドクドクと暴れて、耳の奥で血の通う音がする。


無言に、ゆっくり、椅子に座り直し、
何事もなかったように、また画面を見て


淡々と、お昼休憩になる時間を忘れて
仕事を繰り返していきました。

「価値を出して、役に立たなきゃ」と。


ちなみに、顧客業務が終わらないことが原因で残業することは殆どしていないです。

つまり、生産性高く仕事をしているわけです。

残業するときは、自部門の定型業務や会社の研修、自己研鑽が主な理由でした。それでも月20時間いかないか、くらいなので1日1時間もしない程度でした。もちろん残業しない日もありました。


何を言いたいかと言うと、

過剰な残業時間だから適応障害になったわけではない

ということ。


残業時間が大してなくても、適応障害って診断されることもあるよ

ってことをお伝えしておきたいです。




②-3 自己実現後期
(2025/7〜2025/11ごろ)


ここは、

仕事上のストレスを明確に感じながら
価値を出して役に立つ存在を無理やり続けていった時期です。

仕事への緊張が常時マックスだった時期ですね。

でも、その緊張は絶対周りには見せていませんでした。


迷惑をかけない、
価値を出せる、役に立てる存在で居続けるために。


一方で
ずっと続けていたXやnoteがゼロにストップしました。
積み上げていた朝活も1ヶ月休みました。
「朝活をやめることにしました」というタイトルのnote記事も書きました。

内容を一言で言うと
「朝活が義務になっていた」のです。

はじめは「やりたい」ことだったはずなのに。

成功体験も積み上がり充実感もあったのに。


知らないうちに

「やらなければならない」ことに変わっていたんです。


その「やらなければならない」ことを止めてしまった自分になってしまいました。


つまり、自己実現の点では、価値がない自分になりました。


価値がない自分である分には、
ある意味、通常営業なんですよね、自分にとっては。

今までと違うのは、
ストレスに気づいていて、発狂している自分にも気づいているということです。

「気づく」


ただ「気づいている」だけ。


でも、「気づいている」と「気づいていない」ってめちゃくちゃ大きいんです。


ひと言で言い換えれば
「しんどさ」がハッキリしてしまった。

「しんどさ」の存在を明らかに、いつも、感じながら仕事をしなきゃいけない。


仕事の時間だけならまだしも、
その「しんどさ」から生まれたストレス反応を日常生活に引き継いで過ごしてしまい


しんどさをさらに強めてしまう。

1日中、
1週間中、
1ヶ月中、

終わりのない、しんどさを
ずっと隣り合わせにしなきゃいけない。


「細い針金の上を、強風の中で歩き続けている」

「背中にずっと、冷たい刃先を突きつけられている」

「猛獣の檻の中で、目を合わせないように生活している」

と言えば、


「しんどさ」に含まれる強さの程度が
とてつもなく大きいことが伝わるかなと思います。


ストップしたことがたくさんあった。

でも、たった1つ、続けたことがあります。


それは、自分との向き合いです。

罵詈雑言だろうが、
殴り書いた汚い字だろうが、
力のない弱々しい字だろうが

ノートに書き続けたんです。


裏を返せば、


文字でも
発狂する声でも
ものを蹴る、投げるでも
何でもいいから

自分の身から

何かを出したかった。
吐き出したかった。
溜まり続けてほしくなかった。


どうにか、今までの仕事のパフォーマンスを保つための「わるあがき」だったんです。


その「わるあがき」で書いたメモをシェアします。

苦しいとか嫌だとか、そういう感情をどう受け止めれば、どこに置けば良いのかマジで分からない。

一緒に持って生きていく感覚がない。

他人のせいにすれば、1人になるし。

自分自身で受け止めるほど強くない。脆い。
受け止める感覚というより、自分の苦しみが増えるだけみたいな感覚。

ずっと宙に浮いている感じ。でも、思ってるのは自分の内側だから、ずっと残ったままで消化できない。

2025/9/8


「吐き出さなきゃやってられない」でも「誰かに聞いてもらいたい」

「誰かに聞いてもらいたい」でも「自分は無能で迷惑かけるから他人には言えない」。

「自分は無能で迷惑かけるから他人に言えない」でも「苦しい、しんどい」。

「苦しい、しんどい」でも「自分の中に溜めたくない」。

「自分の中に溜めたくない」でも「吐き出さなきゃやってられない」。



孤立した永遠のネガティブループ。
究極の自己否定を添えて。


なかなか重苦しいネーミングですよね苦笑


「あーもう誰もしんじられない。味方なんて居ない。」

2025/9/26

「世の中の刺激が全部不快。何も感じたくない。」

2025/9/26

「あーしんどい。冷静に頭が考えられない。ずっと緊張してる。何もしたくない。消えたい。」

2025/9/30

「身体の中に何かたまってる。叫びたい。たまりまくってる。はきだしたい吐き出したい。なんて言葉で叫べばよいか分からないが、とにかく出したい。外に。」

2025/10/9


10月もそんな状態で仕事をしながら、
年度後期の部門キックオフの運営担当に。

断る選択肢は鼻から無いと思っていました。
やらねばいけないタスクが増えただけ。
タスクが進まないことがストレスだから、自分がファーストペンギンになって役割を見つけて果たす姿を見せる。そうすれば事(こと)が前に進んで、自分以外の人たちも役割が分かってきて付いてくるだろう。

(ここでも「前進」の価値観を満たすような行動してますよね)


このタスクが増えて唯一良かったことは、上司と今後の仕事の話ができたこと、現状の仕事から変えたいと意思表示できたことです。

今後のキャリアを考えて、現在やっている仕事の案件から違うものに変えよう。できるだけ早く変えるけど早くても2ヶ月後。

という方針になりました。


このときの心情を書き残したメモです。

今後のキャリアでどうなりたいかを考えるって言われても、何もないなぁ。1on1してもらったけど、別に気持ちはないなー

2025/10/16

仕事で発狂することが以前(6月末から10月中旬)に比べて減っては来たのかな。なんでなんだろう。
仕事の直属の上司や、部門内の別の上司に話せたのが大きいのかな。
それでちょっと安心したり、現状が変えられそうな方向に進み始めたりしたからかな。

2025/10/24


これで一件落着……


とはいかず、


極め付けの11月。


大前提、これまで受け持っている顧客業務は、ほぼ残業せず生産性高く仕事をこなしていました。10月の部門キックオフは残業扱いですが、月20時間前後の範囲内で定型業務をしながら、余分に遂行しています。すなわち残業も生産性高く仕事をこなしていたわけです。

そこに11月は、2つの新しい仕事が入ります。

仕事A▶︎今月は最低30時間程度関わる必要がある新規の仕事で今後、稼働が増えていく予定。

仕事B▶︎今月はどれほどの時間を要するか分からないが、確実にメインで動かなければならない新規の仕事で来年3月まで続く予定。


つまり、こういう事です。

→顧客業務はいつも通り生産性高く仕事する。

→残業にならざるえない部門内の定型業務もしっかりこなす。

→そこに加えて、仕事Aも仕事Bも、今まで通りの生産性高い仕事のパフォーマンスを期待される。


ここで確定したことは、

今まで通り生産性高く仕事をこなし続けて、
今まで通りの価値を出して役に立てる存在でいる。


もっと言えば、

残業時間が増えることは100%確実で
どれくらいの残業になるか分からないけど、
全ての時間で今までと同じパフォーマンスを期待されている。


もちろん、やらない選択肢はありません。
やるしかありません。

価値ある役に立てる存在で居続けるため。


相変わらず、吐き出しは続きます。
罵詈雑言が、さらに増えてきます。
人には言えないようなものも出てきていましたが、

人にも言えそうな部分だけ掻い摘んで、向き合いノートに書いたことをシェアしますね苦笑


「ボーッとする瞬間がなくなって落ち着いていられない感じ。何か動いてないと、何かタスクを見つけないと。」

2025/10/20

「何もしてないときのソワソワ感。タスクを探そうと緊張感がギューって上がる。」

2025/10/24

「休憩をするとか、ちょっと休むとか、休みを入れるスキマすら無いくらい脳が常時フルスロットルで全方向にアンテナを最大感度で張ってる感じ。しんどい、しんどい、しんどいって頭が言ってる。あーーー。」

