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バースカフェ シラチャ初開催!

本日のバースカフェより(メモ書き的記録)

今日、まず一番に湧いてきたのは感謝でした。

妻へ、息子へ。
母親、父親へ。
そして、命のリレーをつないでくれた
すべてのご先祖さまたちへ。

自分がここに存在していること自体が、
ご先祖さまたちの本当に多くの選択とチャレンジの上に成り立っている。
その事実を、頭ではなく、感覚で受け取った時間でした。

印象に残ったことはたくさんあったけれど、
いくつか挙げると——

「子どもは親の“顔”ではなく、魂を見ているのではないか」
という視点。

あえてお母さんを怒らせにくる子。
怒られることさえ、
「本音を出すため」「魂を発揮するため」の選択なのかもしれない。
もっと想いをぶつけてきてほしい、という願いの現れなのかもしれない。

完璧なお母さんを、子どもは求めていない。
(お父さんも同じだと思う。)
不完全だからこそ、子どもが関われる余地があり、出番がある。
怒っているママさえ、「可愛い」と感じている
そんな魂のまなざしもあるんだと……。

うちの息子は、僕が妻と話していると、
いつも決まって間に割って入ってくるのですが、
実は双方のことをよく見ていて、

「このまま行くと言い争いになるかもしれない」
だから、どちらかが悪いのではなく、
すれ違いを調整するための**“バランサー”**として
動いているのかもしれない——
そんなふうにも思えるようになりました。

障害や病気についての話も、
とても大きな視点をもらいました。

かわいそうだと見がちだけれど、
実際には、その子が魂を磨くためのチャレンジとして
あえて選んできている人生もあるということ。
(信じる・信じないはその人次第。
そういう見方もある、という一例です。)

大変な人生、課題が多い人生ほど、
それを選んだ魂は勇気がある。
影響力を持ち、世界を照らす存在になり得る。

「病気をやめる」という発想。
「この子はこういう子だ」と決めつけないこと。
決めつけるから、それを演じている——
そんなことも、あり得るのかもしれない。

その子には、その子自身の生き方、考え方、魂の道がある。
それを誰かが決めることはできない。

僕自身、帝王学の一環として、
占星術やさまざまな診断技法を学び、
良かれと思って子どもの特性を伸ばすために使ってきました。
けれど、それもあくまで参考。

可能性を閉じないためには、
ほどほどがいい。
今日のお話を聞いて、改めてそう感じました。

幸せになることがゴール。
自然出産や母乳育児、健康であることさえ、
ゴールではないという言葉も響きました。

幸せとは何か。
ウェルビーイングとは何か。
やりたいことをやれる状態であること。
それは頭ではなく、魂に聞くもの。

「あなたの神さまは、今、なんて言っている?」

この問いを、
自分にも、子どもにも、投げかけてみたい。

怒る・叱るのではなく、
考えてもらうこと。

嘘をつく子どもも、
親を怒らせないための
“優しさ”からの嘘かもしれない。

今日のバースカフェは、
何かを学ぶ場というより、
改めて思い出す場だったように思います。

今この瞬間を生きること。
中今。
穏やかに、安心して、生きること。

すべての人の人生、体験には意味があり、
それぞれの目的、役割が違うだけ。

この人生を選んできた自分を、産んでくれた母親と父親を、
そして、妻を、私たちを親に選んで生まれてきてくれた息子を、
あらためて誇りに思える一日でした。

感謝!

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