詩を書くことによる恩恵
詩を書くことによる恩恵
Xで詩の投稿を始めたのは、2026年2月中旬頃です。
投稿を始めた頃は、それほど比喩表現を使わず、頻繁に難解な漢字を用いず、できる限り文法を崩さず、投稿ペースは1日1投稿と記憶しています。
投稿を始めて半年になろうとしている今(2026年7月1日)、投稿する詩は当時のそのような詩の面影をなくし、全くの別物になっています。
いつの頃からかはわかりませんが、比喩表現と難解な漢字の多用、文法の崩し、投稿ペース1日2~3投稿、読者に解釈一任などの傾向が強まり、現在の詩の形になりました。
詩を書く際に読者ではなく、言葉を追う傾向も強まっています。
本来、僕の活字の創作活動の居場所、拠点は小説とラノベの執筆です。
12歳の頃に小説とは到底呼べない物語を書いて活字の創作活動を始めたわけですが、49歳になるまでの間、いまのように詩を本格的に書き続けたことはありません。
詩を学んだのは高校生時代の国語の授業が最後であり、社会人になってからは詩を学んでいませんし、ましてや、詩に対して関心を持って読んだこともありません。
ですので、長年に亘って詩を書き、詩を学び、詩を読まれた方々から、僕の詩は読むに値しない詩と評価を下されても仕方ありません。
本来であればですが、20代後半から30、31歳まで続いた恋愛の失恋とその後悔を直視し、創作活動で昇華させていく手法は小説やラノベの執筆だったはずだと思います。
しかし、失恋やその後悔を直視するきっかけを生ませ、幾分でも昇華させるように導いてくれたのは、詩を書く、といった手法でした。
死生観についても書かずにはいられません。
僕はすでに人生の半分を折り返しており、来年、老いの初めと呼ばれる50歳になります。
老いの先にあるのは死です。
僕はいま、1日1日、着実に老いに近づき、その先の死に近づいています。
人生の残り時間が少なくなっていく今、その感覚を本来であれば、小説やラノベを書くことにより、死生観と絡めて整理して深めていくべきなのでしょう。
しかし、今の時点では死生観と絡めて整理して深めている手法は同じく、詩を書く、といった手法のような気がします。
Xに1日に詩を3作投稿している僕を生き急いでいるように感じましたし、また、そのような感じ方を抱きながら書き続けた中で生まれた詩がこれです。
烏が鳴き止むように 頭上に夕焼け
— エフェメラの女神に舞う胡蝶 (@itsukakierukamo) June 29, 2026
振り返れば 紆余曲折の足跡は彼方から
栄華も慙愧も 掴んだ手から滴り落ち
相愛と相殺の記憶も 今や一項の夢物語
辿り着けたか 辿り着けずか 悟れず
頭上の夕焼けで 影見当たらず
西空の群青色は 安寧か 虚無か 続きか
問いかけても 瞬きさえなく#詩
この詩は明確に死の直前について書かれたものです。
本当にたまにですが、Xの詩に限り、言葉を追って書き連ね、書き終えた後に詩の内容を理解することがあるのですが、その詩はまさにそのケースに該当する詩でした。
『生き急いでいるように感じる』『死の直前を書いた詩』のふたつだけで、僕の死生観の輪郭がはっきりしたわけではありません。
ただ、死生観の整理と深化の過程が何段階もあるのであれば、初歩段階の始点が『生き急いでいるように感じる』であり、終点が『死の直前を書いた詩』といえるかもしれません。
このように詩を書くことによって、活字の創作活動だけではなく、若い頃の後悔についても、死生観についても、全く違った視点で向き合えるようになりました。
僕はこれを詩を書くことによる恩恵だと信じています。
最後に……詩を書くことによってか、それとも、小説やラノベを書くことによってか、また、それらを含めたより幅広い執筆によってかはわかりませんが、いま頭の中に漠然と浮いている『活字の創作活動上における言葉との心中』に到達できれば、と思っています。