2025/11/17


これを越えてくると、罵詈雑言すら無かったことになります。

「今日飯食ってない。お昼休憩もしてない。
ずっと打ち合わせからの開発からの打ち合わせ。」

2025/11/18

「なんかもうゾーンって感じ。悪い意味で。不安だとか、感情を感じたり、休むという概念すらない感じ。脳死で次々来るタスクを淡々とやってる。感情を完全抑圧してる感覚。ホントに空っぽにしてる感じ。逆に少しでも感情を揺さぶられる刺激を感じると、一気にキレ散らかしそう。この状態を自分で切ろうとするにもできないから、いくとこまでいっちゃえば、ようやく自然に落ち着くかな。」

2025/11/20

「動き続ける感じになってるなー。家事がアクティブレストなのかな。仕事以外に意識を向かせてる感じはあるけど、感情も疲れもかんじないように、無にしている感じになるな。」

2025/11/20

「ここ4日間の平均残業時間は4時間くらいじゃないかな。フツーに仕事こなしてるだけなのに。なんで。わら」

2025/11/20

「今日(午後1時)朝ごはんは、頑張って食べたって感じ」

2025/11/21

「今日(別の日の午後6時)初めておなた空いたかなって実感が落ちてきた笑」

2025/11/21

「今日は目覚めが早かった。目覚ましなくても起きたい時間の1時間前に目が覚める。
そろそろ末期かなーー。眠りが浅いってことだし。回復が追いつかなくなってる。エネルギーの前借りが本格化してる。」

2025/11/26


そう、

頑張るのはエネルギーの前借り。


このエネルギーの負債は、6か月以上の期間をかけて膨れ上がっていました。



負債は、どこかでしわ寄せが来ますーーー






②-4 精神科受診の葛藤と適応障害の診断
(2025/11/29〜2025/12/9)


2025年11月29日。

目が覚めたのは、午前2時。
いつも起きる時間よりも5時間も前。

その時に書き起こしていた、弱々しい薄い字で書かれていたメモ。

「前日20時気絶→2時に目が覚める。そこから3時間うつじょうたい。鼻の息の音が不快。呼吸したくない。息をすることがつらくなる。仕事のやる気ができない。きょうは仕事中、頭が全く働かなくなった。休けいしないとパフォーマンス下がるよと言われても。信用できない。我慢して仕事するだけ。あるのは我慢だけ。感情なんて無視される、高圧に抑えられる。もう知らない。仕事の評価なんてどうでもいい。来週が来てほしくない。どうせ苦しいだけなんだもん。何も楽しくない。苦しいギムだけの時間。追い込まれた。どうしよう。こわれたのかな俺、もともとこわれてるか。あーおなかいたい。息吸いたくない、音がうるさいから。心が安定しない。仕事から逃げたい。」

2025/11/29


この日は夜から恋人と紅葉を見にいく予定で次の日も一緒に過ごす予定でした。


その次の日。2025年11月30日。


朝起きて最初に頭に浮かんだ気持ちは
「仕事しんどい」でした。

そして浮かんできたのは

「生きていい理由がない感覚。生きることが義務みたい。次から次へと来る義務をただこなすだけの人生。」

2025/11/30


恋人が隣にいる前で、そんなことを考えてました。

恋人と居ても、全然会話する言葉が出てこず言葉数が極端に減りました


そして、

この日に2度も訳も分からず涙を流しました。


自分でも何でだか分かりません。


心が壊れました。


恋人からも「心療内科とか、病院で診てもらったら?」

スクールでコーチングしてもらってる人からも「精神科に診てもらってもいいと思うよ」


自分には、まだ縁がないだろう、
まだまだ行くほどではないだろうと思っていた


「精神科」「心療内科」



という言葉が周りから出始めました。



2025年12月1日。
週頭の月曜日。


「しんどい。仕事全然できないし、頑張りの踏ん張りするエネルギーすら湧かない。休みたいのにどんどん仕事(義務)が増えるから、このしんどさ、いつ終わるんだろう」

2025/12/1


相変わらず仕事が手につかない。

2025年12月3日。

上司から年度前期の評価フィードバックをいただく中間面談。
そして年度後期の目標設定面談。

ここで先述したフィードバックをいただきます。

「参画するプロジェクト次第では、期中のMVPを狙えるポテンシャルがあると思います。自己研鑽も継続的に続けていて、部内へのナレッジ共有も意識的にしていただき、良い刺激にもなっていると思います。自走力は申し分ないので、今後は自走+他者のマネジメントを目標にやっていきましょう。」


第①章で読んだときの印象と変わるかもしれませんね。

私には、もはや、そこに喜びなど無く、感情すらも湧きません。


「あー今度は期中MVPっていう義務ができた。無理。もう無理。」

そう思っていました。

時間が余ったので、残りは1on1になりました。

上司:
「なんか元気なさそうですね?」

私:
「はいそうですね」

上司:
「仕事はどうですか?11月は大変だったと思いますが。」

私:
「えーっと、ここ数日、仕事の思考力がほとんどないです。言われたことはできるけどって感覚です。」

……

上司も何かを察知したんでしょう。
この後は、生活に関する質問ばかりでした。


食事や睡眠は取れているか?
→最近は1日1食で、眠れている感覚がない。

休日は休めているか?
→休んでいるって感覚はあまりない。中途覚醒するか、午後までずっと寝てるか。

……

上司:
「これは休んだ方がいいですね。来週有給休暇取りましょう。すぐ解消できるわけではないかもしれませんが、休まないでこの状態をズルズル引きずるのも良くないですし。あと、定期的に会話しましょう。」

私:
「分かりました。来週の月曜日と火曜日は有給休暇にします。」




2025年12月4日。

この頃から、適応障害に関するYouTubeを見始めます。自分が適応障害なのか、そうじゃないのか、その目安が知りたかったんです。


「人生の希望が見出せない。生きづらい自分の人生すべてが見えた感じ。人生の指針がなにもなくなって全然定まらない。生きている理由がなくなった。でも精神科に診てもらう決断ができない。やすんでいい判断がもらえるのか怖い、もらったとしても今までのようには生きられなくて生活も環境も人間関係も見捨てられそうで色んな恐怖が入り混じりすぎて決断ができない。自分の意志が何も無い。」

2025/12/4




2025年12月6日。

「元気になりたくないって思った。精神科を受診するのも辛いししないのも辛い。義務だ、タスクだ、すべきことだとしても辛いし、しないのも辛い。」

2025/12/6

恋人とも電話で
「適応障害って診断されてもされなくても、やっぱり一度専門家に診てもらった方がいいよ。睡眠薬だけでも処方してもらえると安心するよ。私は眠れない日々が続いたときは心療内科に行って睡眠薬貰ったことあるよ。」って話しました。

