「待ってほしい」のか「助けてほしい」のか。吃音と向き合う大学生の姿から考える、対話の大切さ
メンバーのU-kingさんからシェアされた、あるYouTube動画を見て、深く考えさせられました。
それは、小学校の先生を目指す吃音当事者の大学生、小みぞさんの活動を追ったMBSニュースの特集です。
彼女は、吃音について伝える模擬授業の中で、とても大切なことを語っていました。
それは、吃音がある人によって**「してほしい配慮はバラバラである」**ということです。
「吃音が落ち着くまで、最後まで待ってほしい」という人もいれば、「もし何を言いたいか分かったら、代わりに言ってほしい」という人もいます。
世間一般では「吃音の人にはこう接するのが正解」という情報が流れることもありますが、現実はそう単純ではありません。
同じ人であっても、その時の状況や相手によって「待ってほしい」と思うこともあれば「助けてほしい」と思うこともあるはずです。
正解は一つではないからこそ、周りが「こうすべきだ」と決めつけるのではなく、「あなたはどうしてほしい?」と本人に歩み寄る。
そんな歩み寄りのある関係性こそが、何よりの支えになるのだと改めて感じました。
私たち豊橋言友会は、専門家が一人もいない、あくまで当事者同士が集まる会です。
何かを教えたり、正しい話し方を指導したりする場所ではありません。
動画に登場した彼女のように、悩みながらも自分の道を歩もうとする人が、「ここでは自分のペースでいいんだ」と感じられるような、そんな等身大の場所でありたいと思っています。
まずは「知ること」から。
この動画が、吃音への理解、そして「一人ひとりと向き合うこと」の大切さを考えるきっかけになれば嬉しいです。
