思い出相続税|毎週ショートショートnote
父が死んで四十九日が過ぎた頃、ポストに一通の灰色の封筒が届いた。
『思い出相続税・納付期限通知書』
見慣れない役所の印が押されたその紙には、父から私が引き継いだ「思い出」の総量が、驚くべき金額に換算されて記されていた。
納付場所に指定された場所は、街外れの古い雑居ビルの地下にある「記憶税務署」だった。
「これ、何かの詐欺じゃないんですか?」
カウンター越しに座る、顔色の悪い職員に書類を突きつける。男は感情の欠片もない声で答えた。
「いえ、法に基づいた正当な徴収です。あなたは故人から、多大な『慈しみ』と『幸福な食卓の記憶』、そして『無償の愛』を相続されました。これらは精神的資産として極めて価値が高い。当然、相応の税を納めて頂きます」
男が提示した納税方法は、金銭ではなかった。
『代納』――私の所有する他の記憶を差し出すこと。
「父の思い出を保持し続けたいなら、あなたの『初恋の記憶』と『二十代の五年間分の達成感』を差し出してください。それで相殺されます」
私は絶句した。父との思い出を守るために、自分自身の記憶の一部を削り取らなければならない。だが、父が最期に笑って私を呼んだあの記憶が消えてしまうのは耐えがたかった。
「分かりました。お願いします」
奥の部屋に通され、冷たい機械の椅子に拘束される。頭を固定され、こめかみに鋭い端子が刺さった。
「では、徴収を開始します。少し、脳が軽くなりますよ?」
機械が低い唸りを上げると、私の中で何かが「剥がれる」感覚がした。大切な誰かの顔、胸を焦がしたあの熱量、がむしゃらに働いて涙した夜の残像。それらが掃除機で吸い取られるように、私の意識から消えていく。
数分後、解放された私はふらつく足で廊下に出た。頭の中には、確かに父の笑顔がある。父が私を愛してくれたという事実は守られた。
――おかしい。
その思い出を眺めても、何も感じない。
父がどれほど優しかったか、そのエピソードは詳細に覚えている。しかし、それを見つめる私の心には、感動も、感謝も、寂しさすらも湧いてこない。ただの記録映画を観ているような虚無感だけが広がっている。
「あぁ、そうか……」
私は鏡に映る、空っぽの目をした男を見つめた。
税務署は私の「記憶」を奪ったのではない。その記憶を「大切だ」と感じるための、心の機能そのものを税として徴収していったのだ。
私は守りたかったはずの父の思い出を抱えたまま、それをゴミのようにしか思えなくなった自分に気づき、声もなく笑った。
(了)
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お題は「思い出相続税」です。
昔、「世にも奇妙な物語」で似たような話があったような、なかったような…。
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