そこでようやく、精神科を受診することを決断しました。

はじめて周りから「精神科」「心療内科」という言葉が出てきてから1週間後のことです。


風邪や発熱のときみたいに
「よし。すぐ病院に行こう。」とは
どうしてもならなかったですね。

どうしても「普通」とは違う「異常」になってしまうみたいな思い込みが強くあったのかもしれません。

なんか身近な感じがしないですもんね。

けれど、今思えば、早く行っておいてよかったなと思います。
(当事者である、当時の自分は、到底思っていませんが)

実際に行ったことあるよって人が
恋人という身近な存在にいたのが
大きな救いだったかもしれませんね。ありがとう。




2025年12月9日。
有給休暇で休んだ火曜日。

お昼ごろ、オンラインの精神科を予約していました。なぜかというと、すぐ診てもらいたかったからです。

予約しようとしたら「初診は数ヶ月後です」と言われるのか一番怖かったので、直近で確実に診断予約ができるオンラインの精神科にしました。使用したのはウィーミートです。


事前のWeb問診に今までの向き合いノートに書いた事をそのまま時系列で書きました。


その時感じたのが、当時の状況をメモしておいてよかったなということ。おかげで診察もスムーズでしたし、精神科の先生も状況理解しやすかったのかなと思います。

一番は、しっかり書いて診断を受けた方が自分が納得できると思ったのも大きな気持ちでした。


受診はオンライン通話で実施されました。
待合室画面から入室ボタンが活性化したら先生と会話が始まります。
前の診察状況によって5~10分ほど、時間は後倒しになりました。

しかし、予定されている初診対応時間は対応していただきました。

私の場合は、Web問診で詳しく書いていたので、基本的には問診の内容を改めて確認するような形式でのやり取りでした。

基本的な進め方は、先生がリードしてくれました。
先生が問診表を見ながら、気になった部分の質問をしてくださり、それに私が答える流れでした。

答え方としては、まずは情報提供を意識して、事実を述べました。
先生から「どうでしたか?」「大変でしたね?」と気持ちを確認してくださるときに感情を言うように意識していました。

なぜなら、
今回の診察の目的は、
感情を吐き出すことではなく、
先生に適切に診断いただけるように適切な情報を提供する
だからです。


✅職務状況(職種、業務形態、残業状況)
✅職務能力(今まで通り仕事ができているか、変化があるか)
✅体に出た反応(出始めた時期から反応の内容を時系列で)
✅心に出た反応(出始めた時期から反応の内容を時系列で)
✅生活能力(食事や睡眠、趣味)
✅感情の動きがあるか(例:好きなことをして楽しめるか?)


ひと通りの質問が終わって先生が口を開きます。


先生:
「いろいろお話を聞かせてくださってありがとうございます。心身にストレスがかかっていて睡眠や食事にも支障が出てしまっていますね。大変でしたね。診断の結果としては【適応障害】となります。お休みの期間をしっかりとって、まずは心身を休めることを最優先にしていくのが良いかと思います。診断書を発行しますか? 」


私:
(あ、適応障害って診断された。そうなんだ。でも、休んでしまったら、それこそ【役立たずで迷惑を書ける価値を出せない存在】になっちゃう。もう一回先生に確認しよう)

「あ、はい。そうなんですね。。。問診の内容やいろいろ質問してくださった内容を専門的な視点から判断して適応障害ってことですよね?」


先生:
「そうですね、そう判断しました。今回は診断書を書かないで、次の診察で診断書を書くこともできますよ。どうしますか?」


私:
(あ、そうなんだ。専門的な視点から見てもそうなんだ。自分じゃ分からないし長年診てきていて専門性がある人が見て適応障害って判断するならそういうことか。あぁ、そうなのか。)

「分かりました。今回で診断書お願いします。」



―――適応障害になりました。



先生とのオンライン会話が終わり、静寂な時間が訪れました。

診察時に使うと思って手元に置いていた、向き合いノートが、ふと目に見え、とっさにペンを握りました。

精神科受診→適応障害の診断
感想は「そうなんだ。こんなんで適応障害ってなるんだ」正直そう思ってる。なんなら自分でも辛いフリをしてしまったんじゃないかって罪悪感が湧く。でも専門家がみてそうなんだからそうなのかな。

2025/12/9



2025年12月10日

発行された診断をもって、上司への報告。
在宅リモートワークなので、上司のチャットを開いて文章をしたためる。
事前に生成AIのサポートを受けながら文章を考えていました。

(上司)さん
お疲れ様です。ご相談したいことがあります。
昨日お休みをいただいた際に、専門的な視点からの客観的な状況を知りたく、精神科を受診しました。
医師からは適応障害と診断され、2週間の休養が必要であるという指示を受けました。(今後の最新で期間が変わるかもしれません)
つきまして、今後の手続き等の相談をさせていただきたくご連絡しました。

実際に上司に送った文章そのまま


以降は簡単に述べますが、
上司とオンライン会話をし、医師とどのような会話をしたのかを報告しました。その中で、さきほどの質問内容を答えました。そのまま今日から休職手続きを進めましょうということで、顧客対応の打合せもキャンセルさせていただき、周囲への連絡などは上司にお任せする形になりました。

この会話以降は、上司との会話はなく、会社の休職担当の方との電話やSMS、メールでのやり取りになりました。

そして、この記事を書いている現在も休職中です。



以上が、積み上げ結果の裏にあった、
適応障害の兆候から
適応障害と診断されるまでの
行動と感情の流れです。


「どこが普通で、どこが異常か」
思うところはあったでしょうか。



次の章では、これまでの情報をもとに

この記事のタイトルにもある通り、

3ヶ月33万円を費やした自己理解プログラムで、
言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」の納得感は高かったのに、

適応障害になった


という不思議な事実について


なぜ自己理解を沢山しても適応障害になったのか


を考察していきます。







✅③なぜ自己理解を沢山しても適応障害になったのか


ある意味、この記事の神髄は、ここからです。

3ヶ月33万円を費やした自己理解プログラムで、
言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」の納得感は高かったのに、

なぜ適応障害になったのか?


というギモンに、おそらく初めて切り込むんじゃないかなと思います。


この第③章では、以下の2点について考えます。

適応障害の原因になった個人の適応 × 環境条件のミスマッチ

言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」の【高い納得感】の正体



③-1 適応障害の原因になった個人の適応 × 環境条件のミスマッチ


改めて、適応障害の定義を再掲します。

環境の変化や生活上の出来事(明確なストレス因子)に対して、
個人の適応能力を超えた、心理的・行動的な反応が過剰に生じ、
日常生活や社会機能(職業的機能)に大きな支障をきたしている状態

