「自分へ手紙」を朗読して頂きました
先日、ナレーターの渡辺奈菜さんに、2023年の自分自身に宛てた手紙を朗読して頂きました。
内容としては、今年の自分への労いと応援ですが、表に出していないことも含んでいるので、具体的なことは内緒です。
深夜に旭川から自宅へ戻り、1時間ほど雪かきして「風呂入って寝るかー」と思ったところに渡辺さんから音声ファイルとボイスメッセージが届き、少し緊張しながら拝聴しました。
いやー泣きましたね。もちろん原稿を書いたのは自分なので、内容は全部分かっているのですが、なんかこう…いろいろと思い出してしまって。
きっかけは、noteのトップページの「今日のあなたに」で、渡辺さんの記事が表示されたことでした。
もしnoteで普通に記事を書いたら、
2023年はこうこうこうでした。
皆さん、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
こんな感じで終わるでしょう。
自分で自分に手紙を書き、ナレーターさんに朗読してもらう。「なんか面白そう」と思ったんですね。申し込みフォームの「企画にご応募いただいた思いをお聞かせください」の欄にいろいろと書いて…。
渡辺さんのプロフィールやこれまでのキャリア、ボイスサンプルはたくさん掲載されていますが、渡辺さんはもちろん私のことを知りません。実は最初、「よく知らん人に自分への手紙を読んでもらってもなぁ」と思いましたが、お金が発生していますから、そこは「ビジネス」だと。
「私が原稿を書いて送り、ナレーターが朗読する」
それ以外のことをする必要も、される必要もない。少し嫌な言い方かもしれませんが、申し込んだ時点で私は「割り切ろう」と考えていました。
しかし、渡辺さんは、そうはしなかった。
私が書いた原稿を通して、トガシテツヤという人間が「どんな2023年を生きたのか」を見ようとしてくれました。
書くことも読むことも、人がすること。例えネット上でも、画面の向こうには人の顔がある。人同士が交差するということが、どんなことなのか。
渡辺さんの朗読に、その1つの「形」を見たように思います。
素敵な朗読を届けてくれた渡辺奈菜さんに、今一度この場をお借りし、厚く御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
渡辺奈菜さんのnoteとウェブサイトはこちらです。
話はガラッと変わりますが、私が若い頃は「自己肯定感」などという言葉はあまり一般的ではありませんでした。「月に○○時間残業した」、「寝ないで仕事した」、「体を壊して倒れた」なんてことが武勇伝になってしまい、自分に厳しく、自分をとことん追い詰めることが美徳とされ、うつ病や体調不良は「甘え」や「気合が足りない」と一蹴されていた時代です。私もインフルエンザになりながらも、普通に出勤していました。
(※あくまでも当時の話です)
もしかしたら、私や近い年代の人は、自分を労ったり褒めたりして、自己肯定感を高めることが下手なのかもしれません。
渡辺さんの企画に申し込み、いざ自分への手紙を書こうとした時、やっぱりカッコつけてしまって、というより、恥ずかしくて照れくさくて、全然書けませんでした。
「自分に『お疲れ様。よく頑張りました』って、なんかなぁ……」
と。
でも、人間はそんなに強くありません。体も壊れるし、心も壊れます。元に戻すには膨大な時間を要するし、下手をしたら一生元に戻らない可能性だってあります。
もっと自分を大切にしないと…。
自分への手紙を書いて、
「少しだけ自分が自分に近付いた」
そんな気がします。
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