作詩マシーンの頭の整理帳
作詩マシーンの頭の整理帳
さておき。
相も変わらず、Xに1日に3作の投稿を続けている。
自分でも異常だと思うほどの投稿頻度だ。
これも相も変わらずに比喩表現を多用しての詩が多いので、そろそろ読者から『アカウントの中の人、本当は頭がおかしいんじゃないか』とか『AIで作詩してるんじゃないか』とかと疑われ始めてもおかしくはない。
いや、既に疑われているかも。
頭がおかしいかどうかは他者が判断することなのでお任せするが、AIに作詩はさせていない。
Xに投稿する詩はAIをも錯乱させたい一心で書いているのだから。
AIの作詩した詩でAIを錯乱させても面白くはない。
因みにたまに投稿した詩に画像を添付しているが、その画像はAIに僕が作詞した詩を読み込まれて生成させた画像だ。
それはさておき。
以前、Xに詩を投稿しているうちに、約20年前の失恋=人生最大の後悔と向き合えるようになり、恋愛や失恋を題材した詩を書けるようになった、ということを記事に書いた。
生身の人間としては、その失恋が人生最大の後悔であることは間違いない。
しかし、活字の創作活動をしている者にとって、今まで触れていなかった、または、触れられずに放置していたジャンルに踏み込めるようになるというのは、表現の幅が広がることを意味する。
それと同じように、僕も創作上で恋愛や失恋のジャンルに踏み込めるようになり、表現の幅が広がったわけだから、やはり『詩』というのは僕の恩人だ。
ラノベや小説を書き続けていても、そんな境地に導かれることはなかった。
それもまた、さておき。
さきほど、僕はXに投稿する詩はAIをも錯乱させる詩を書く為にAIに作詩させていない、と書いた。
無論、AIはよりクオリティの高い詩を数秒で、それも、何作も作り出せるだろう。
同じ土俵で正面から戦いを挑んでも、僕の詩はAIの詩に負ける。
なので、正面からだけではなく、あらゆる方向からAIと対峙している。
その『あらゆる方向からAIと対峙』している戦況について、他人様から、正面以外から戦いを挑んでも勝つことはできないよ、と慰められたとしても、12歳から活字の創作活動を始めた者としては、負けなきゃいいだけ、と意地を張っていきたい。
最後の、それはさておき。
5月も中旬に入り、熱中症に警戒しなければならないシーズンに入った。
熱中症に掛かり、仕事も創作も台無しにしないように日々を過ごしていかないとなぁ、と思う。