DSM-5-TR、標準精神医学


ここでは、上記の定義通りに、適応障害が引き起こされる

個人の適応 × 環境条件のミスマッチ


について分析をします。


分析をする上での大きなポイントは

「内側と外側」

です。


より具体化すると、以下の表のような感じ。

内側と外側


ここで①-2を振り返ると、私は、自己実現の方針として

「環境」と「行動」


の2つを掲げましたが、
これも「内側」(行動)と「外側」(環境)ですよね。


世の中の成功法則は、めちゃくちゃ抽象化すると
「環境」と「行動」は必ずといっていいほど含まれると思います。

後は「マインドセット」(≒信念)とかですかね。


さて余談はさておき、

このうち、

「どこにストレス原因があるのか」
「そのストレス反応が過剰だったのか」
「ストレス反応が過剰だった部分=ミスマッチ」


という観点で深掘りすることで、
適応障害になってしまった根本原因を導きます。



これまで外側を先に時系列でまとめているので、外側をベースに考えていきましょう。

時系列でみたときに一番大きく変化しているのは
明らかに②-1と、②-2以降です。

まずは、【外側】職場環境です。

これは②-1と、②-2以降で関わっている仕事形式が大きく変わっています。
この間で大きくストレス反応が変わっているのでミスマッチはありそうです。しかし、11月を除いて残業時間は大きな違いがありません。

②-1:
区切られた期間の中で成果物を作成して価値提供する。
相談できる定期的な時間が設定されている。

②-2:
ほぼ無期限に相談対応を淡々とこなして価値提供する。
相談できる定期的な時間はなく、提案しても風化して自然消滅。


なお、【外側】評価される資格/スキル、役に立つ知識は大きく変わりません。なぜなら使用しているITツールが同じだからです。ITツール内での新しい知識は出てきますが、少し考えれば納得できるものなので大きな負荷ではないと思っています。これは【内側】解釈も含まれているかもしれませんね。(=ミスマッチではない)

また、【外側】人間関係は自分が主体的に行動していく役割上の関係性や所属部門が同じ先輩方がいらっしゃる点は同じです。
一方で、どんな顧客かは、仕事の案件が違うので勿論異なりますが、評価という点ではどちらも良い印象をいただいている点では同じです。

良い印象の評価をいただけているのは、
【外側】人間関係の違いを、
【内側】で臨機応変にしているからこそです。

ここはもしかしたら【内側】とのミスマッチがあるかもしません。
なぜなら、臨機応変にするのは多少なりとストレスがかかるからです。
この点は後で深掘りしましょう。


さらに、私は②-3のタイミングで【外側】を変えるように上司と会話をしています。
つまり【外側】そのものを自分から変えようとしているわけです。


それによって、ちょっとした安心や発狂が少し減ったなど【内側】感情や行動が良い方向に変化していますよね。(=ミスマッチではない)

1点だけ気になるのは、それが一瞬だけで根本解決にはなっていないということ。そもそも根本解決していれば適応障害になっていない訳ですからね。
ここも後で深掘りしましょう。


もともとの②-1と、②-2以降の【内側】と【外側】のミスマッチについて話を元に戻します。


どうやら、何かしらのミスマッチが起きていそうで


【外側】職場環境の違いがストレスの原因になっていそうなこと
【外側】人間関係の違いを【内側】で臨機応変にしていること
【外側】を変えた結果、【内側】も変わったけど、一瞬で終わり、根本解決になっていなそうなこと



という、一段深まった考察軸ができました。

適応障害が引き起こされる

個人の適応 × 環境条件のミスマッチ

の話に近づいてきましたね。

環境条件について、
私の場合は【外側】職場環境/人間関係が関わっていそうです。

アドラー心理学で有名なアドラーが主張している
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」というのも正しそうですね。



ある程度【外側】の条件を絞り込めたので、
次は、先程の3つの考察軸で【内面】から深掘りをしていきます。

ここからは【内面】のズレを

「内面のエラー」


と表現します。


適応障害を語るうえで大切なポイントである、

ストレス反応が「普通」か「異常か」


「異常」=「エラー」ですので、分かりやすいと思います。

まずは、【内面】解釈を見てみましょう。


【内面】解釈の点で一番エラーを引き起こしているのは、
ここですよね。

適応障害になって振り返ると、
発狂のような、ストレス反応が「異常だったかも」と感じますが


当時の私は
「自分の努力が足りない、自分はまだまだ頑張ってない」と、
ある意味、その状態が「普通の範疇内だった」と思っていました。

つまり、適応障害と診断されるまで

「普通」と「異常」が自分では分からなかったんです。

第②章 冒頭


例を挙げるのであれば、

3歳から20kgの錘(おもり)を着けて生活している人がいたときに

一般的に考えたら「異常」(=エラー)と思いますよね?

でも本人にとっては「それが「普通」で当たり前」ということです。


また、私は朝活に対する解釈が途中で変わっています。

「朝活が義務になっていた」
はじめは「やりたい」ことだったはずなのに。
成功体験も積み上がり充実感もあったのに。

知らないうちに
「やらなければならない」ことに変わっていたんです。

その「やらなければならない」ことを止めてしまった自分になってしまいました。

つまり、自己実現の点では、価値がない自分になりました。

価値がない自分である分には、
ある意味、通常営業(=普通)なんですよね、自分にとっては。

②-3


その一方で、【内側】解釈を変えることで良い方向に変化している部分もあるんです。それがこちら。

これまでも自主的に始めたものを習慣化しようとしたことがありました。
散歩、筋トレ、ストレッチ…

ですが、毎日続けることはできなく、継続できない自分を責め、離れていきました。

その反省を生かし、
いきなり毎日やることに重点を置かず、
スモールステップで、
「継続」よりも「積み上げ」を重視していました。

「継続」はストップすればゼロに戻りますが、
「積み上げ」は行動すれば、必ず+1です。


ただでさえ、究極の自己否定を持っている自分が
自己否定・自分責めを減らすためにも
意識や解釈を変えていきました。

…(中略)…

この時期は、やることが全部プラスに積みあがるので
行動することが気持ちよかったです。


行動できない日があっても、スモールステップを意識していたので
そこまで自分責めを引き起こすこともなかったです。


良いスタートを切れていたのかなと思います。

②-1


つまりです。

【内面】解釈は、変えられるものと、
変えられない(=変えようとしても戻る)ものがある。


という考察ができそうです。


したがってもう一段深掘りすると、【内面】解釈を変えることにつながる、別の要因がありそうに思えます。


では、別の内側である【内側】行動を見てみましょう。

【内面】行動の点でエラーを引き起こしているのは、どこでしょうか。

仕事上では、社内外からポジティブな評価を受けているため、行動に大きなエラーはなさそうに思います。また、言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」を多少なりとも満たしながら行動を積み重ねていますから、「異常」とは言い難い。


あえて、挙げるとすると、このあたりでしょうか。

仕事上のストレスを明確に感じながら
価値を出して役に立つ存在を無理やり続けていった時期です。

仕事への緊張が常時マックスだった時期ですね。

でも、その緊張は絶対周りには見せていませんでした。

②-3

緊張を見せない。

もっと言うと、

・誰にも話さない
・誰にも相談しない
・誰にも助けを求めない

そういう行動をしていないということです。


なんで行動にしていないんでしょうか?

「得意じゃないから?」
「価値観を満たせないから?」
「好きなことなじゃないから?」

もっと奥底なのか、違うところに原因がありそうですね。


他の内側はどうでしょう。


【内側】信念や感情、無意識ですね。

【内側】信念は、自己理解プログラムでいうと「価値観」が近いですかね。
でも、私が言語化した「価値観」は納得度が高いし、実際に行動を重ねて満たされている感覚を得ているので、ある意味正しいんだと思います。

一方で、私にとっては、これが一番エラーなんじゃないかと。

迷惑をかけない、
価値を出せる、役に立てる存在で居続けるため

これって、この記事の中でめちゃくちゃ一貫していることだと思うんです。

こういう存在じゃなきゃいちゃいけない。
存在する意味が、理由がない。


いわゆる「究極の自己否定」。

これが私の「異常」(=エラー)を引き起こす根本なんじゃないかなと思っています。


存在レベルの否定ですからね。
なかなかハードです。

価値を出していない=自分が存在する意味も理由もない

というものなので、

行動を積み上げた数よりも、
積み上げた先に価値が生まれたり
良い成果/影響が出ていたりしているのか?

