【唄の感想】「もうどうなってもいいや」は投げやりじゃない
皆さま
こんにちは
星街すいせいの『もうどうなってもいいや』。
タイトルを見たとき、多くの人は「諦め?」「自暴自棄?」と
多くの方は、感じるかもしれません。
でも歌詞を追いかけると、その印象は変わりました。
この曲に流れているのは、
投げ出しではなく “手放すことで得られる自由” なのです。
■ 肩の力を抜く言葉
「もうどうなってもいいや」。
これはやけっぱちの言葉に聞こえますが、
実際には、
「もう抗わなくていい」
「結果に縛られなくていい」
というニュアンスが強い。
仏教の言葉でいうと「執着を手放す」に近いのかもしれません。
無理に握りしめていたものをふっと離したとき、人はかえって軽くなる。
この曲の主人公もそんな境地に立っているように感じられます。
■ 曝け出す感情は弱さじゃない
歌詞の中には、
狂ってブワッと曝け出すように
というフレーズも出てきます。
本音や衝動を抑えずに吐き出す姿は、一見すると未熟に映るかもしれません。
けれど、それを含めて正直であることが、この曲の強さ。
むしろ感情を曝け出したからこそ、最後に「もうどうなってもいいや」と言えるのではないでしょうか。
■ 無重力の自由
真っ逆さまに落ちていった
無重力 midnight 逃避行
この一節は、とても印象的です。
「無重力」という言葉が、しがらみから解き放たれた軽やかさを表しています。
それは決して「逃げ」ではなく、「新しい自由」への一歩のように響きます。
■ そして最後は「愛を謳う」
曲は最後に、
この夜は全て wonder
愛を謳う
と締めくくられます。
投げやりから始まったはずの言葉が、最終的には「愛を謳う」にたどり着く。
ここに、この曲の本当の強さがあります。
手放したからこそ、余白ができて、人や世界をまるごと受け止められる。
「もうどうなってもいいや」は、その入り口なのかもしれません。
■ まとめ
『もうどうなってもいいや』は、投げやりの歌ではなく、
執着を捨てる勇気
感情を曝け出す正直さ
そして最後に愛へたどり着く強さ
を描いた楽曲です。
深刻にならなくてもいい。
それでも「どうなってもいいや」と言える瞬間に、私たちはむしろ自由になれる。
では
