東京は夜の七時|毎週ショートショートnote
――東京は夜の七時。
――大阪も夜の七時。
少し早い時間だが、体にアルコールを入れたい衝動に駆られて街に出た。ネオンがアスファルトに溶け出し、雨上がりの路面を油絵のように変えている。
いつものバーの隅で、意味もなくグラスをもてあそんでいると、琥珀色の液体と一緒に揺れていた氷がカラン、と寂しい音を立てた。
今日も一日、ロクなことはなかった。失踪人の手がかりは砂粒ほど。依頼人の女は安い香水を全身にきつく塗りたくっていて、それでも哀れなほど美しかった。あの目を見たら断れない。それが俺の悪い癖だ。
「もう一杯、いかがですか?」
無表情なバーテンが言う。
「ああ、同じものを。薄めで頼む」
相変わらず、何を考えているのかさっぱり分からないバーテンだ。昔、俺のところに依頼に来た時もそうだった。まぁ、そういう奴は嫌いじゃない。
視線を窓の外に向ける。スクランブル交差点の喧騒が、遠い幻のように見える。
俺の世界は、いつもここ、薄暗い部屋と、酒と、裏切りと、そして僅かな希望でできている。そして街の裏側には、決して光が当たらない場所がいくつもある。そこには、俺のような人間が這いつくばって、隙間を探して生きている。そういう場所でしか、そういう生き方しかできないからだ。
煙草に火をつける。もわっとした白い煙が天井のシミに吸い込まれていく。
あの女は、一体何を探しているんだろう。そして、何を見つけることになるのか。考えても仕方がない。俺はただ、事実を追いかけるだけだ。それがどんなに醜くて、どぎついものだとしても。
「雨、また降ってきましたね」
「ああ」
バーテンの言葉を合図に、俺は立ち上がった。
――東京は夜の十時。
――大阪も夜の十時。
ずいぶんと中途半端な時間だ。
東京の夜は、どこまでも深く、俺を飲み込もうとしている。でも、飲み込まれてみると、意外と真実ってやつが見えてくる。
――そういうのは、嫌いじゃない。
俺の足は、ネオンに向かって動いていた。
(了)
たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」に参加しています。
今週のお題は「誤字集合」です。
もう全然お題に沿っていませんが、許してちょうだい。
それにしても、「東京は夜の7時」と聞いて、「ピチカート・ファイヴ」を思い浮かべる人、どのくらいいるんでしょうか。
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