自分は価値を出している存在なのか?

何も価値が出せない、役立たずで無能なダメな自分になってないか?


これらの問いに「Yes」と答えられないと

存在レベルでの自己否定が発動しますし
いつも、この問いを自分に投げかけているんです。

そして、ほぼ毎回「Yes」と思えず、自己否定を繰り返します。


「そこに存在する意味がない」
「そこに居てはいけない」
「そこから消えてもいい」


自分では全く大げさではないんです。
そうなっちゃうのが普通なんです。


ましてや、

ありのままの自分には価値があるなんて

これっぽっちも思えません。



不思議ですよね。


「価値観」という信念は行動によって満たしている。
しかも納得度が高い言語化である。

なのに、

「究極の自己否定」という信念は
行動によってずっと一貫して伴っている。



そして、忘れていました。
まだ語っていない【内側】無意識


これについては、正直語れるのか?と思っています。

なぜなら
無意識=意識に上がってきていない、気づいていないから
言葉での表現のしようがない。


はい、考察終了~~


というわけにもいかず笑

さらなる大きな視点が出てきました。

じゃあ無意識と信念の違いって何?って話


それは多分、無意識下か。有意識下か
でもそうしたら、解釈や感情も
無意識下か、有意識下か
で分けられませんか?

なぜなら、無意識=気づいていないのだから、無意識の中に信念だけでなく、解釈も感情もあると考えるのは何も矛盾していません。


となると、解釈と感情と信念を区別することが必要ですね。

ここに踏み入ると、心理学や哲学、脳科学、認知科学の専門分野に入り込みそうなので
深追いはしませんが、以降で1冊の本を挙げながら考えてみたいと思います。


ここまで、色々な視点で考察をしてきましたが、
どうやら

個人の適応 × 環境条件のミスマッチはありそう。
そして、ミスマッチを無くそうと、
【外側】も【内側】も変えようとしているし、
変えた結果、良い方向に変化したこともあった。
【外側】も【内側】も正しかった部分もある。
でもミスマッチに戻ってしまう、エラーが起きてしまう。

という、掴めそうで掴めない結論になりました。。

ただ唯一、一貫していること(=掴んでいること)は

【外側】も【内側】も変えようが、
変わらなかろうが、
正しかろうが、
エラーが起きようが
「究極の自己否定はずっとある」


この「究極の自己否定」ってなにも適応障害になる、ここ最近に見つけた話ではなくて、

「やりたいこと」を見つけるための、
自己理解プログラムで見つけているんですよね。

自己理解プログラムは、
ぶっちゃけ人生全部を振り返るくらいのボリュームなので、
人生レベルで私は「究極の自己否定」を持っている可能性が生まれてきます。


次からは、

自己理解プログラムで見つかった「究極の自己否定」と、
高い納得感で言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」は何が違うの?

ということを考えてみたいと思います。




③-2 言語化した「価値観」「得意なこと」「好きなこと」「本当にやりたいこと」の【高い納得感】の正体


私が自己理解プログラムで言語化した
「価値観」
「得意なこと」
「好きなこと」
「本当にやりたいこと」
は納得度が高かったんです。


それなのに、ワクワクを感じず、その代わりに気づいたのは

「自分の存在そのものを否定する」
「前提として自分を底辺として扱う」

私が私自身を究極的に自己否定をしているという気づき


ここで生まれる大きなギモンは、

なぜ、言語化した納得度は高いのにワクワクしなかったの?



ここを考察するうえで重要なのは

「納得度が高い」の意味


です。


これを読んでいるあなたに質問です。

Q.「納得度が高い」とはどういうイメージですか?


ちょっと思い浮かべてみてください。
1ワードでもいいので。






……





思い浮かべました?




それでは、話を続けますね。


さっきの質問ですが、

完全な答えはないです。


なぜなら、

納得度は個人の主観だから。



「納得」という言葉に含まれる意味のイメージが完全に一致するかどうかってことです。

自己理解プログラムでは、この辺りは正直、にごしていると思います。

「本当にやりたいことは正解がない」
「いつも仮決め」
「常に実験」



じゃあ、私にとっての「納得度が高い」って
どういうことかというと、


スッキリ感があるかどうか。

どんなスッキリ感かというと
「一貫性があるか」「合理性があるか」



です。


感情的というよりは、理性的ですよね。



ここで、大きな気づきは

「やりたい」=「納得度が高い」では決してなかったということ。



そして、私が自己理解プログラムのコーチングの中で
「価値観」を定め
「得意なこと」を探し
「好きなこと」を見つけ
「本当にやりたいこと」をつなぎ合わせた、

その都度都度で、コーチは「いいですね」と返してくれました。


自己理解プログラムを修了したというのはそういうことです。

しかるべきステップをコーチの「いいですね、OKです」で踏んでいく。


ただ、ひとつ。ここで言っておかなければならないのは

決してコーチが判断を誤ったという訳ではないこと。


なぜなら、

自分以外の人の主観を100%理解するのは無理だから。



逆説的に言えば、

自分以外の人の主観を100%理解するのは無理だけど、
理解を100%に近づけるために、

・言葉があり
・文字があり
・表現方法があり
・表情があり
・感情があり

色んなモノ、情報を通して「伝え合う」わけです。



「伝えられる」自分の主観は、【内側】です。


つまり、

・解釈
・行動
・信念
・無意識
・感情


です。


これを頑張って伝えていくのが大切なんだと思います。






✅④効果が出る【自己理解】とは


「伝えられる」自分の主観は、【内側】。

つまり、

・解釈
・行動
・信念
・無意識
・感情


を頑張って伝えていくのが大切なんだ。




……で、結論づけられるのであれば


私は、自己理解プログラムで「本当にやりたいこと」を納得度高く見つけられて、ワクワクした気持ちで自己実現に励めた。そして、適応障害にはならなかった可能性が高いはずです。


でも、そうなっていない事実があります。おかしいです。


しつこいくらいに考えます。それがこの記事のコンセプトです。


なぜなら、最終コーチングでコーチはこのように「伝えて」くれています。

コーチ:
正直、今まで見たクライアントの中でもここまで向き合って大量に言語化する人はいない。密度濃い100日間を送っていたと外から見ても思います。そして無料カウンセリングからお会いして実績もあって優秀な人だと感じましたし本当にやりたいことを見つけたらその目標に対して突っ走っていってしまうと私は確信しています。決めてもらった実現手段よりももっと大きなことを実現しちゃう、とてつもないポテンシャルを秘めている。

でも乗り切れていない感じが凄いします。


プログラム内のワークシートで私自身の内側を伝えて、コーチが返してくださった応答で、


内側を頑張って伝えていっているんですよね。

しかも、プログラム内で正しいことをしている。
だからこそ自己理解プログラムを修了できている。


こんなこと言っていますが
自己理解プログラムの体系性は本当に凄いと思っています。

抽象的なフワッとしている「やりたいこと」を
ここまで分けてメソッド化するのは凄いと本当に思っています。


だからこそ、何で適応障害になったのかが不思議なんです。


それをこのnoteで頑張って「伝えたい」んです。



話を戻すと、

「伝えられる」自分の主観は、【内側】です。


つまり、

・解釈
・行動
・信念
・無意識
・感情


を頑張って伝えていくのが大切なのですが、


じゃあ、


自分の主観である【内側】を伝えられるという前提は常に正しいですか?



