りんご農家|毎週ショートショートnote
「藤井さんのところ、大豊作だってよ」
組合長が苦虫を嚙み潰したような顔で言った。みんなは、ただ黙って下を向く。
今年の山形は大雪と天候不良の影響で不作が続いた。そんな中、町外れのりんご農家、藤井農園だけは別だった。高時給でたくさん人を雇い、出荷のためのトラックが朝から晩まで出入りしている。
「去年も調子良かったよなぁ、藤井さんのところ」
「この辺はりんごを作るのに適した土地じゃないのに、一体どういうことだ?」
「ウチもりんごに鞍替えしようかなぁ」
さくらんぼ農家の江島さん、いちご農家の林原さん、ぶどう農家の新藤さんが口々に言う。
5年前、野菜を作っていた藤井農園は突然、「これからはりんごを作ります」と言い出した。農園の経営が上手くいっていないことはみんな知っていたが、野菜から果物への鞍替えは難しく、みんなで考え直すように説得していた。
しかし、蓋を開けてみれば、藤井農園の「一人勝ち」とも言える状況になっている。
「あそこは……りんごなんぞ作っちゃいねぇ……」
部屋の隅の方に座っていた桃農家の倉石さんがぼそっと口にした。
「藤井農園とは関わるな。あそこは悪魔と契約しちまったんだ……」
「倉石さんよ、それはどういう……?」
組合長がみんなの気持ちを代弁する。
「2週間くらい前、夜に藤井農園の近くを通りかかったんだよ。そしたら、なんか……」
「なんか……どうした?」
みんな、倉石さんの言葉を待つ。
「木から目玉がぶら下がってたんだよ」
「は? 目玉? ちょっと倉石さん、やめなって。こんな時に」
「目玉だよ! りんごじゃなくて、目玉がぶら下がってたんだよ! 俺を……見てた」
倉石さんはそう言うと、ぶるっと体を震わせて、机に突っ伏した。そして、誰も言葉を発することなく、組合会議は散会となった。
数日後、藤井農園のりんごが山形県でブランド認定されたと、新聞やニュースで大々的に報じられた。
ブランド名は……『雨刹』。
――悪魔と契約した。
あの時の倉石さんの言葉が甦る。
――ブランドが手に入るなら、豊作になるなら、俺だって悪魔と契約するのに。
腹の中で、黒い何かが渦巻いた。
(了)
たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」に参加しています。
今週のお題は「りんご右折」です。
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