決して「喋れますか?」とか「言葉分かりますか?」というような能力の不足を問うているわけではなくて、


「自分の主観である【内側】に気づけていますか?」

「それは、本心と自分で認められますか?」

「そもそも本当にそれは、自分の主観である自信がありますか?」


という問いです。


コーチが喜ぶ、コーチが認めてくれるやりたいことの言語化になっていませんでしたか?


私は、なっていました。
「コーチが認めてくれるから大丈夫」
そうして目標設定を変えています。



なぜそうしちゃうのか、

それは、

自分というカタチ、輪郭
(=アイデンティティ)が
ぼやけているから。



ここが自己肯定の本質かなと思います。


私が自己理解プログラムで言語化した
「価値観」
「得意なこと」
「好きなこと」
「本当にやりたいこと」
は納得度が高かった。


価値観を満たす行動をした。
得意なこともした。
興味があることも沢山した。

それでも適応障害になった。


なぜなら、

存在レベルでの自己否定である
「究極の自己否定」を
ずーーーっとし続けていて

自分というカタチ、輪郭
(=アイデンティティ)が
ぼやけているから。



言い換えれば

自分というカタチ、輪郭
(=アイデンティティ)があって、
自分の主観である【内側】を
自信を持って伝えられる


という前提があることを気づかずにやっていた。

多分、普通はもっているだろう、自己肯定の本質的な土台。

それがあるからこそ「やりたいことを見つける」自己理解ができる。

つまり、

自己理解には深層構造があった

というのが私の考察です。


「伝えられる」自分の主観は、【内側】

・解釈
・行動
・信念
・無意識
・感情


を頑張って伝えていくことで

「本当にやりたいこと」を見つけていく。
見つけた「本当にやりたいこと」は怖いけど、ワクワクする。
行動していって自信が増える。
壁はできるけど行動した先に楽しさ・嬉しさがある。


これが、一般的に見えている、自己理解や自己啓発なんだと思います。


だけど、本当は見えていない、隠れた大前提があって、

それは、

自分というカタチ、輪郭
(=アイデンティティ)があって、
自分の主観である【内側】を
自信を持って伝えられる


この前提がしっかり持っている人には効果が高い。

いわゆる、自己肯定の本質的な心の土台ができている人。

この前提がぼやけていて、

自分というカタチ、輪郭
(=アイデンティティ)が
ぼやけている


人にとっては、正しいことであっても

前提がしっかりしている人よりも効果が薄い。

いまいち自分の本心が分からなかったり
自分って何なんだろうって疑問になったり
正しいメソッドで言語化したものに確信がもてなかったり

するんじゃないかな。


だから生きづらかったのかも。



そんな自己理解の深層構造があると思います。


しかし、それが正しいのかどうかは私には判断できません。

心理学や哲学、脳科学、認知科学、あるいはもっと違う分野や、
まだ開拓されていない分野が複雑に絡み合っていると思うからです。


ただでさえ、自分の主観である【内面】には、

無意識下のもの
有意識下のもの

があります。

無意識下にあるものを気づくことができない以上、

断言をすることは到底無理な話だからです。


しかし、何も考えずにこの記事を書き終えるのは
正直やり切れないので1冊の本を挙げて考えてみます。


それは、行動経済学の名著。

ダニエル・カーネマン 著
ファスト&スロー



上下巻で2冊でしたね、すみません苦笑


著者であるダニエル・カーネマンは
心理学の知見を経済学に統合し、「行動経済学」という新しい分野を切り拓いた偉人です。

2002年に心理学者として初めてノーベル経済学賞を受賞しました。

彼は、伝統的な経済学が前提としていた「人間は常に合理的である」というモデルを覆し、人間がいかに直感的で、バイアス(偏り)に満ちた意思決定をするかを明らかにしました。


この著書の中で、

システム1とシステム2
(「早い思考」と「遅い思考」)


という概念があります。

「システム1(速い思考)」と「システム2遅い思考)」は、私たちの脳内で行われている意思決定のメカニズムを理解するための最も重要なフレームワークです。

これらは脳の特定の部位を指すのではなく「思考のモード(性質)」の違いを表しています。


システム1(早い思考):

私たちが生き残るために進化させてきた「超高速の自動処理システム」です。

  • 特徴: 24時間フル稼働、無意識、努力不要、感情的。

  • 得意なこと:

    • 相手の表情から感情を読み取る。

    • 突然の大きな音に反応してそちらを見る。

    • 「1+1=?」の答えが勝手に浮かぶ。

    • 母国語を自然に話す。

  • 弱点: 統計的な思考が苦手で、「思い込み(バイアス)」に支配されやすい。


システム2(遅い思考):

私たちが「自分で考えている」と自覚する際の本尊ですが、実は「怠け者」という性質を持っています。

  • 特徴: 意識的、論理的、エネルギー消費が激しい(疲れやすい)。

  • 得意なこと:

    • 「17×24」のような複雑な計算。

    • 初めて通る道で標識を探しながら運転する。

    • 自分の行動に間違いがないかチェックする。

    • 確定申告や複雑な契約書の読解。

  • 弱点: 注意力が分散すると機能しなくなり、すぐにシステム1に判断を丸投げしようとする。


2つのシステムの関係性(「怠け者のシステム2」)で面白いのは、システム2は常にシステム1の言いなりになりがちという点です。

通常、システム1が直感的な答えを出し、システム2がそれを「もっともらしい理由」をつけて追認します。システム2が本格的に働くのは、システム1では対処できない「異常事態」や「複雑な問題」が起きた時だけです。

これを「認知の容易性」と呼びます。

  • 考えやすいこと、馴染みがあることはシステム1が「正しい」と判断してしまい、システム2はそれを検証することをサボります。これが、デマを信じてしまったり、直感的なミスを犯したりする原因です。


今回の記事の内容をつなげると、


自分の主観【内面】について、

✅システム1には「感情」「無意識」が含まれている。

✅「解釈」「行動」「信念」は、直感的なものと論理的なものによって、システム1とシステム2の両方に含まれている。

✅システム2はシステム1に従うが、システム1は「思い込み(バイアス)」に支配されやすく、馴染みのあるものや直感的な合理性で判断を誤りやすい。


そうなると、思い込み(バイアス)って凄い大切ですよね。
しかも、システム1は無意識的なので気づくことが難しい。


バイアス

についても補足すると、


ダニエル・カーネマンは、
バイアス(思い込み)について、

それが単なる個人の「不注意」や「性格」の問題ではなく、
「脳が効率的に動こうとする仕組み(システム1)が生み出す、構造的なエラーである」と定義しています。


つまり、元々構造的なエラーが脳にはあるってことですね。

人間、完璧な人はいないと言いますがしみじみ思いますね。


さらに面白いことに、その

バイアス

によって、

判断が「偏り」、
思考の癖を生み、
情報を「歪めて」

解釈

してしまうんですから

解釈というものが、どれほど弱いものかを思い知らされます。
そりゃ変えても一瞬で戻っちゃいますよね。苦笑



一方で、脳は「見たいものを見る」と言われています。

これを認知科学コーチングでは、

ストコーマ(心理的盲点)

と呼ばれます。

ストコーマは、あくまで
認識の「抜け落ち」であり、
情報を「見えなく」する

ものなので、バイアスとは違います。

カーネマンの著書の中では、
WYSIATI (What You See Is All There Is) 「見えているものがすべてである」

というワードがありますが、ストコーマに近い概念なのかなと思います。


ストコーマとバイアスの違いを
分かりやすく例を出すと、

今あなたの周りにある赤いものを探してください。

……

探しました?



では、質問です。
赤いものはいくつありましたか?


おそらく幾つかあったと思います。

私の周りには、ちょうどパソコンの画面の中にある、PDFファイルのアイコンが赤かったです。



では、もう1つ質問です。
黄色いものはいくつありましたか?



おそらく答えられないと思います。

これがストコーマ
「赤いもの」を探したとき、
「黄色いもの」は認識から抜け落ちました
よね?


対してバイアスは何かというと、


赤いものを探してください。
赤いものはいくつありましたか?
黄色いものはいくつありましたか?

の流れは全く同じで、
当の本人は赤いレンズの眼鏡をかけた状態でそれをやっている。
しかもそれに気づかない。

その赤いレンズの眼鏡バイアスです。

確かに「赤いもの」と「黄色いもの」を答えるでしょうが、
「赤いもの」は当初より多く見つかるでしょうし、
「黄色いもの」は本来「黄色」でも、別の色に見えてしまうでしょう。


そしてこの例で、最も大切なことは、

ストコーマもバイアスも気づけないことがあるということ。


ストコーマは見えていないので気づけない。

バイアスも本人にとっては普通なので気づけない。


「赤いもの」「黄色いもの」「赤いレンズの眼鏡」と具体的に知っていれば分かりますが、通常これらは気づくことができません。

しかも、認識が抜け落ちていて気づけないのか、
認識そのものがゆがめられている結果気づけないのか、

見分けるのは無理な話に思えてきます。


そして、

気づけないことをまとめて全部「無意識」というのも違いますよね。


なんとなく、あなたも感じているかもしれませんが、

「ストコーマ」と「バイアス」

どちらを先に気づいた方が良いと思いますか?

明らかに

「バイアス」

じゃないでしょうか。


さて、この記事の途中でこんな例も出しました。

3歳から20kgの錘(おもり)を着けて生活している人がいたときに
一般的に考えたら「異常」(=エラー)と思いますよね?
でも本人にとっては「それが「普通」で当たり前」ということです。

この「3歳から20kgの錘(おもり)を着けて生活している人」に、
「バイアス」ってありますよね?
気づけますか?


そうです。
「3歳から20kgの錘(おもり)を着けて生活している」が「バイアス」です。


どうして「バイアス」って気づけましたか?


一般的に考えたら「異常」(=エラー)と思ったから。



やっとつながりました。良かった。


つまり、

一般的に考えたら「異常」(=エラー)が自分から隠れているほど、
一般的には当たり前の前提でしょと思われることと自分が異なるほど


見えている世界は全くの別物だし
普通は正しいことでさえ、間違っているように感じてしまう

しかも、普通か、異常か気付けない

そりゃあ、生きづらくなっちゃうよね



というのが私が思う、

隠れた真実


です。


最後にもうひとつだけ、カーネマンの面白い理論を書きます。


カーネマンの理論の中でも、
幸福感や満足度を考える上で非常に重要なのが
「経験する自己(Experiencing Self)」と
「記憶する自己(Remembering Self)」の対立
です。

私たちは自分という人間を一人だと思っていますが、
脳内では「今この瞬間を生きている自分」と
「後でそれを振り返る自分」が全く別の評価を下している、
という鋭い指摘です。


経験する自己(今を生きる自分)

「今、どう感じているか?」を刻一刻と処理する自己です。

  • 関心事: 現在の快楽、痛み、感情。

  • 特徴: 連続的な時間の流れの中にいます。

  • 例: マッサージを受けている間の「気持ちいい」という感覚や、渋滞にハマっている時の「イライラ」そのものです。

記憶する自己(物語を作る自分)

「全体としてどうだったか?」を後から振り返り、物語として保存する自己です。

  • 関心事: 出来事の結末、象徴的な瞬間。

  • 特徴: 時間を無視します。 どんなに長い苦痛でも、最後が良ければ「良い経験だった」と書き換えてしまいます。

  • 例: 休暇が終わった後に「あの旅行は最高だった」とSNSに投稿したり、誰かに話したりする時の自分です。


そして、カーネマンの研究によれば、
私たちの意思決定を支配しているのは
「経験する自己」ではなく、「記憶する自己」
です。

さらに、記憶する自己は以下の2つのバイアスに従って過去を評価します。

  • ピーク・エンドの法則 (Peak-End Rule): その経験の「最も感情が動いた瞬間(ピーク)」と「最後(エンド)」の印象だけで、全体の評価が決まってしまう。

  • 持続時間の無視 (Duration Neglect): その経験がどれだけ長く続いたかは、記憶の評価にほとんど影響を与えない。


なぜ、この概念を持ち出したのかというと
「バイアス」と「システム1」との繋がりを説明するためです。


カーネマンの理論では、
「システム1(速い思考)」が作る断片的な記憶を、
「記憶する自己」が勝手にストーリーとして編集してしまう点に、
バイアスとの強力な繋がりがあります。



つまり、

「経験する自己」は常にいるけれど、
「記憶する自己」の方が支配的である。

経験を評価するのは、「記憶する自己」であり、
その評価は、システム1が作る断片的な記憶に、経験からのバイアスを織り交ぜて、私たちの意思決定を支配している。


正直、雲をつかむような話ですよね笑

私たちの意思決定は、見えざる何かに支配されているんだと。笑


それでも、やはり明らかなのは、

見えざる何かがいて(無意識なのか、ストコーマなのか、バイアスなのか)
そこに異常=エラーがあると
人間の意思決定に非常に大きな影響を与えている

ということ。



それが、私の場合は、

究極の自己否定という、
存在レベルで自分を否定してしまうバイアス

だったのかもしれませんね。


それを10個の質問だけで簡易的に分かるようにしたのが

無意識の心のクセが分かる無料のタイプ診断(解説レポートも無料)

です。

この記事で書いた、
自己理解に隠れた深層構造の前提にあるかどうか
つまり、誰も普段じゃ気づけない心のエラー
が分かります。


自己理解や自己啓発で効果が出るための革新的な診断です。

あなたのタイプも診断できるのでぜひ!

▼無料で受けられる心のタイプ診断(レポート付き)
▶▶ 診断を受けてみる


無料プレゼント中!








✅⑤これからどうしていくのか。自己理解のその先へ。


ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

文字数は30,000字を超えてきました。笑

もう少しだけお付き合いください。


「これからどうしていくのか」ですが、


まずは休む。


これに尽きます。


その次に

「自分がどうしていきたいか」を考えていきたいけど…

本丸は「究極の自己否定」を抜け出すこと


この記事の最初の方(①-2)で、こう書きました。

結果として、

究極の自己否定をしていた
根本原因に気づくことができました。

そのおかげで
自分が感じていた生きづらさという点が、
その根本原因という点で
全てが線で繋がり

生きづらさを引き起こす心の構造が
一面に雲ひとつなく広がりました。

これが究極の自己否定の全貌だと。

そして心の構造の一番下にある、
「心の土台」を再び整えてリスタートを切るステップを踏んでいます。

①-2


はい、究極の自己否定の根本原因に気づきました。パチパチパチ

気づいて、向き合ってきているプロセスを
この記事に「生々しく」書いたつもりです。

「生々しく」


大事なことなので2回言いました。最後は大きく。笑


変わった、完了したというまでは、まだかもしれません。

でも、変わってきている、現在進行形の実感は出てきています。


だからこそ私は、最近の記事の最後に必ずつけているメッセージがあります。

それは、気づいたら変えられるということ。

そしてその根本原因は、
時間をかけて、解消することもできます。

あなたのやりたいこと探しは、あきらめなくていい。
生きづらい人生を抜け出すことを、あきらめなくていい。

変わるきっかけは、いつも「気づき」からです。

気づきが、まさに回復と変容のスタートライン


この記事の中で書けていないことがあるとすれば、

「究極の自己否定の根本原因」そのものの話。


これを書こうとすると、また数万字、もしかしたら
数十万字になっちゃうかもしれません。

なぜなら

向き合うプロセスで書いていたノート。

幾度となく登場していますが

これがすでに数十万字超えているので、
この先も向き合い続けて
さらに書き出していきます。


そうなると、

「究極の自己否定の根本原因」を抜け出すプロセス

向き合うプロセスで書いていた数十万字のノートそのもの

です。

正直、多くの人前で見せられるノートの内容ではないので

私の墓場まで持って行かせてください。笑



その代わりと言っては何ですが、

ここまで、本当の最後まで読んでいただいた
あなただけに3つのプレゼントをご案内します。

墓場まで持っていく予定の話の一部が聞けるかもです。


①無意識の心のクセが分かる無料のタイプ診断(解説レポートも無料)

を受けると、

たった10問の質問に答えるだけで

この記事で書いた、
自己理解に隠れた深層構造の前提にあるかどうか
つまり、誰も普段じゃ気づけない心のエラー
が分かります。


自己理解や自己啓発で効果が出るための革新的な診断です。

あなたのタイプも診断できるのでぜひ!

▼無料で受けられる心のタイプ診断(レポート付き)
▶▶ 診断を受けてみる


無料プレゼント中!




②無料の対話トーク(45分)※閉じました


期間限定で無料相談/対話をご案内しています。
心のタイプ診断を受けた後に申し込んでみてください。
Zoom/Google Meetで実施する予定ですのでスマホやPCからどこでも行えます。

▼無料セッション(45分)
▶▶閉じました。ありがとうございました。


実際に私と対話をしながら、心にある根本原因を探っていきます。

このセッションに参加すると
あなたの悩みの根本原因を知ることができ、
これから何をすべきかが見えてきます。

ご発言や内容、態度は全てYesで受け入れますので、
ご安心して申し込んでくださいね。

自己理解プログラムも修了しているので、
お話してみたい/聞きたい方も大歓迎です!

この記事の内容の詳細を聞きたいでも大歓迎です。


とりあえず、自己理解や自己否定、生きづらさに悩んでいる方とお話したいです!


なぜかというと、

自己理解や自己否定、生きづらさに悩みって
普段の周りの人には言いにくいし、

頑張って言ってみたところで
分かってもらえない寂しさや苦しさってあると思うんです。


でも、私自身はこの記事で伝えることができたか分かりませんが
それなりに自己理解や自己否定、生きづらさに悩んできて、
そこを生き抜いているプロセスの生き証人
だと思っています。

だからこそ、

思いが言葉になって伝わって気づきになって共感になる

この素晴らしさを誰よりも分かっていると思っています。


そして、聞いてもらう、肯定してもらう、共感してもらう安心感も知っているつもりです。

だから、もしお話できることができたとしたら、

ご発言とか質問の中でこうぐるぐる頭が回ったり、
言葉が止まったりとかっていうのもあると思うんですけど、

そこは全部大丈夫だよっていう、イエスだよっていうところで
私の方で受け入れるので、
そこはできる範囲で良いので答えていただければ大丈夫です。

そう必ずお伝えしたうえで、会話をいたします。


③診断も怖い、会話も怖いあなたへ。匿名での感想フォーム「マシュマロ」のリンク

とはいいつつ、自分の主観を伝えるって勇気がいる人もいると思います。

だから、できるだけハードルを下げた状態で、でも伝わって繋がれる。

そんな場所を「マシュマロ」というツールを使って作りました。


匿名で私にメッセージ送れるのでお気軽にどうぞ。



どれも難しいなぁ


そんなあなたはぜひ、スキをひとポチしてくださると嬉しいです!

それだけでも私は
思いが言葉になって伝わって気づきになって共感になる

そして、

つながる


を感じられます!


そんな感じで、長々と書いたこの記事を閉めたいと思います。


怒涛の2025年でした。


ここまで、支離滅裂な記事にお付き合いいただいたあなたへ

最後にメッセージを。

そして、この記事で書いた「究極の自己否定」。
その根本原因は、
時間をかけて、解消することもできます。

それは、あなたの生きづらさの根本原因も同じだと思います。

あなたのやりたいこと探しは、あきらめなくていい。
生きづらい人生を抜け出すことを、あきらめなくていい。

変わるきっかけは、いつも「気づき」からです。

気づきが、まさに回復と変容のスタートライン


あなたの今後が心地よい人生でありますように。


最後まで読んでいただき
本当にありがとうございました。







追伸:

仕事もある。
生活もできている。
周りからは「しっかりしてる」と言われていた。


でも——家に帰るたびに、胸が重かった。

「普通に生きているだけなのに、
なんでこんなにしんどいんだろう」

その疑問に気づかないまま、

高熱でも働き続けて、
誰にも頼れなくて、
「ちゃんとしてる」と言われながら、

心は限界でした。
そして適応障害になりました。


今は——
自己否定から抜け出し、
自分を信頼しながら
心から信頼できるパートナーと共に生きています。


そして、過去の同じ苦しさを持つ人のサポートをしています。

変わるきっかけは、
自分がダメだった理由ではなく、
苦しかった根本原因を知ったことでした。

HSP、AC、MBTI、自己理解…分かっても残る
”生きづらさ”

……

その答えが、私の場合は
「サメタイプ」という心の状態でした。


▼無料で受けられる心のタイプ診断(レポート付き)
▶▶ 診断を受けてみる


無料プレゼント中!


PPS.

そして既にお話させていただいた方もいらっしゃるので
もし、あなたがそうで、この記事を読んでくださったのなら、
私から謝らないといけないです。

「大変な時期に会話申し込んじゃったな、という罪悪感を感じさせてしまって申し訳ないです。」

でも、そんな大変な時だったとしても
究極の自己否定の根本原因に気づいた私にとって、

自分の思いを伝えること、感情を共有できたこと=あなたとつながれた証です。

だから、大変な時期に私とつながってくださってありがとうございます。
そんな感謝の気持ちがいっぱいです。

また、気が向いたときにこっそり見ていただけると嬉しいです。

それでは、また。

いいなと思ったら応援しよう!

たくま|心の土台から動かす人生再起専門家 温かいご支援に感謝いたします。いただいたチップは、今後の学びをより深めるための活動費に使わせていただきます!noteは書くことを何よりも楽しく続けています。これからも見守っていただけると何よりも嬉しいです!

この記事が参加している募集